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 たった二文字をも噛む男

最近、ローの様子が変だ。
変なのはいつもの事なんだけど、変に磨きがかかってる。

「おい」
「なに?」

ジッと私を見て何も言わないロー。
言いたいことはわかってるんだけどね。
解剖したい、とか散々言われ続けてきたし、エースやシャチにもなにかとフォローを入れられたんだ。
こうももどかしいくらい口を紡ぎながら目を泳がしてたら、なんとなく、わかる。
伊達に毎日追いかけられてない。

「なに?解剖はさせないよ?」
「そうじゃねェ…」
「じゃあなに?」

女としてはビシッと格好良く言ってもらいたいものだ。
だから、ローの言葉を、ローの目を見てじっと待つ。

「ハチ公」
「はい」
「す…す、しゅき!」
「は?」

今…噛んだ?
まさか、あのローが?
手術室で手術中って噛まずに言えるあの、ローが?

「え?しゅき?え?」
「酒気!酒の匂いがする」
「あ、あぁ。そう?昨日飲んだから匂い残ってたのかな?」

自分じゃわからないけど、人が匂うとそうなのかな?
くんくんと自分の匂いを嗅いでみるがよくわからない。

「酒もほどほどにするんだな」

コツン、と頭を小突いてローはひらひらと手を振り歩いて行った。

「…って事があったんだけど」
「ぶふっ!なんだそれ!」

大学が終わって、エースの働いているお店にきた。
今日の出来事を話すと盛大に笑われたんだけど。

「待ってみてそれでも言わねェようならハチ公ちゃんから言ったらいいんじゃねェの?」
「私から?!」

中で大きな鉄鍋を振っていたサッチさんが顔を覗かせて言った。

「そうしろよ!すっげェ焦るぞ、あいつ!」
「うーん…そうだよねー」

言ったら報告しろよ!なんてエースは言うけど、あのローに自分から言うのは腑に落ちないが、このもどかしい状況も打破したい。
さて、どうしようか。と考えながらお酒を一気に流し込んだ。

それからというもの、ローは会う度に私を呼び止め、言おうとしては噛んで誤魔化して、を繰り返す。
男ならズバッと言ってみろ、と少し苛立ちを覚えたがあまりにも真剣な顔で噛むもんだからだんだん笑えてきた。

「ハチ公」

今日もローは私を呼び止める。

「今日はなに?」

今日は、じゃなくて今日も、なんだけど。
心の中でツッコミを入れていつものようにローが話すのを待つ。

「あのさ、その…」

ガシガシと頭を掻きながら唸るロー。
いつも噛まないように練習とかしてるのかな、とか、噛んだ後はすっごい落ち込んでたりして、とか考えてしまって笑そうにになる口元を手でそっと隠す。

「一回しか言わないからな」
「うん」
「俺…ハチ公が、しゅき…しゅ…」

……やっぱりそうなるのね。
どうしてたった二文字なのに噛むのか不思議でたまらないけど、仕方ないか。
小さく息を吐いて、ロー、と彼の名前を呼ぶ。

「ちょっと待て、まだ俺の話が「好きだよ、ロー」

ローの言葉を遮ってそう言えば、大きく目を見開いた。

「付き合おっか」

しれっと言えば、驚いていた顔はいつもの変態なローの顔に戻っていた。

「漸くハチ公も俺の良さがわかったのか。仕方ねェ、そんなに言うなら付き合ってやる」

どやぁ、と効果音でもつきそうな面持ちで言われ、いつもならイラっとするところだが今までの事を思い返すと笑いが込み上げてくる。
ローらしさが戻ってきて、はいはい。と返すと満足そうなロー。

「私、講義の時間だから」
「あぁ、終わったら連絡しろ」
「わかった。じゃあね」

緩んだ口元を隠し切れていないローを背中に講義室へ向かった。


たった二文字をも噛む男
講義が終わって連絡を入れると、ずっと廊下で待ってたんじゃないかってくらい早くローが講義室に顔を覗かせた。

「早っ、メールして3秒もたってないよ?」
「そんなことはどうでもいい。行くぞ」

腕を強引に引っ張るローに、どこに?と聞けば、さも当たり前のように「デートに決まってるだろ」とどや顔で言うから、今まで堪えてきたものが溢れてきて盛大に吹いた。





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