自惚れの破線_01
恋愛をしたい。
決して得意じゃないけど、でもしたい。
特別な男の人なんて望んでない。
だからって誰でもいいわけじゃないから、事は複雑なわけで。
自惚れの破線
1.
「まぁ待ってるだけじゃ、なんともならんわね、それは」
「…てか出会いがないと思うわけ、そう、出会いがさ」
千夏ちゃんが積極的とは思えないけど…という言葉は飲み込んだ。
自分からそれなりのアピールをしても、気持ちを打ち明けることはない。
それでも彼女は、男性と出会うことに関しては私よりは行動している。
私は確かに、待っているだけだ。
「出会いがないってさぁ…それはね、伊織ちゃんのお怠けなわけよ」
「別に怠けてるわけじゃ…!」
「合コンくらいしたらぁ?」
「えー!」
「ほーらほらほらほらまた、また言い出した。合コンに来る男ってなんか嫌。ていうか合コン自体なんか嫌。わかるよ、その気持ち、すごくわかる。私も昔はそう思ってたの!だけど伊織ちゃん、たまには妥協ってもんをね…それに合コンも捨てたもんじゃない。」
「だって嫌なんだもん」
私がそうぴしゃっと話を打ち切ると、千夏ちゃんは「頑固だなぁもう」とぶつぶつ言いながら、今日7杯目になる赤ワインを飲み干した。
まぁよく飲むこと…ほんと、このお姉さんの酒好きには呆れる。
彼女は私よりも学年的には2つ上で、大人だなぁ〜と思うこともしばしばだけど、お酒を目の前にした彼女は異常にはしゃいでいて、子供にしか見えない。
まぁ、今日私が誕生日を迎えたことで、彼女との年齢差は1歳になったわけだからそれもそんなにおかしなことではないかもしれないけれど。
「ちょっとタバコ吸っていい?」
「やーだ!吸うなら外出て!!ってか千夏ちゃんそれ、タバコやめてるって言うの?」
「だってお酒飲んで酔っ払った時、しかも外食時限定だもん。それ以外で吸うとおえってなるのよこれでも…ってかこのレストランの入口って遠いじゃ…」
そこまで千夏ちゃんが文句を言った時、彼女の携帯が鳴り始めた。
丁度いいと思ったのか、携帯を持ってさささっと入口まで小走りになっている。
その後ろ姿が妙におかしくて、私は思わず声をあげて笑った。
彼氏いない歴…もう言うのもどっと疲れるくらい…とにかく数年。
今日24歳になった私には傍で祝ってくれる男など居るわけもなく。
毎年祝ってくれている親友の千夏ちゃんが私の傍でたらふくお酒を飲んでいた。
「伊織ちゃーん!!」
「!…なんか案外早かったね…」
「場所変えよ!」
「え…ええ!?」
すでにほろ酔い状態の千夏ちゃんは私の手を引っ張って席を立たせようとする。
いきなり場所変えようって何事ですか…?
あの早さじゃきっとタバコ吸ってないだろうに。酔ってる人って面白い。
陽気な千夏ちゃんについて行くと、レストランのすぐ近くでタクシーを止めて乗り込むことになった。
どこ行くの〜?という私の問いにも全く答えてはくれない。
いいお店があるの〜!と濁されるだけだ。
「はーい着いた!ここここ〜♪」
「え…」
タクシーが止まったのは、恵比寿にある超高級レストラン(風味)のまん前。
るんるんとタクシーにお金を払ってそのお店に入ろうとする千夏ちゃんを、私は引っ張って止めた。この人完全に酔ってんの!?
「ちょ…千夏ちゃん、ここ高そうだよ!やめとこうよ!」
「大丈夫奢りなんだからさぁ〜!」
「さっきも奢ってもらったから!!もういいって!!」
「せっかくの誕生日じゃないの、まぁそう言わないで付いてらっしゃいな」
さぁうまいワイン飲むぞ〜〜!と言いながら、千夏ちゃんはさっと入口に手をかけた。
「あ!ちょちょちょ…!!本気なのーーーっ!?」
そして彼女は私の声を聞きもせずにさっさと入って行った。
どう見てもゴチとかに出てきそうな高級料理店にしか見えない。
ええい!知るもんか!払うのは私じゃない!と半ば卑怯に、私は意を決して千夏ちゃんの背中を追った。
■
「………ちょ…」
入ると、レストラン1階をなんなく無視して、彼女は2階へ上っていた。
どこに行く気だ!?と思いながら付いていくと、どうやら2階はバーらしい。
とは言っても、このレストラン系列のバーだから、やっぱり高そうな雰囲気は変わらない。
そんなことを考えていると、千夏ちゃんがバーのフロアへ足を踏み入れた。
瞬間、彼女は「ゆーしー!」と言いながら走って行く。
ゆーし…?ゆーしって何…
「おお、千夏さん遅かったやーん!」
「えー!?急いだんだよこれでも!」
「ちょ、ちょっと千夏ちゃん!!」
「あ、えっとね、彼女は佐久間伊織ちゃん。侑士と同い年だよ」
「あ、ど、どうもこんばんわ…っていや、そうじゃなくて…!」
「おお!タメなんや?俺、忍足侑士。仲良うしたってな」
いきなり走り出した彼女の先には、いかにも待ち合わせをしていました、という男性がいて。
ちょっと待ってくれないか、と私は咄嗟に思った。
そしてその次の瞬間、やられた…と思った。あの携帯はそういうことだったのだ。
今飲んでる友達と合流、なんて私に言ったとこで、人見知りの私が承諾するはずもない。
千夏ちゃんはそれを見越して、黙ってここまで来たのだ。
ということは…そこまでして会いたかった男性ってことになる。
「……千夏ちゃん…私何も聞いてないけど…」
「ごめんごめん、でも絶対楽しいからさ!」
「そうじゃない!そんなことはもういいよ、来ちゃったもんはしょうがない。そうじゃなくて、彼氏出来てたのね!?いつの間に!?」
忍足侑士、という男に挨拶をした後、すぐに千夏ちゃんを引っ張ってトイレに連れ込んだ。
彼女は捲くし立てる私に必死に謝ろうとして、へ?と動きを止める。
さぁ言い訳出来るもんならしてみなさい!!
「あははっ!違うよ伊織ちゃん!侑士は彼氏じゃないよ〜!友達…今はまだ、ね♪」
「あれ…付き合ってるんじゃないの?だって…」
彼女は侑士〜!と走って彼に駆け寄った後、嬉しそうに笑いながら彼の手と自分の手を絡めたのだ。
というかあれは…絡め合っていたとしか言いようがない。
だから確信したのだ、彼氏だと。
「こないだ合コンであった人なんだ♪もう一人は侑士の古い友達なんだって」
「へ?もう一人…?」
こないだ合コンで会ったにしてはやけに親しい…恐らく、千夏ちゃんのことだからすでに何度かデートを重ねているんだろう。
付き合うまでの時間はそう長くない…そんな雰囲気だった。
そして…もう一人、という言葉に私はふいを突かれた。
「もう一人…いたっけ?」
「居たじゃん!すっごいイケメンだよ、あの人も」
きっと千夏ちゃんの時機彼氏になる人が壁になって見えてなかったんだ。
とりあえずこの合コンめいた雰囲気をどうしたものか…。
考えた結果、私は化粧直しをした…この複雑な気持ちをどう表現したらいんだろう。
私は少なからずの期待をしてしまった…ということなる。
そしてその期待は、全く外れていなかったのだ。
「こんばんわ、あの、改めて佐久間伊織です…」
「改めて吉井千夏ですー!あははっ」
「俺改めて忍足侑士〜…ほれ、跡部の番やで」
「あーん?ああ、跡部景吾…彼女の噂は常々こいつから…」
「余計なこと言わんでええねん!」
跡部景吾、と名乗った彼は千夏ちゃんの方をちらっと見て含み笑いをした。
それに被さるように忍足という人は素早く突っ込む。
千夏ちゃんはそのやり取りが嬉しくてしょうがないらしい。
女らしい、穏やかな笑みを浮かべてワインを一口飲んだ。
そりゃそうか、意中の彼が、友達に自分のこと話してるなんて、
パチンコで言えば確率変動中だもんね。
「跡部さん…も同い年?」
「ああ、俺とタメ。せやから伊織ちゃんともタメ」
「ぎゃー…最年長か、私…!」
冗談ぽく千夏ちゃんが言ったことで、ふっと跡部景吾という人が笑った。
…………どうしよう、本当にイケメンだ。
イイ男という基準にとてつもなく厳しい千夏ちゃんがすっごいイケメンと言ったんだ、当然、誰が見ても カッコイイ と言われる類に違いないと確信していたけど…
にしてもこんなにこんなにこんなにイケメンとは思ってもなかった。
私はついさっき、彼を目の前にした瞬間に固まってしまったけど、今、この笑みを見てしまっている方がきっと固まってしまっている。
「でも見えねぇ、26歳には」
「まだ25!!でもそう言っていただけると嬉しい!いくつに見えるの?」
「ん〜…24か…」
「変わんないじゃん!!」
跡部くんと千夏ちゃんは面識はないはずだけど、すでに笑い合っていた。
千夏ちゃんは社交的…初対面でも自分の気に入った人には悠々と話しかける。
そりゃそうだ…こんなイイ男を、千夏ちゃんが気に入らないはずはない。
そして跡部さんと言っていた彼女は、すでにくん付けへと変化していた。
すぐに友達になれるとこが特技なのかもしれない。
「千夏さんそんなんええから、あっちで俺と二人きりで飲まへん?」
「えっ」
「おいおいそりゃねぇだろ忍足、俺らが困るだろうが…」
「跡部に邪魔された敵わんわ…」
「おいお前な…勘違い…」
「私は構わないよ!侑士と二人きり〜♪」
「千夏ちゃ…!」
「ほな行こ〜あっちやあっち〜!」
すでに結構酔っている千夏ちゃんは、忍足くんに寄り添って、こちらから正面にあるカウンターへ行った。
まぁ…ちょっと大きな声で喋れば届く位置だけど、やっぱり1対1になっているという感じは否めなくて…。
き……気まずいでしょお!?そりゃ二人を応援したいけどでも!!
こ…こんなのないよーーーーーっ!!
「………悪いな、忍足も酔ってる」
「えっ…あ…え?酔ってるの?あれで」
「ああ、そうは見えねぇかもしれねーが、あれは酔ってる」
「そ…そうなんだ…だから強引なんだ…」
困った顔した私を見てやりきれなくなったのか、彼はぽつ、と話しかけてきた。
話を合わせるべく、いろいろと頷く私。
ってか忍足くん、あれで酔ってるんだ…。全然普通そうなのに。
「…佐久間…伊織…だったか?」
「えっ!ああ、はい!佐久間伊織!!そう!」
「ふむ…なんて呼べばいい?」
「えっと…えっと、なんでもいいです…」
年上に見えてしまう彼に、たまにぎこちない敬語になってしまうのは仕方ない…。
それにしても、会話を促してくれる人で良かった…。
この人がもし無口で、人見知りだったらこの席終わってるよ…。
「じゃあ伊織。俺のことは景吾でいい」
「景吾…いい名前だね」
「あーん?そうか?」
「うん、なんとなく…えへへっ」
本当は別に景吾という名前をいい名前だと思ったわけじゃなかった。
なのにそう口走ってしまったのは、彼に跡部景吾という名前が似合いすぎてたから。
私が微笑むと、景吾も同じように「そうか?」とまた言いながら笑った。
「仕事は?」
「事務員!フッツーのOLだよ」
ワイングラスを傾ける仕草が大人っぽくて、思わず見とれる。
短い質問の中に、どういうわけか親しみを感じる。
初対面の人に、しかも1対1でこんなに自然に話せるのは初めてで。
ああ、私はきっと、この人を気に入ってるんだと思った。
「普通のOLな…あっちの千夏さんも?」
「千夏ちゃんもそうだよ。わー…ベッタリだね…」
「ああ、ったく見てらんねぇな…」
「まだ友達とか言ってたけど、あれってもう付き合ってるよね?」
「忍足が言うにはまだ正式じゃねーらしいぜ?きちんと告白をしたいんだとよ。いい歳して何が告白なんだか」
「あははっ!なんか意外っ…あ、ねぇ、景吾の仕事は?」
こちらに背中を向けて耳元で囁き合っている二人に、私達はひやかしの視線を向けながら笑って話した。
千夏ちゃんが幸せそうで、私も幸せな気持ちになる。
彼もそうなのか、悪態を付きながらもその目はどこか優しかった。
そしてふと思った…気品漂わせるこの彼の仕事は、一体何だろう?
「俺…?ああ、普通のテニスプレイヤーだ」
「普通のテニスプレイヤー…ってそれ普通じゃないじゃん!プロってことでしょ!?」
「ざらに居るぜ?プロのテニスプレイヤーなんてな」
「えー!意外過ぎる!そんな感じに見えなかった!え、じゃ忍足くんも!?」
「大袈裟に驚くんだな…忍足は違う、あれはそれこそ普通のサラリーだ」
「そうなんだ…でも…ぎゃー…なんかすごいよ、プロのスポーツ選手とか!」
単純に感心してしまう。それは私が運動音痴だから。
いんです、もう運動で何かを競う年齢はとっくに過ぎてるんだし。
にしても、プロのテニスプレイヤーとは。
見る限りお金持ちそうだし、いかにもITとか、若しくは青年実業家とか、そういう類だと思っていたので、私は度肝を抜かれた。
「じゃあいろいろ健康面とか気をつけなくちゃだから、大変だね」
「ああ…まぁそうだな、あんま考えたことねぇけどな」
「そうなんだ?あ、ねぇねぇ、テレビとかで景吾の試合やったりするの?」
「ああたまにな…つか、テニス好きなのか?」
「いや全然!」
勢いに任せてハッキリと言った私に、景吾は一瞬固まってから噴出した。
あ、面白かったかな今の…笑ってくれた…なんか嬉しい…。
「くくっ…正直だな、伊織は」
「申し訳ない!でも興味出てきたよ!さすがに目の前に現れるとさ!今度、景吾が出てる試合、テレビでやってたら絶対見る!約束する!」
「あーん?くくっ…そんな約束いらねーよ。で?テニスに興味が出てきたって…?やってみたいのか?」
「やってみ…いや…運動は苦手なので、拝見くらいで…」
私がそう言うと、彼はまた笑った。
一見、とてもクールに見える彼の意外な一面を見つけた気がした。
それが意外かどうか定かじゃないけど、あんまり笑う人には見えなかったから。
「なるほどな…ところで伊織は酒は飲まねぇのかよ?あっちのお姉さんはかなり酒豪みたいだが…」
「くくっ…千夏ちゃんはね、所謂ザルってやつだよ!私は正反対。全然ダメなんだ。でもお酒の席って好き。雰囲気が楽しいから。景吾は飲めるんだね。」
私のグラスに入っているウーロン茶を見てそう言った彼に、優しさを感じた。
遠慮してるのか?という意味が含まれている物言いが嬉しかった。
加えて私は、千夏ちゃんを材料にして面白おかしく語る。
この席は飲み会という感じの席じゃないけど、でもいつものそれよりも楽しかった。
どうしよう…きっと今日この場が終わっても…また、この人に会いたいって思っちゃう自分がいる。
数時間先の自分の心理を考えて、少し焦った。
「俺は強くも弱くもねぇな…忍足と飲み比べしたら負けるんじゃねぇか…?」
「ふふっ…強そうだよね、忍足くん」
「テニスじゃ俺の方が強いけどな」
「そりゃそうでしょー!」
「いや、ああ見えて忍足も強いんだぜ?ただプロにならなかっただけだ。なろうと思えば、あの男の実力ならいけたはずだけどな…ま、俺には負けるが」
「あ、忍足くんもテニスやってたんだ…!」
「中学ん時からのチームメイトだ、天才って言われてたんだぜ、忍足は」
「へぇ〜!すごいんだね!でも景吾は、それよりも強かった…」
「当然だな」
「あははっ!当然って言っちゃうんだ!」
何の変哲もない、彼の昔話に懸命に耳を傾けている自分が、こそばゆい。
彼にハマりかけている自分を否定できない瞬間だった。
初対面でこんなにスムーズに話せる男性が世の中にいるとは。
しかもこんなにカッコイイ人で…私はずっとこのまま時間が続けばいいとさえ思っていた。
「伊織」
「え?」
その雰囲気に酔っている私に、ふと彼に名前を呼ばれる。
どきん、と波打った胸の鼓動が、全身に染み渡る。
ただ、名前を呼ばれただけなのに。
「興味が沸いたんなら、見に来るか?俺の練習」
「え………あ、テニスの?」
パッと名刺サイズのカードを出してきた。
それを見ると、超高級住宅街が立ち並ぶ場所にあるテニスコートの地図。
どうやら会員制のテニスコートらしい。
「朝はいつもここでやってる。一人でな」
「え…一人!?一人でどーやってテニスするの!?」
私が本気でそう返したから、彼はまたくくっ…と笑った。
なんだかテニスを全然知らない私を、面白がっているようにも見える。
遊ばれてるな、と思った時、彼が突然、ずい、と顔を前に出して言った。
「そう思うなら、お前が付き合ってくれよ」
「は、はい…?」
私が…テニスの練習の相手になれと?
バカにされているのか…これは冗談に違いない。
だから私は無理に笑おうとした。
だけど彼の表情には、冗談とは思えない雰囲気が漂っていたわけで。
「朝の6時から練習してる。午前9時まではこのコートには俺しか入れない。俺と一緒に行くか、携帯に電話くれりゃコート前まで迎えに出るぜ?」
「一緒って…え…あの…私テニスしたこと…」
「ま、気が向いたらな」
「は、はぁ…」
携帯に電話くれりゃって…あなたの携帯知りません私…。
どことなく強引な彼の物言いに、思わずそのテニスコートの地図をカバンに入れた。
その直後、私がテーブルに目をやると、また名刺サイズの紙が置かれている。
今度はどこのテニスコート?と思って目を向けると、跡部景吾と書かれていた。
「名刺の裏、携帯の番号書いておいたからな」
「えっあっ…あ、じゃあ私の…!」
「ああ、それはいい。かかってきた時にどうせわかる」
「え…」
「無理強いはしねぇってことだ。ま、これも何かの縁ってやつだろ?」
「…何かの縁…そ、そうだよね」
「あーん?覇気がねぇ奴だ」
「いやいやそんなっ…了解!じゃ、気が向いたらね!」
ああ、そのくらいの返事にしとけ、と彼は微笑んでワインを飲み干した。
to be continue...
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