自惚れの破線_04
彼が残していったものはあまりに大きすぎた。
私はそれを抱え込むことが困難で、単なる失恋で終われない心の居場所を見つけるのに苦労した。
私に残ったのは、彼の面影と、失った恋の後味…。
自惚れの破線
4.
「伊織ちゃんさ、今日行くお店の近くにある公園って知ってる?」
「え…あ、ああ、うん…一度、行ったことがあるよ」
「じゃあそこに…そだなー、1時でいい?ランチ2時までだし、間に合うよね!」
「うん、了解〜!じゃまた明日ね」
明日は、私の25歳の誕生日だ。
土曜日という休日を利用して、お昼から千夏ちゃんが祝ってくれると言ってくれた。
…千夏ちゃんは、もう忘れているのかもしれなかった。
いや、そもそも私があの公園の詳細な場所をあの頃話していたかどうか…。
彼女が待ち合わせに指定した場所は、私が大好きだった彼と、まだ若葉の薫る晴れた日に過ごした、あの、公園だった。
偶然としては、なかなかの残酷さ。
彼に出逢った一年後の明日、私は彼との思い出の場所に行かなくてはならない。
一分でも遅れたら帰っていい
そう彼が告げた九ヶ月前のあの日、あれから三時間待った私の前に彼が現れることはなかった。
静かに泣きながらその場に立ち尽くしている私を、道行く人は振り返った。
そして翌日のスポーツニュースで、彼がフロリダ遠征の為に、日本を経ったことを知った。
来年…つまり今年開催されるウィンブルドン出場に向けての、長期の海外遠征。
スポーツマンとしての彼の将来がかかっているという内容だった。
その翌月、瀬崎みくのは遠距離恋愛の歌をリリースした。
瀬崎が今の心境を描いたと話題になった楽曲は、6週連続でオリコン上位に君臨し、大ヒットとなった。
私はその曲を街中で聴く度に酷い頭痛に襲われた。
さらに半年後、つまりは今から二ヶ月前に瀬崎と景吾が破局していたという報道が流れた。
景吾はその報道に対して、「最初から付き合っているつもりはない」とコメントした。
それに対し瀬崎側の事務所は、完全にノーコメントを通し、瀬崎本人がその報道についての真相を語ることは一切なかった。
マスコミは景吾のコメントを基に、その先週に瀬崎がリリースした失恋の曲、『自惚れの破線』の歌詞と瀬崎の状況を重ねて面白おかしく世間を煽った。
皮肉にもその歌詞は、あの頃の私の心情にそっくりだった。
それにより景吾は瀬崎を遊んで捨てた男として瀬崎のファンやマスコミから激しいバッシングを受けた。
そこでやっと、瀬崎が公式HPのブログでコメントを発表した。
『跡部さんのおっしゃる通り、私達は友人で、交際していた事実はありません』
そこでまた世間は、彼女のことを元恋人を庇った健気な女と噂し、瀬崎は株を上げた。
そんな報道も熱を冷ました頃、今年開催のウィンブルドンに彼が出場することが決まったとのニュースを聞いた…先月のことだ。
私は数ヶ月に渡り酷く切ない想いをさせられていたというのに、そのことが心から嬉しくて、テレビの前で泣いた…。
フロリダへ行く前日に、私に会おうとした景吾。
あれ以来、なんの接触もない、私達の残酷な別れ方。
あの日、景吾が一分でも遅れたら、二度と会えないだろうと思った私の予感は、当たってしまった。
千夏ちゃんが教えてくれたことがある。
人生に起きる出来事は全て、必然として、当人にとってなんらかの意味があるものだと。
人生における経験とは、そういったことの積み重ねなのだと。
…………彼との出来事は、私の人生に、どんな意味を与えたのか。
そんなことを考えているうちに、あっという間に今日まで時間が過ぎてしまった。
■
空も私を祝ってくれているのかと思うほど、雲ひとつない青空。
予定よりもちょっと早く来すぎちゃったかな…と思いながら、自然と私の足は彼と座り込んだ場所へと運ばれる。
「おかーさーん!見て見てこれー!」
あの日と同じように子供達が騒いでいる。
あの時は私の胸の中も大騒ぎで大変なことになっていた。
思い出して苦笑いすると、子供に変な目で見られてしまって、慌ててその場に座りこんで誤魔化した。
「気持ちぃ…」
風が穏やかで、緑いっぱいの芝生の上で、私は思わず声を上げながら、あの日の景吾がそうしたように、寝転んでみた。
千夏ちゃんが来た時に、「なに寝てんの!」と怒られるかもしれない。
それでも、そうせずにはいられなかった。
目を瞑ってまぶたを透した陽の光を受けながら、これまでのことが思い出される…。
出逢った日に感じた運命の予感。
初めてのデートで訪れたこの公園。
私の手を握り締めて眠った景吾。そんな彼の寝顔を見つめ続けた私。
何度デートを繰り返しても、尽きることの無かった会話。
友人としての最後のデートが、大事な記念日になると信じたその日、
会えず仕舞いになってしまった私の想い人…。
思い出さなくてもいいことが、ぐるぐると脳内を駆け巡る。
結局、景吾と瀬崎の交際についての真実は藪の中か…と、ふと頭に過ぎった。
そんな嫉妬心を、今だ持ち続けている自分が情けない。
もう私は忘れなくちゃいけない…いつまでも引きずっていちゃダメだ。
だから今日忘れよう。25歳になる、自分への誕生日プレゼントとして…。
そこまで考えていたら、涙が溢れた。
耳に伝う涙の温もりと共に、ざくざくという人の足音が聞こえる。
千夏ちゃんかもしれない。
こんな姿を見られたら、きっとまた心配させてしまう。
それでもどうしてか、私の体はそこから動くことを拒んでいる。
その時だった。上から注がれた声に、私は自分の耳を疑った。
「俺なら襲うっつったはずだぜ?」
「!」
咄嗟に目を開いた。
いるはずのない人が私を覗き込むように見ている。
思わず起き上がった私の唇が僅かに開く。
それでもうまく声が出ない。
そんな私の顔を見て微笑む彼は、私が声を出すのを待ちきれないのかのように囁いた。
目の前に、ラッピングされた箱を差し出しながら。
「ハッピーバースデイ…伊織」
ぱんっという乾いた音が、穏やかな休日の公園に響き渡る。
目の前にいる彼は、それに対して驚きの表情も見せず、私が叩いて振り落としたラッピングの箱を少し離れた場所まで取りに行った。
「無理も…ねぇよな」
「……」
振り落とされてしまったプレゼントについた汚れを優しく払いながら、景吾は私の横に腰を落とした。
どうしてだろう、この世で一番会いたかった人が傍に居るのに、私は目を見ることも、動くことも出来ないままで、ただ俯いている。
小さなプライドと、傷つけられた心と、本心の葛藤。
それが咄嗟の行動となって、彼に怒りをぶつける形になってしまった。
「待ち合わせ、行けなくて悪かった…」
「…なんでここにいるの…?」
「行く直前に邪魔が入った。話せば長くなるが…」
「…なんでここにいるのか聞いてるの!」
泣いてたまるかという思いと今まで行き場を失っていた怒りの矛先を見つけて、私は大きな声をあげた…子供が驚いて振り返る。
そんな私に、小さくため息をついた景吾は少しの沈黙の後に答えた。
「…忍足の彼女に頼んで、お前をここに連れてきてもらった」
「……」
「最初は忍足から俺の話を聞いた彼女にも、絶対会わせたくねぇって言われちまったけどな…」
「……」
想像がつく。
私が景吾と音信不通になってからずっと傍で支えてくれたのは千夏ちゃんだ。
私の気持ちを誰よりも理解して、一緒に泣いてくれた。
そんな彼女が、いくら忍足くんの頼みだとは言え、すんなり承諾するはずもない。
彼女もまた、跡部景吾に腹を立てていた一人なのだ。
だけど、結局景吾はここにいる…。
「事情を説明したらわかってくれた…。伊織にもわかってもらえるかもしれねぇと思った…だから…」
そこまで聞いて、私は小刻みに首を左右に動かした。
許せるだろうか?彼の話を聞いて、納得が出来るんだろうか。
どんな真実が待っていても、私は受け入れることが出来るだろうか。
千夏ちゃんがわかったとして、それがなんだと言うのだ。
私は彼女じゃない。私が景吾へ対する気持ちは、彼女の比じゃない。
それには愛しさが含められているおかげで憎しみが倍増しているのだ。
「伊織…」
「…」
景吾が私を見つめている。
それに耐えれなくて、私は顔を反対に背けた。
泣き出している自分にも、気付かれたくはなかった。
この心の隙を、見せたくはなかった。
まだ彼のことを想っている女の姿を、本人に知らせたくなかった。
「本気だった…伊織…信じられないかもしれねぇが…お前のことは、本気だった…」
「……嘘っ…」
「…瀬崎みくのとは、ただの友達だ。二人で食事したこともないし、あいつが泊まってったことなんかねぇよ」
「……っ…なんとでも言える…」
付き合っていたわけでもないのに、昔の弁解をしている景吾。
そして付き合っていたわけでもないのに、それを責めている私。
なんて滑稽なんだろう。それを責める資格など、私にはないはずだ。
「そうだな…」
彼はそっと呟いた。
諦めを帯びた声。
風と一緒になって、私に流れ込んでくる彼の匂い。
この匂いに包まれたら、素直に泣けるだろうか。
「…伊織…」
「……」
名前を呼んでも、返事もせず、振り向きもしない私に、景吾がふっと近づく気配がした。
その直後、私は、自分の体を支えている手の甲に温もりを感じた。
あの日が蘇る。そっと、優しく重ねられた手。
たった一度だけ繋ぎ合った、あの感触。
「ずっと、会いたかった…」
そう言って、顔を背けたままの私の髪の毛に、短いキスをしてきた。
私のストレートの髪の毛を隔てて感じられる景吾の唇の感触。
それと同時に、離れていく手の温もり、離れていく彼の匂い…。
耐えれそうになかった。
「待って!」
私の傍から去ろうとしている彼の手を、今度は私が咄嗟に握り締めた。
涙でボロボロになった私の顔を見て、景吾は酷く切ない目をしている。
僅かにその手に力を入れて引き寄せるようにすると、景吾はそれを遮るように、私を強く引き寄せて抱きしめた。
「ひっく…うっ…景吾…っ…」
「…伊織…悪かった…」
子供達がひやかしの言葉を投げかけてくる声が微かに聞こえた。
それでも私と景吾は抱き合っていた。
どちらからともなく、その力は段々と強くなっていく。
「ごめんな…」
泣きじゃくる私の頭を撫でながら、景吾は何度もそう繰り返した。
私は懸命に、言葉を吐き出そうとした。
「おそっ…遅すぎるんだから…っ…待ち合わせ…もう…待ち合わせ時間…とっくの…昔に過ぎてるよっ…」
「…ああ、ほんとにな…」
「場所まで…っ…場所まで変えちゃって…なんなのよぉ…ひっく」
「ああ…いつまで待たせてんだよな…?」
景吾の声は少し弾んでいた。
微笑んでいるのかもしれない。
それが悔しくて、弱々しく彼の腕を叩くと、その手をまた握られた。
それがキッカケとなって、そっと彼の顔を見る。
こんなぐちゃぐちゃな私の顔を見ても、貴方は好きだと言える?
「…感動の再会だな?」
「ばかじゃないの…」
「くくっ…ああ、俺は最低だ」
「ほんと最…っ」
最低と、罵ろうとしたとこで、私の唇は彼の唇に塞がれていた―――。
□
「睡眠薬…?」
「ああ、金掴まされてた木村にとっちゃ、俺があの時に他の女と会うのはご法度だ。俺と伊織が会うことを知ってたのは、盗聴でもしてやがったのかもしれねぇな。とにかくそれで瀬崎がいい笑いモンになって、イメージダウンに繋がる」
瀬崎みくのとの関係を聞いた後で、マネージャーも一枚咬んでいたという話を聞いた後だった。
何故景吾があの夜現れなかったのか。
ホテルを出る直前に、遠征の打ち合わせで急用だとマネージャーの男に言われ5分だけだと話を聞く際に口をつけたコーヒーに、睡眠薬が入っていたと言う。
約束の5分を過ぎても部屋を出るまでにいろいろと難癖をつけて、景吾を引き止めたマネージャーと居た時間は結局10分程度だったらしい。
そこで、体が鉛のように重たくなったと…。
「倒れこむ寸前で木村が言いやがった。携帯のメモリは全消去してやるってな。俺の交遊関係が遠征の邪魔になるだとか適当なこと言いやがって。交遊関係がある奴を片っ端から切るつもりだったんだろう。野郎はなるべく長く瀬崎と俺との熱愛報道をマスコミにさせようとしやがった。いくら瀬崎の事務所に掴まされてたのかは知らねぇが、その頭をマネージャーっつー仕事にも使って欲しかったもんだ」
自嘲気味に言う景吾を見て、どうして景吾が反撃に出ないのか不思議だった。
でもすぐに、その理由は聞くまでも無く、私にはわかった気がした。
景吾が騒ぎ立てたところで、公に露見するのは瀬崎の事務所と木村の悪行でも、その非難を世間から浴びるのは誰でもない、瀬崎みくのなのだ。
非難を浴びなかったとしても、完全にイメージダウンすることは目に見えてる。
望んでもいないことを事務所がやり、その言いなりになることしか出来ないアイドル。
景吾との熱愛報道の後、事務所の思惑通りに人気を更に上げた瀬崎みくの。
彼女のドキュメンタリー番組をこの一年の間に見たことがある。
彼女の強烈な一言が蘇った。
瀬崎は寂しそうな顔で、「私は人間じゃなくて、商品なんです」と言っていた。
しかしそれを望んだのは、自分だと。
景吾はそんな彼女を見て、自分が捨て駒になってもいいと感じたのだろうか。
木村に裏切られた行為に対し沈黙することが、友人の彼女を守ることに繋がった。
その分景吾は、バッシングという大きな痛手を負っていたとしても。
彼らしい決断かもしれない。優しい人だと、私は知っている。
あのタイミング良く出された、瀬崎が歌詞を書いたとされる曲も、彼女の事務所の狙いだったんだろう。
そして結果的に、瀬崎みくの人気は今だトップとしてある。
いいのか、悪いのか、そんな倫理的な問題は、芸能界にはないのかもしれない。
そこまで考えて暗い気持ちになった時、景吾がふと言った。
「まぁ携帯のメモリは、バックアップ取ってたんだけどよ」
「…じゃ、じゃあなんで…!連絡してくれたら…!」
「国際電話は高くつくからな」
「はぁ!?」
こんな時に冗談を言う景吾に本気で目を剥くと、景吾はそれをもおかまいなしに私を笑い飛ばして、すっと私の肩を引き寄せた。
それだけで、私は黙り込んだ…なんて弱いんだろう。
さっきまであんなに、彼を許せないと憎んでいたのに。
簡単に愛しさが勝ってしまった。
「…ウィンブルドンの出場権を獲得したら、伊織に会いに行こうって決めてた」
「…え…」
「伊織の誕生日に、伊織に会いに行く。ウィンブルドンの予選に落ちたら、諦める…そう決めてた」
「…なんでそんな…」
「伊織を裏切った俺自身への戒め…とでも言えば納得がいくか?」
「納得なんて…出来ない…」
「連絡して話したとこで、顔も見えない相手の話なんか信用できねぇだろ?」
「それでも…私がこの九ヶ月…!どれだけ辛かったか…!」
また涙が零れ落ちる。
辛かった自分に酔っているのかもしれない。
それでも一瞬で景吾を失った私は、生きている価値があるのか不思議になるほどに苦しかったのだ。
その想いが、私の表情に滲み出ていたのかもしれない。
景吾の微笑んでいた顔がふと影を帯びて、俯いて、私の肩に頭を寄せた。
「…悪かった…本当は俺が、弱かっただけだ…もう…………嫌われちまってると思ってた……」
「…景吾」
「…………ウィンブルドンの予選に勝ち抜いたら、お前に会う自信がつくんじゃねーかと思った…」
「……自信が…ついたから来た…?」
彼はこんなに、弱い人だったんだろうか。
ぶつぶつと語っている彼は、まるで母親を探している男の子みたいだ。
私がそっと訪ねると、彼はしばらく黙ってから、続けた。
「自信なんか、そんなことでつくもんじゃねぇよな…」
「…でも来てくれた…」
「…ああ、結局、俺が会いたかっただけだ…俺のエゴだ…」
「…………そのエゴに、救われたよ、私…」
景吾は頭を上げて、私を見つめた。
そっと、彼の手で頬を包まれる…この温もりの中を、私は一年彷徨った。
やっとたどり着くことが出来た…触れたい、すぐに。
そんな私の願いを最初から知っていたかのように、景吾は私の唇に熱を注いだ。
何年も離れ離れになっていた恋人同士みたいに、何度も何度も、口付ける。
「伊織…」
「ん…?」
「受け取ってくれるだろ?」
「え?」
長いキスを終えた後、目の前に出されたプレゼントを見て思い出した。
私はついさっき、これを振り払ったのだ。
「あ…ごめん…勿論、受け取りたいです…」
「くくっ…ああ、よろしくな」
「じゃあ…あの、開けます!」
「そんな…緊張させんなよ」
緊張するの?と言いながら、見ると景吾は、確かに少しそわそわしている。
私はそんな景吾のギャップに笑いながら、そっと箱を開けた。
そこにあったのは、スマートなブランド物の長財布。
思わず「わぁ!」と声をあげた。
「これ高そうだよ景吾!嬉しいなぁ、丁度お財布買い換えたかったとこなんだ!」
「そうか…俺の勘も捨てたもんじゃねぇな」
「ふふっ…早速使わせて…あれ…?」
喜ぶ私の頭を撫でながらそう言った景吾に寄り添って、早速使うために中を覗いた私は、お札を入れる場所に、紙が入っていることに気が付いた。
ブランド物の財布をいじくるのは初めてのことだったので、証書か何かと思ってずるっと引き出すと、なんだか様子が違う。
すべて英字だというとこまでは、私の想像していた証書と同じだったのだけど…
「うぃん……ぶる…どん………?」
「……………今月26日から、開催予定だ」
「…これ…」
「来月9日まである…場所はイギリスだ。もし伊織が来る気になりゃ、すぐ手配できるようにしてる」
ウィンブルドンのチケットだった…景吾が出場する、テニス四大国際大会の1つ。
それで…それで景吾は緊張していたのだ。
確かに、誰がどう考えても急な話で、社会人には断られる確率の方が高い。
「……もうどこにも行かない?」
「え?」
「もうどこにも行かないで、ずっと私の傍にいてくれる?」
お願い、それを約束して。
それなら私は、どんなことでも乗り越えれる。
すぐにでも、貴方の胸に飛び込んでいける。
「…ああ、もうどこにも行かない。来月には日本に戻るし、また遠征がある時は、伊織も連れて…いや、そんなことよりまだ日はある。俺もその間は日本に居る。それまでゆっくり考えて答えを…」
「行く」
即答した私に、景吾が一瞬固まった。
「………まじかよ」
「…自分で誘っておいてひく?」
「いや…すげー度胸だなと思ってな…」
どういう意味よ!と景吾を叩くと、笑いながら私を抱きしめた。
「俺と一生過ごすなら、その度胸は必要かもなぁ?だろ?」
思いがけないプロポーズに、私は笑い声を立てて、大きく頷いた。
貴方と一生、過ごしていきたい…そんな愛を込めて。
私の自惚れに、破線など存在しなかった。
それがわかった、私の25歳の誕生日。
今日という日を、私は一生、忘れないだろう――――。
fin.
[book top]
[levelac]