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 美容師なオニーサン 3

イゾウさんから着信があったからMOBY DICKの近くのカフェでイゾウさんを待つ。
待っている間は少しドキドキして、手鏡で髪型とかチェックして、ソワソワと落ち着かない。
MOBY DICKからイゾウさんが出てきたのを確認して私もカフェを出た。

「イゾウさん!」
「悪いな。待たせた」
「いえ…」

行くか、と優しく笑うイゾウさん。
なんかこれってデートみたい。
後ろ姿を見ながらぼんやりとそんな事を思って、ふと我に返ると急に恥ずかしくなってきた。

デートみたいって自惚れも大概にしないと、何考えてるのよ私!

「なにしてんだ?」

あわあわと一人でテンパっていると不思議そうな顔をしたイゾウさんが私をジッと見つめていた。

「いや、なんでも…ないです」

変なところをイゾウさんに見られてしまって更に恥ずかしさが増す。
イゾウさんはそんな私を見て、クスクスと笑って、面白ェ奴、と呟いた。
あまりにも綺麗に笑うものだから思わず見惚れてしまう。

「何してんだ?行くぞ」
「あ、はいっ」

店までの道のりを、私の歩くペースに合わせて歩いてくれるイゾウさんはどこまでも紳士だと思う。
私のくだらない話も興味深く聞いてくれて、その合間に自分の事も話してくれて、それがなんだか嬉しくて、私の心は思いの外浮かれていた。

「ここ」

程なくして到着した場所は、私もよく足を運んでいた居酒屋。

「美味い酒があるんだ」
「私もよく来てました。日本酒が美味しくて」
「奇遇だな。俺もここの日本酒は気に入ってんだ」

意外な共通点があってテンションが上がった。
美味しいですよね、なんて話しながらガラガラとドアを開けると丁度出てきた人とぶつかってしまった。

「す、すいませんっ」

いえ、と上から降ってきた声にドクンと心臓が跳ねる。
そろりと見上げると暴言を吐いて別れた元彼が可愛らしいふわふわ系女子と一緒に私の隣をすり抜けた。

あー…確かあの子、この前家にいた子か。

胸の痛みは和らいでいるものの、やっぱりまだもやもやとした気持ちが渦を巻く。
折角楽しい気分だったのに最悪だ、上手く笑えそうにない。

「ハチ公…入らねェのか?」
「えっ、あっ、入ります!」

深く深呼吸をしてがやがやと賑わう店内に入って小さな個室に案内してもらい、飲み物を注文して一息ついた。

「大丈夫か?」
「へ?」
「さっき…」

さっき、というのは多分ぶつかった時のことだろう。
イゾウさんに呼ばれるまで呆然としていたからかイゾウさんは凄く心配そうな顔で私を見ていた。

「大丈夫です。ちょっと吃驚しちゃって」

本当に吃驚した。
まさかこんなところで会うなんて…。
私がこの店を知ったきっかけがあいつに連れてきてもらったから当然遭遇しても不思議な事じゃないんだけど。

「さっきの人」
「ん?」
「さっきぶつかった人、元彼なんですよね」

参ったなぁ、と笑いながら言うとイゾウさんは口角をあげて「奇遇だな。俺もだ」と言った。

「へ?」
「さっきぶつかった奴の隣にいた女。あれ元カノ」

ハチ公と同じだな。とさらりと爆弾発言をしたイゾウさんに頭がついていかない。
さっきぶつかったのは私の元彼で、隣にいた可愛らしいふわふわ女子がイゾウさんの元カノで、二人が一緒にいたって事だから…

「え?えぇ?!」

漸く思考が追いついて理解した。
きっと今私は目を大きく見開いて口をパクパクとしながら間抜け面をしているんだろう。
それくらい衝撃的だった。

「俺は振られた側だが。まァ…俺の場合、正面から言われたし関係も崩れかけてたからな。」

そう言って微笑んだイゾウさんは悲しそうで切なそうで、私の勝手な妄想かもしれないけど多分、嘘をついてくれているんだろうなと思った。

それにしてもなんという偶然なんだろうか。
この世に女なんてくそ程いるっていうのにあいつの隣にいたのが、今私の目の前にいるイゾウさんの元カノだなんて…しかも私たちがこうして向かい合ってお酒を嗜んでいるなんて。

「イゾウさんは…吹っ切れたんですか?」

ひとつ、疑問に思った事を口にすると、すぅ、と目線だけ私の方に向けた。
それがなんだが鋭くて蛇に睨まれた蛙のように体が固まってしまった。

「嫌いなんだと」
「え…なにが」
「目が、怖いんだって。何考えてるか分からねェ、怒ってんだかなんだか分からねェその目が嫌いだって」

確かに怖かった、けどそんな事で嫌いになるなんておかしくない?

私は運ばれてきた飲み物を手に取り、ダンッとイゾウさんの前に置いた。

「呑みましょう!今日はとことん!」

いつの間にか怒りのようなものに変わった感情を抑えるには、お酒と一緒に飲み干すしか方法がわからなかった。

「たくさん呑んで、前の恋人のことは忘れましょう!私も、イゾウさんも」

イゾウさんは少し吃驚したような顔をしたが、直ぐに目を細めて小さく笑った。

「そうだな。言ったからには最後まで付き合いな」
「もちろんです!」


美容師なオニーサン
「じゃあ…振られんぼな私たちにカンパーイ!」
「…否定出来ねェのが腹立つな」





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