love._12




『いやね、お宅のお嬢さんがどうと言うわけではないんです。ただ私は、こうなると佐久間さんにご迷惑じゃないかと思っているんですよ……』

『……と、申しますと?』

『いえね、なんというか……お恥ずかしい話なのですが……うちの息子が、お宅のお嬢さんにのぼせ上がっているようです』


『そんなまさか!け、景吾くんが、伊織に……!?』

『私から見ていると、息子はわかりやすいもので』






















love.





















12.








「……ってね、景吾くんのお父さんが来られた時におっしゃってたの。お父さんとふたりでびっくりして。だってほら、まだ婚約を始めて間もない頃だったから」

「だからすぐに解消にさせた方がいいって、跡部社長がおっしゃってねえ」

「だけど伊織見てたら、楽しそうだし」

「そうそう。本気になったらそれはそれで、いいじゃないかってねえ?」

「……ああ……そう……」

「そう!そしたらこないだ、挨拶に来たもんだから〜!お父さんと、ね?」

「やっぱりかー!ってなあ。あっはっはっはっはっは」

「あはは、はは……」

「……すみません、父が、お邪魔して……失礼なことを……」

「いえいえ!いいんですよ跡部さん!」


跡部はわたしの隣で恐縮しきったように顔を俯かせて真っ赤になっていた。

僅かながら震えているその拳は、自分の父親に対する怒りだろうとわたしは判断する。


跡部にプロポーズされてから、三週間が経っていた。

今日は正式な婚約前にと、跡部がうちへ挨拶に来てくれている。

フリでは無くなった時点で一度きちんと挨拶してくれたのだけど、その時は玄関先での会話になってしまったことを彼なりに気にしていたらしい(本当にどこまでも律儀な人だ)。

正式な婚約前、というのは、明日、跡部家で身内だけで固めたごく少数での婚約パーティーを開くのだ。

これが正式な婚約ということになるらしい。金持ちは大変である。

まあ少数と言っても跡部家なので、一般市民からすれば結構なパーティーなのだろう。

おかげでこの三週間、わたしはテーブルマナーやら言葉遣いやら、覚えなくてはいけないことがいっぱいで、それなりに忙しくしていた。


しかし婚約と言っても、結婚までには長い時間をかけようというのはお互いの合意の上で決まっていた。

跡部もわたしも、大学に進学する予定だ。

それから就職して、お互いがきちんと自立してからの結婚だということは互いの両親にも話していた。

それでうちの両親も、さらりと承諾してくれたという部分もあるだろうと思う。


さて、話は戻って笑い話のように聞かされた今のやりとりは、約二ヶ月前、突然うちに跡部のお父上がやって来られた時のことらしい。

そんなことがあったなんてわたしは全く知らなかったし、跡部だってそれは同じだろう。

どうやらお父上は、「早く婚約解消をさせた方がいいかもしれない」と言ってきたのだそうだ。

わたしが気に入らないとかではなく、父親から見ていて、フリが本気になってしまっている息子の姿に呆れ、このままではわたしに迷惑がかかると思ったらしい。

しかしうちの母親が、「うちの娘も本気になっているかもしれません」と言ったらしく、ならいいか、とお互いの間でまとまったらしいのだが……いいわけあるか!!


「あのクソ親父……ぶっ殺してやる……」

「まあまあ……でも、なんていうか、親ってすごい……」


うちの両親と談笑をした後、跡部はわたしの部屋に入った瞬間に怒りを口にした。

うちの親にとっては談笑だったかもしれない時間も、跡部は最初にその話を聞かされたせいで、始終、引き攣った笑顔を振り撒いていた。

恥ずかしいったらありゃしねえ、とぼそぼそ呟く跡部が、可愛くてしょうがない。


「ほとんど家にいねえくせしやがって、余計なところで父親面かよ」

「でも、わたしちょっと、嬉しかったけどなー」


ニッコリ笑って跡部を見たら、跡部はふん、と鼻を鳴らすようにソッポを向いた後、少しだけ耳を澄まして、音が聞こえないことを確かめてから頭を落としてきた。

唇を求めるように突き出したわたしに少しだけ微笑んで、同じように唇を出してくる。

触れ合ってすぐ、お互いが腰を抱き合わせた。


「ちょっと、かよ?生意気だな?」

「あはは……ごめん、嘘付いた。すごく嬉しい……」


「最初からそう言えっての」

「はーい」


ふわりと髪を撫でながらもう一度キスをしてくる跡部の甘さに、あの日からずっととろけている。

こんな人がわたしなんかと婚約してしまって、本当にいいのだろうか?

勿体ないと周りに言われまくるのではないだろうか……少し、今からそんな心配をしてみたり。


「つーかな……毎度言うが、つけろよ」

「……うん……でも……」


長いキスの後、わたしを通り越した先にある机の上を見て、跡部は不満そうに言った。

その視線の先には指輪がある。

跡部が一生懸命バイトをして、わたしの為に買ってくれた婚約指輪だ。

お世辞にも大きいとは言えない控え目のダイアモンドがキラリと光ってこちらを照らす。

わたしはそれを見るたびに、胸の奥がきゅんと喜びに震える感覚を味わうのだ。


「なんか、勿体なくて……汚したくないし」

「いつも言ってるが、常につけてもらえねえんじゃ俺様が不服なんだがな」

「はあ」


ぎろ、と睨むようにわたしを見下ろした跡部に、わたしは限りなく溜息に近い相槌を打って指輪を手にした。

威圧的なくせにどこかペシミスティックな態度。

わたしは、そんな跡部に弱い。可愛いとさえ思ってしまう。

きっとわたしだけに与えられる特権だから、それに嬉しくなってしまうのだ。

母性的な気分が高ぶってくすりと笑い声を立てたら、なんだよ、と口を尖らせた跡部が後ろからわたしの体を包むように手を絡めてきた。


「なーんでもないよ」

「笑ってんじゃねえか」


「思い出し……っ……跡部、くすぐったいよ……」

「じっとしてろ」


思い出し笑い、と言おうとしたところで、首筋に跡部の唇が押し付けられた。

後ろからふいに抱きしめて、わたしの指と自分の指を愛撫するように絡ませる跡部のその仕草は、それを思わせるほどに官能的で、否応無くその先を想像させられてしまう。

付き合い始めてからそれなりに時間も経っているからなのか……彼はここ最近、やたらと積極的だ。


「明日はどうする?」

「どうするって……両親と三人でお邪魔するよ。開始一時間くらい前には行こうと……」


「ばーか。そういう意味のどうするじゃねえよ」

「え?……ッ」


言った直後、しつこく指を絡ませていた跡部の手がするりと消えていったかと思うと、布と肌の間を拭うようにして、暖かい掌の感触がわたしのおへそあたりに流れてきた。

突然のことに肩が大袈裟なくらいに動いて、そんなわたしに遠慮したのか、跡部の手はすぐに離れていった。


「まあいい」


でも、肌の滑らかさを確かめるように触れたその感触がじんわりと、熱となって体中をかけめぐる。

そうこうしているうちに、今度はわたしの後ろ髪をくぐってうなじにキスが落とされた。

……身が、持たない。

跡部はその後もしばらくそうしてわたしを弄んだ後、紳士的な態度で両親に挨拶をして、帰って行った。












「そら当然、お誘いやろなあ」

「や、やっぱり?」


「そらそうやろ」

「ど、どうしよう忍足。どうしようっ」


「まあ落ち着け。そんなんどうしょうもないやろ。思うままにすればええ」

「思うままなんて、そんな余裕ないっての!」


きょとん、とわたしを見て片手に持つグラスを口につけた忍足は少しだけ首を傾げた。

パーティー当日。

「身内」という肩書きの中に忍足や他のテニス部員も招待されていたことには、些か驚きを隠せなかった。

跡部にとって、テニス部のレギュラーは一緒に戦ってきた「身内」ということなのだろう。

実は心のアツい跡部に、なんだか嬉しくなってしまう。

故に、集まった人間は跡部グループのお偉いさん達とお互いの家のごく近い親戚、テニス部員のことも考えると、友人も、ということになる。

パーティーは順調に進み、すでに数時間が過ぎて辺りも暗くなってきていた。

跡部の父上から会場中の人たちへ跡部景吾の婚約者として紹介され、マイクを通しての挨拶も済ませ、ふたり揃っての会場中の人たちへの小さな挨拶も済ませたわたしと跡部は、ようやく今になって個々に自由に動ける時間を満喫している。

これじゃまるで披露宴だと内心はどっと疲れていたのだけれど、一方で跡部との婚約が正式に認められたのだと思うと、嬉しくてしょうがなかった。


ひと段落ついたところで、跡部は将来入社するのであろう跡部グループの取締役の人と話をし出した。

なんだか難しい話につき合わされそうだと懸念したわたしはその隙に、一番落ち着けるテニス部員たちのたむろする場所へとそそくさと逃げたのだ。


「佐久間ー、もしかしてもしかするとやで、聞くけど……」

「なに……」


他の連中は滅多にありつけない食事に夢中になって、向日なんてもう食べにやってきたとしか思えないほどの活躍ぶりを見せている。

そんな中で、わたしは今やすっかり相談相手と化していた忍足に昨日のことをぼそぼそと話した。

忍足はからかうでもなく、ごく冷静にふむふむと頷いて。

昨日のお腹さわさわはやっぱり跡部からの誘いだったんじゃないかという結論に達したとき、わたしがあわあわと手で顔を扇いで見せたら、彼は何故だかぐっとわたしに詰め寄ってきたのだ。


「お前、まさかのヴァージンなん?」


嘘やろ?と言わんばかりのメガネの奥。

……癪である。


「…………なんで、まさか、なわけ……」


恐る恐る聞いてきた忍足をじとーっと睨み返した。

忍足は途端にばっちりと目を見開いてわたしを見返した。

どういう偏見なんだ、まさかのヴァージンって。済ませてそうだったってこと?失礼な!


「やってお前、ストーカーと付き合っとったやんけ」

「ストーカーと付き合っていたんじゃなくて、付き合ってた人がストーカーになっただけです」

「どっちでもええわ。男と付き合っとったんやろ」


全然どっちでも良くないのだけど、まあここは百歩譲ってどっちでもいいということにしてやろう。

だからって、どうして男と付き合っていたら済ませているということになるのか、この変態の思考回路がどうしても理解できない。

ワタシタチハ、マダ、コウコウセイデスガ?


「あのねえ、男と付き合ってたからってなんで経験済みってことになるわけ?」思ったままを口にする。

「やってお前、高校男子なんかそんなもんお前、頭ん中それ一色やで!」

ほらみろ、どうせそんなことだろうと思っていた。「ま、あんたはそうだろうね」

すると忍足は、心外だと言わんばかりに更にわたしに詰め寄ってきた。


「あほか!!俺だけやないっちゅうねん!現に跡部やってそうやないか」

「ちょっと!」


跡部を侮辱するようなその言葉に、わたしは忍足を小突いた。

小声で話しているから周りには聞こえてないとしたって、跡部がヤりたいだけみたいに言われたくはない。

だいたい脳内全てがエロ大好きみたいな奴と一緒にされている感じがまた気に入らない。

跡部は違うんだから。もっとこう、考えてたって、いや、考えているんだろうけど、でも、もっと誠実に考えてるんだから!……多分!


「痛いなあ、なにすんねん」

「跡部がしたいだけみたいに言わないでよ」ぷっと頬を膨らましてしまう自分がいる。

そんなわたしを見て、忍足はぎょっと大袈裟なほどに身を引いた。

「あつかましっ。いつの間に庇うようになってんか。気色悪っ」


そのチャチャにわたしが更に更に睨みつけると、忍足は言い過ぎたと思ったのか、突然不自然な咳払いをしてスーツの襟を整えながら弁解するように言った。


「いや、あんな、俺は別に高校男子がヤりたいだけやなんて言うてへんよ」

「じゃあどういう意味」


ナニヲ、イマサラ。


「いや、まあ大半ヤりたいだけやけど、そこにきちんとした愛が存在するかせんかって違いはあるな。俺なんか、愛がないと……いや、無くてもアリやけど、まあ俺の話はええわ」

「ホントにね」


ホントニ、ホントニ。


「まあとにかくやな……そういう愛がどーのとかいう違いがあるだけで、みんな結局、頭ん中はそれ一色やっちゅう話やで。やで、お前の前の男やって、どういうアレやったか知らんけど、当然誘ってきとったやろ?」

「……」


黙ると、忍足は勝ち誇ったような表情でわたしを見た。

なるほど、それが原因やねんな、と一人で納得している。

余計なお世話だ、全く、人のプライバシーを。


「ふぅむ」


しかし、忍足の言っていることはなんとなくわかった。

わたしが前のカレに体を預けることをなんとなく躊躇ってしまったのは、そこにあるかもしれない。

カレに愛が無かったというわけじゃなくて、わたしの精神の問題という意味で……度合い、とでも言うのか。


「……今になってわかるけど、多分、わたしは本当に好きじゃなかったんだ」

「まあそういうことやろな」

「女子だって頭の中それ一色って部分、ある。実はね。男子ほどじゃなくても、盛りがついてるのは女子も一緒なんだよね。だからわたしも覚悟していたつもりだったけど、前はダメだった。なんか、待って欲しいしか言えなかった。だからつまり、わたしの場合は本当に本当に好きって思わないと、無理なんだろうなあって……今更思う」


――イマサラ。


ぼんやりと思ったことを口にしたら、忍足は何故かニヤニヤとしながらわたしを見た。

猥談好きなおっさんのようで、ちょっと引いてしまう。


「引くなや」


思っていたら、指摘されてしまった。


「だってなに、その顔」

「いや、それってことは、跡部には捧げてもええって思っとるってことなんやろな、と。そんくらい、跡部にベタ惚れやから、俺にどうしようって相談してきたんやろ?知らん間にのろけとる感じが、俺のニヤニヤの正体や」


「!」

「図星やろお?跡部に言うといたろか?」


ニコニコとわたしをからかう忍足に、わたしは真っ赤になって反抗した。













「あ、いたいたっ」

「?」


振り返ると、困った顔をした千夏さんがわたしを見つけて駆け寄ってきた。

忍足に反抗していた途中だったのだけど、忍足が先に何か察したのか、千夏さんの姿を認めるとすぐにわたしの肩をぽんと叩いて、まあ頑張りやと仲間の待つテーブルへと消えたのだった。

何をどう頑張ればいいのかわからない。

でもなんとなく想像して少しだけ紅潮した顔を、わたしはいそいそと千夏さんに向け、ぎこちなく微笑んだ。

千夏さんは、そんなわたしには全く気付かないまま、「ちょっと、大変かも……」とおろおろと話し始める。

それに気付く余裕もないようなことが起こっているということだろうか。


「どうかしたんですか?」

「うん、今、景吾も行ったんだけど、とにかく、やっぱり伊織さんにも知らせておかないとって」

「え……」


楽しい宴の席だというのに、何か悪い知らせかと胸がざわつく。

さっきまでのふわふわした談笑の名残りである表情が、一気に固まってきた。

一方の千夏さんはテーブルの上にある水を乱暴に飲んでから言った。


「伊織さんのご両親、酔いつぶれちゃって……今、客間のベッドの上に運んだとこみたい」

「は……」



*



客間をノックすると、伊織か?と優しい跡部の声がした。

返事をするのと同時に部屋に入ると、高級なベッドの上でめかし込んだ中年夫婦がぶっ倒れている姿が目に入った。

ああ、なんということだろう。

あろうことか娘の婚約パーティーで、このバカ親共は一体何を考えているというのか。


「………………ごめん、ホント」


呆れたわたしがうんざりした顔を隠さずに跡部にそう言ったら、跡部はくくっと喉の奥で笑うように苦笑した。

あまりお酒に強い方じゃないとわかっていながら、この両親は一体何を調子に乗ってしまったのだろう。

そんな怒りを通し越したわたしの思いを、跡部は、わかってると言いたげにわたしに笑みを向ける。

その笑顔ひとつで、わたしもつい笑みを零してしまう。

跡部はわたし専用の魔法使いみたいだ。こんな笑顔、絶対に他の人に見せないで欲しい。

……なんて独占欲は、醜い?


「謝る必要ねえだろ?跡部家にとっちゃ佐久間家は、もう家族みたいなもんだ。このまま朝まで寝かせてやれ」


嬉しい言葉。涙が出そうだ。


「……だとしても、申し訳なさ過ぎるよ」

「気にするな」

「ん……ありがとう」


肩を落とすと、跡部はまた苦笑しながらも、ふわりと優しく頬を撫でてくれた。

どきん、と胸が高まる。

さっきあんな話を忍足としたせいだろうか。どうもさっきから……跡部を見てから、体が熱っぽい。

いろんなことを意識してしまう自分もいる。こんなことされたら、特に。

何、期待してるんだろう、わたし……あれ……期待してるの?これ。


「伊織」

「う、ん?」


わたしの両親が寝ているベッドをちらりと見てから、跡部は耳を貸すように人差し指を動かした。

その仕草だけで、どんな秘密を告げられるのだろうとわくわくする気持ちと、そわそわする気持ち。

言われた通りに耳を近づけると、甘ったるい声で、そっと囁かれた。


「お前も泊まっていけよ」

「えっ!」


つい声を張り上げてしまったわたしに、跡部はすかさず人差し指をわたしの唇に押し付けて、シー……と子供に注意するように目を細めた。

どきん、と高鳴っていた胸が、今やバクバクと音を立て始めている。無理も無い。

泊まっていけってことは……そうなろうって、こと……だ、多分……いや、絶対!


「で、でも、まずくないかな、それ……」

「何もまずくはねえだろ。俺とお前は、婚約者同士なんだぜ?」

「でも……」

「勿論、お前の部屋は別室を用意する」

「え」

「カモフラージュとしてだけどな」

「……っ、そ、……それって……」


わたしがおろおろと跡部を見上げると、跡部はふっと笑って、瞬間、わたしにキスをした。

ちゅ、と軽く弾むようなそのキスは、ぴたりとわたしのおろおろを消す。

跡部はそれに満足したようにもう一度ふっと笑うと、腕組をしながら、またまた甘ったるい視線をわたしに流した。


「俺はお前に触れたい」

「え……」

「それだけじゃ、ダメなのかよ?」


言って、わたしの手をゆっくりと取る。

ダイヤに、それを通している薬指に、あの日のようにキスを落としてきた。


「跡部……」

「言葉だけじゃ、伝えきれねえ」


その熱い眼差しにこっくりと頷いたわたしを確かめると、跡部はわたしの手を引いて、その場を後にする。

引っ張られて行ったその先は、彼の部屋だった。












*  *











――遂に?


部屋に入った瞬間、絶対に逃がさない、と強く抱きしめられた。

いつもよりも何倍も長いキスが降ってきて、やがて唇を割って舌が滑り込んできた。

立っていられないほどの恍惚感。

パーティーどうするんだろう……消えたわたし達のこと、誰も突っ込まないのかな。

余計なことばかりが頭をめぐるのに、跡部にされるがままになりたいと思う自分の方が勝っている。


「ね、跡部……」

「いい加減、俺を苗字で呼ぶのはやめろ」


「え……」

「お前もいずれ跡部になるんだろうが」


真顔で何年も先の話をされて、すっかり赤くなるわたしもどうかと思う。

だけど、言われてみればそうだ。

なんだか慣れなくて、照れくさくて、ずっと跡部と呼んでいたのだけど……そうだよね、いい機会……。


「……けーご」

「照れてんなよ」

「……けい……景吾……」

「合格だ」

「きゃあ!」


突然、膝の下に手を入れて持ち上げられた。

驚いて景吾の首に手を巻きつけたら、景吾は微笑みながら優しいキスを落として、そのままわたしの体をベッドに優しく寝かせた。

ちゅ、ちゅ、という甘い音が顔中に落とされる。

前の彼氏の時にあれだけ躊躇していたのが不思議なくらい、わたしの細胞が喜びに満ちていた。

さっき感じた恍惚感もこれ以上ないというくらいに盛り上がってきていて、挙句には、すでに唇から声が漏れそうになるほど――その時、扉がノックされた。


「!」

「!」


わたしも景吾もベッドから跳ね上がった!

するとすぐに、困惑したようなくぐもった声が扉の向こうから聞こえてくる。


「あー……お楽しみ中やったらホンッマ堪忍なんやけど……」


何故お楽しみ中だとわかるのだ。

もうそんなことにすら癪に障る。

同じ思いなのか、メガネだ……と、景吾もいらついた様子で立ち上がった。

わたしも、うんうんと頷いた。メガネ〜……。


「親父さん跡部のこと探しとるで……とりあえず、そんだけ言うといたろと思てな。ええとこ邪魔されたんが俺でよかったやろ?感謝して欲しいくらいやわ。佐久間も探されとるでな、楽しむならとりあえずいろいろ済ませてからにした方がええで」


言いたいことだけ言って去っていく忍足の足音を聞きながら、わたしと景吾は顔を見合わせてうんざりした。

だけど、忍足の言ってることはごもっともで……ちょっと感情に流されすぎてしまったお互いを反省してしまう。


「しょうがねえから、行ってくる……」

「……うん」


その時、すっとベッドから立ちあがろうとした景吾だったけど、何か言いにくそうにこちらを見た後、少しだけ迷ったように視線を巡らせて、口を開いた。


「ここにいろよ?」

「え……」

「お前のことも適当に俺が言っておく。だから俺が行って戻ってくるまでに気が変わったとかわけのわかんねえこと言って、帰るんじゃねえぞ」


景吾のその弱気な発言にきょとんとしたわたしだったけど、景吾はすごく真剣に、拗ねた子供のような顔で、わたしに懇願するように言った。

そんな顔を見せられては、益々帰る気なんて無くしてしまう。


「ぷっ」

「なに……笑ってやがる」


「だって……ううん。嬉しいなって」

「……ふん」


景吾はむすっとして、それでもわたしの額にキスして立ち上がった。

後でな、と名残惜しそうに言った景吾の背中を見送ると、改めて、好きだなと思う。

パタン、と扉が閉められる。

その音が、何故か愛しい。恋しい。早く戻ってきて、抱きしめて欲しいとまで、思うなんて。


「抱かれ……たい」


ぽつりと呟いた自分の言葉に、わたしはバカみたいに真っ赤になった――――。





to be continued...

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