Mery Christmas










私の我侭も、私の泣き言も、全部全部、包んでくれる…。

そんな貴方がこうして傍に居てくれることが、私にとって最高の贈り物。

そんな貴方がそうして微笑んでくれることが、私にとって最高のクリスマス。


















Merry Christmas-ver.Keigo-


















今日は、クリスマスイブ…景吾と付き合い始めて、初めての…。

なのに私は…


「はっっっくしゅっん…!!」


……この通り、風邪をひいてしまった。

うううううううううううううううううう!!なんで!?どうして!?

昨日だって暖かくして寝たのに!!こんなに今日という日を楽しみにしていたのに!!



一ヶ月前、景吾が私に言った。


「なぁ伊織、クリスマスイブは、どうしたい?」


正直、これだけで私はびっくり。

だって、そんなこと聞きそうじゃないんだもの。

だけどそんな気持ちは表情には出さずに、私は答えた。


「景吾と一緒ならどこだっていい」


すると景吾は、ふっと優しく笑って、私の頭にゆっくり手を置いた。


「なら、二人きりでクリスマスディナークルーズなんてどうだ?」

「クリスマスディナークルーズ!?」


「ああ…二人きりで…な」

「ほ…本当!?」


本当だ、そう言って景吾はくくっと笑った。



景吾が後で見せてくれたクリスマスディナークルーズのチケットを見て、私がこっそりパソコンのwebサイトで見たら、彼が取ってくれたそのクリスマスディナークルーズは、二人の貸切で!

友達の千夏に聞いたら、1日2組の限定で、18時からと20時からのがあるとのこと。

景吾はその、24日、20時からの一番入手困難なチケットをくれたのだ。

だからめっちゃくちゃ高いけど、大勢の人が予約を取れなくて涙を飲むという幻のチケットだった。


「伊織…あんためちゃくちゃ幸せもんだわ…いや、ていうか…さすが跡部君…」

「どうしようどうしよう!!きゃーーーー!!」


「ああ、はいはい、いいから落ち着いて、とにかく24日は万全で臨めるようにしときなね!」

「もちろんだよ千夏ーーーー!!」


千夏はそんな私を見て、呆れたような顔をわざとしながら、でも本当は一緒に喜んでくれている…そんな顔をいつもしてくれる。

友人にも、そして恋人にも恵まれた私の人生…こんなに幸せでいいの!?


って…思ってた…。




「はっっっくしゅん…!!」


ああああああああああああああ!!神様は意地悪!!

残業になっちゃったら最悪だから、仕事まで休んだっていうのに!!

うう……。

それでも、今日という日を風邪でキャンセルするなんて私の中では有り得ない!

私は少し熱でぼーっとした頭をうにうにと抱えるようにマッサージして、普段は絶対に飲まない風邪薬をも神頼みで飲んでからぜぇぜぇと着替えた。

景吾…早く貴方に会いたい…!!

景吾の気持ち、無駄になんか絶対にしないから!!











「伊織、寒いか…?」

「えっ…!?」


珍しく黒のカジュアルスーツを着た景吾が、迎えに来てくれた車の中で、私をふと見てそう聞いてきた。


「少し震えてなかったか…?」

「あや…あ…なんていうかホラ…緊張しちゃって!!」


「くくっ…そうかよ…」

「うん…あの、景吾…本当にありがと…」


すっごく優しい顔で笑ってくれる景吾が、すっと目を細めて。

前に運転手さんが居るっていうのに、私との距離を少しだけ縮めてから、人差し指で自分の唇をつんつんと指した。

それはキスをねだってる仕草で…もう、私は倒れてしまいそうになる。


「景吾……だめだよ…こんなとこで…」


声を小さく小さくして私がそう言うと、少しだけつまらなそうにしてから、ニッと笑って私の手を握ってきた。

風邪じゃなくたって…顔が真っ赤になってしまう。


「景吾様、到着致しました。何かあれば、すぐにご連絡下さい」

「ああ、悪いないつも…よし、行こうか伊織」

「あ、うん…!」


パッと景吾の顔が変わる。

こういう時、いつも思う。

ああいう仕草や甘えるような顔は、私の前だけなんだって…私は、特別なんだって…それが嬉しくて、思わず顔がニヤけちゃう。






「わ…ぁ…すごい!」

「ふっ…なかなかいいじゃねぇの」


私たちの為だけに用意されていたクルーザーは思ったよりも大きくて、ゆったりとしたキャビンに広めのアフトデッキフライブリッジを持っていた。

中に入ると、モダンに決まっている室内に大きめのテーブル。

その上から白いテーブルクロスがかけられ、美しい食器が並んでいた。

明かりはぼんやりと、大人の雰囲気を演出しているイエローで色付けられている。


「すごい…ロマンチックー!!」


私たち二人の為だけに用意されている極上の料理とサービスにうっとりしてしまう。

目の前にはクリスマスイルミネーションが広がっていて、どこからか汽笛の音が聞こえる。


「…伊織…どうだ?」

「どうだって…もう…景吾、最高だよ〜〜!!」


心地良い水の揺らぎに耳を傾けていると、後ろから景吾がそっと私を抱きしめて聞いてきた。

どうだ、なんて…これほど優雅でゴージャスな時間をプレゼントされて…それも、こんなにカッコイイ景吾に…喜ばない人なんているわけがない。


「満足ならそれでいい」

「満足どころじゃないってば…」


「くくっ…そうかよ…じゃ…さっきおあずけくらったキスを…姫…」

「えっ…」


景吾がすっと正面にきて、私の顎をくぃっと上げた。

私はその瞬間に、自分が風邪だということを思い出して…


「だめっ!」


思いっきり抵抗して、後ろに逃げた。


「……伊織?」

「あ…」


私に強めに突き飛ばされた景吾は、私を見て、固まっている。

そりゃそうだ…こんなこと今まで一度だってない。

私が、景吾を拒むなんて…。


「…俺とキス…嫌か…?あーん?」

「違うの…!!…あの…」


言うのを躊躇った…。

景吾に風邪だったなんて言ったら、きっと怒られる。

でも、もう船は出航して、今更キャンセルなんか出来っこない……と…そこまで頭で考えた時、突然にくらくらっとして…私の足が……ガクッと折れた。


「伊織!!」


ッ…!

……―――――――――――――――。











「…んっ……」


ぼんやりと目を開けると、薄暗い明かりの中で、私はベッドの中にいた。

天井や周りをゆっくりと見渡すと、そこが私のマンションであることに気が付いた。


「…れ…えと…あ…ああ!!景吾!!」


バサッと大きな音を立てて、私はぐっと起き上がった。

どうしよう!!クリスマスディナークルーズは!?えっ…け、景吾はどこ!?



「えっ…!」

「どうした伊織!大丈夫か!?あ…ダメだ!寝てろ!!」


上半身だけ起き上がっている私に駆けつけてから、景吾は私の肩をぐっと掴んでベッドに強引に寝かせようとした。


「景吾…私…!!…う…ひっく…うう…」

「泣かなくていい…、バカが…無理すんじゃねぇよ」


私の髪を優しく梳きながら、困った顔して景吾がそう言った。

その手の暖かさに、優しさに、私の涙が止まらない。


「ごめ…せっかく…せっかく景吾…うっ…」

「せっかくじゃねぇだろ…お前、熱が38度もあったんだぞ…」


「でも…だって…うううう…ううう…」

「二度とこんな無理すんじゃねぇぞ……気持ちはわからなくもねぇ…けど…絶対にダメだ」


「ク、クルーズ…どうしたの…?」

「すぐに引き返してもらった。あそこからなら近くにホテルでもあったんだが…自分の家が一番落ち着くだろ?」


「そ…それでここまで…う…ううっ…ごめ…ごめんなさい…」

「…バカ、気にすんじゃねぇよ…。…もういいから…今、飯持ってきてやるから、少し食って、寝ろ…」


私の額に手を置いて、少し熱を測るようにしてからそう呟く。

ご飯…持ってきてくれる…?…って…あれ…?


「け…景吾…?」

「あーん?どうした」


「そ…それ…エプ…」

「ああ、あったやつ使わせてもらったぞ」


さっきまで気が付かなかったけど、よく見ると景吾が私のいつも使っているピンクのエプロンを身に付けていた。

う…うわーーーーっ…!!


「ぷっ…」

「なっ…何笑ってやがる!!」


「だ…だって景吾…ピンクのエプロ…ぷぷっ…」

「てめ…人が心配してんのに……」


「ごめ…ごほっ…ごほごほっ!!」

「ふん、ほら見ろ。罰当たりが。ちょっと待ってろ」


そう言ってくるんとドアに向かって行きながら、エプロンを外して放り投げた景吾の後姿が可愛くて、咳込みながらも私は声を殺して笑っていた。

ぼーっとしていて、頭も痛いのに、なんだかとっても幸せな気持ちになる。


「ほら…味の保障はねぇぞ…ま、体は暖まるだろ」

「えっ…わぁ…ホワイトシチュー…!」


「お前の嫌いなじゃがいもとカリフラワーは抜いてあるから安心しな」

「あ…ほんとだ…景吾…ありがとう…」


私がそう言うと、少しだけ首を傾げて微笑んだ。


「景吾…料理するんだね…」

「したことねぇ」


「えっ…!」

「これが初めてだ。携帯でレシピ探しまくったぞ」


すでにシチューを口に運んでいた私は、その発言に驚く。

いや、景吾が料理をするということに最初は驚いたんだけど、その後にこれだけ美味しいシチューを作れる人が料理を初めてしたということに、更に驚いた。


「すっごい…美味しいよ…?」

「良かったじゃねぇの」


ふわっと私の頭の上に手を置いてから、ゆっくりゆっくりと撫でる景吾。

そうして私を見つめる視線が、いつになく真剣で……


「伊織…キス…だめか…?」

「えっ…だ、だめ!!」


私がそう言うと、景吾がむっと口を尖らせて、子供みたいな顔をした。

か……可愛すぎるよ景吾……。


「だって…景吾の美声が聞けなくなっちゃったら嫌だもん…こほっ…」

「……俺様にうつせばお前が苦しい思いしなくて済むじゃねぇか」


「だからそれが嫌なの!」

「ふーん…」


そう言いながら床からベッドの上へと座る位置を変えて、私に近付く。

まずい、と思った私は、必死に話を変えようとした。


「あ!!…そ、そうだ景吾、私の鞄、取って!」

「あーん?…しょうがねぇな…ほら」


ゆっくりとベッドの上から腰を起こして、私の鞄を取った景吾から、私は少し身構えながらもそれを受け取った。


そう…台無しになっちゃったけど、今日はクリスマスイブ…。

私は今日という日の為に、お金を貯めて景吾に買ったものがあった。

鞄の中からギフトBOXを取り出すと、景吾の目が少し見開かれた。

そうしてその存在に気がつくと、私の大好きな優しい優しい笑顔になって…


「これ…メリークリスマス、ね…」

「ああ…ありがとな…メリークリスマス…」


そう言って少し近付いて、私の額にチュッとした。

額なら…まぁ、いっか…


「開けていいんだよな?」

「モチロン!」


景吾の優しい唇に触れられて、私の身体が一気に熱くなる。

私はその熱を隠すかのように、少し声を大きめに、誤魔化した。

するするとリボンを解いていく手先がとても綺麗で、思わず見とれてしまう。

リボンをゆっくり解いていく度に、私の方をチラッと見てニコッとする景吾は

まるで少年のように無邪気で、本当に嬉しそうだった。


「お…腕時計じゃねえの…」

「うん…あー…の、その、高いのしてるの知ってたんだけど…」


私は時計が好きだ。

景吾が物凄く高い腕時計をしていることは、百も承知だった…けど、どうしてもこれがあげたかった。

だってすごくカッコイイし、景吾がつけたら絶対似合うと思ったんだもん。

お値段的には、景吾がつけている腕時計の10分の1くらいの値段…だけど…。

それでも私にはかなり高額…でもそんなこと言わない。


「ごめん…安物なんだけどね…あの、だからカジュアルに気分転…って、景吾?」

「あーん?」


私がなんだか申し訳ない気持ちになっていると、景吾がいつの間にか自分のしていた腕時計を外して、私の部屋の小さな引き出しにボトンッ!と放り投げていた。


「わぁ!そんな!!上等な時計を!!もっと丁寧に!」

「ああ、悪りぃな、俺様にとってはこっちのほうが上等だ」


「えっ…」

「伊織、つけてくれよ」


景吾がすっと私に、左腕と、贈り物の時計を差し出す。

私はそれをゆっくりと受け取って、景吾の左腕に時計をつけた。

パチッと音がした瞬間、とっても自慢そうに私にそれを見せる。


「どうだ?似合うか?」

「あ…うん!すっごくカッコイイ!!」


わーーーー!やっぱり、やっぱりこの腕時計、景吾にぴったり!


「くくっ…肌身離さずつけてやる」

「えっ…えっ、いいよ!そんなの!!だってさっきの時計…!」


「あれはそこの引き出しだ。俺様がこの時計に飽きるまで、お前が持ってろ」

「え……」


「飽きることなんて、絶対にねぇけどな…」

「景吾…でも…あんなにいい腕時計…」


「伊織、時計の価値は、値段なんかじゃねぇ…一番大事なのは、想い出だ…そうだろ?」

「…景吾……」


どんなにキザなセリフだって、景吾が言うとすっごくカッコイイ…

私がそれにほわ〜っと酔っていると、景吾がふっと私の左手を握ってきて…


「えっ…えっ…景吾!?」

「メリークリスマス…」


景吾がそう言い終わる頃には、私の薬指に、しっかりとリングがつけられていた。


「景っ…これ…」

「今日、俺様の左手は大忙しってとこだな」


「えっ…?」

「…ほら、お前の欲しがってた俺様との愛の証ってやつだよ」


景吾が左手、と言ったのを聞いて、ふと彼の左手をみると、私の薬指にあるものと同じ…つまり、ペアリングが、さっきまで何もなかった景吾の薬指にしっかりとつけられてあった。


「あ…うわ…どうしよう…」

「どうしよう、じゃねぇだろ…くくっ…な、これも肌身離さず、つけてるぜ?」


私だけにくれる最高の笑顔で、そう言った景吾が愛しくてたまらない。

指輪のサイズを覚えてくれていたことも、その指輪を不意打ちで左手の薬指につけてくれたことも、私がぼそっと前に言った「ペアリング、いいね」って言葉を覚えてて、そのままそれを私に、クリスマスプレゼントとしてくれたことも…何もかもが愛しくて、好き過ぎて…泣けてくる…。


「うーっ…ひっく…ありがとう景吾…ありがと…」

「泣くなよ…ほら、こっちに来い…」


困った顔して笑った景吾が、私に向かって両手を広げて…私は思い切り、彼の胸へと抱きついた。

力強く、ぎぅ…と抱きしめてくれる景吾のぬくもりを感じて、私は最高のクリスマスイブを過ごした…


「メリークリスマスー…景吾ー…本当にありがとう…」

「ああ…メリークリスマス…伊織…どんなクリスマスだって、お前となら最高だ。愛してる…ずっと…な…」




fin.



[book top]
[levelac]




×