dream | ナノ

 放課後の愛人

「マルコくん」

名前を呼ばれ、振り向いた視線の先には重たそうにノートを抱え込みながらふわりと笑うクラス委員のハチ公が立っていた。

「数学のノート、提出なんだけど…」
「ああ、よい。…手伝おうか?」
「ふふっ、大丈夫。ありがとう」

ノートを渡すとよろよろとフラつきながら教室を出ようとする。
見兼ねた俺は彼女に近づき適当な量のノートを奪い取る。

「そんなフラフラじゃ危ねェよい」
「ありがとう」
「…別に」

クスクスと笑いながら職員室まで並んで歩く。
扉の前に着くと彼女は再び、ありがとう、と礼を言いノートを重ねた。

「じゃあ、また後で、ね」

含み笑いしながら職員室へ入って行く彼女を見てクツクツと笑いが込み上げる。

放課後、もう使われていない旧校舎の教室で読みかけの本をパラパラとめくっていく。

「そんなに集中して。面白い?マルコ」
「ああ、よい。お前の豹変ぶりには負けるがねい」

パタン、本を閉じ視線を向けるとクスクス笑うハチ公が腕を組みながらドアにもたれかかっていた。

「ふふっ、そんなに変わってないと思うけど?」

そう言って掛けていた眼鏡を外し纏めていた髪を解く。
窓から入ってくる風に少しウェーブのかかった髪がふわふわと揺れる。

「とんだクラス委員だよい」
「あなたに言われたくないわ。学年トップさん?」
「彼氏はいいのかよい」
「マルコこそ。彼女は放ったらかし?」

はんっと鼻で笑うとハチ公も負けじと突っかかりをみせる。

最終下校時刻までの秘密の関係。
互いに相手がいるはずなのにどうしても互いに手放せないでいる。

「今頃彼女は友達とお茶でもしてるんじゃねェかよい」
「あら、奇遇ね。私の彼氏もきっとそうよ」

ハチ公の腰に腕を回しグッと引き寄せると俺の首に腕を回す。
顎を持ち上げ態とらしく音を立ててキスをすると擽ったそうに笑う。

「ダメよ、マルコ。お互い相手がいるのに」
「怖い女だよい。そんなこと思ってもねェくせに」

普段の彼女からは想像出来ないような悪い笑みを浮かべるハチ公にもう一度キスを落とす。

自分の女が他の男とよろしくやってるのを初めて見たのはいつだったか。
それを知って啜り泣くハチ公を見たのはいつだったか。
覚えているのは泣き終えたハチ公が俺を捉え辛いはずなのにニコリと笑った顔がとても綺麗で目が離せなかった。

それから、ただなんとなく放課後一緒にいるようになって、窓から見える二人の姿を目で追うと隣でそれを見ていたハチ公と視線がぶつかって、そっと頬に触れれば口元を吊り上げて笑うもんだから感傷に浸ってるよりはマシだろうと思い本能のまま唇を重ね合わせた。

「何考えてるの?」
「昔の事をちょっとな」

ふぅん、と面白くなさそうにするハチ公にもう一度キスをする。
舌を絡め、シャツの裾をめくって手を侵入させ背中を撫でるとビクンと反応を見せる。

「マルコ…待って…」
「これ以上はしねェよい」

放課後、毎日のように一緒にいると普段見ることの出来ないハチ公が見れるようになり、忘れる事の出来なかった記憶が徐々に薄れ始めた。
いつしか互いに、少なくとも俺はハチ公に惹かれていった。

この気持ちは伝えなくていい、とそう思っていた。
このスリルある状況にも満足していたし、ハチ公が何も言わずにいるなら俺も何も言うことはない。
だが、もしハチ公が限界を感じているなら俺は…。

「なんかあったのかよい」
「…どうして?」
「泣いただろい。跡ついてる」

微かに残る涙の跡を親指で擦る。
ばれたか、とでも言うように眉を下げて笑うハチ公。

「何があった」
「ふふっ、マルコには敵わないわね」

腰に回していた手を離そうとするとハチ公はそのまま聞いて、と俺の肩に顔を埋めた。

「もう、大丈夫だと思ってたんだけどさ。やっぱダメっぽい。職員室出た時たまたま手を繋ごうとしてるところ見ちゃって声かけたらさ、すっごい二人して慌ててるの」

笑っちゃうよね。と震える声で言われても笑えねェっての。

「ハチ公、」

この気持ちは伝えなくていい、そう思っていたんだがねェ。

「明日、放課後までに彼女と別れるよい」
「え…っ?」
「ハチ公にその気があるなら、あいつと別れてここに来いよい」
「随分狡い言い方するのね」

自分でも狡い言い回しだとは思うが、どうも抑えが気がなくなってきた。
本当は今すぐにでも奪い去ってしまいたいくらいだがそういうわけにもいかないんでな。

「それはハチ公も同じだろい?」
「本当、狡い人ね」

漸くハチ公がいつものように笑った。
それだけで全てが報われたような気がした。
そうやって人を見下すように笑ってる方がいいよい。と言えば、失礼しちゃうわ。と珍しく拗ねたように口を尖らせた。

次の日の放課後、空き教室に行けば窓の外を眺めているハチ公がいた。
声をかけ振り返ったハチ公は俺を見て大きく目を見開いた。

「どうしたの…?」

ゆっくりと手を伸ばした先は真っ赤に腫れ上がった俺の頬。

「引っ叩かれたよい」
「どうして?」
「さァな。浮気してんだろいって言ったら俺が構ってねェから悪いだのなんだのって。全く自分勝手な奴だよい」

だるそうに小さく息を吐けば心配そうに俺の顔を覗き込むハチ公。

「でも、ちゃんと別れたよい。ハチ公はどうなんだ?」

頬に触れてる手を掴んで、コツン、と額を合わせる。

「…別れたわよ」
「ははっ、だろうな」

ハチ公の腰に手を回しグッと引き寄せて触れるだけのキスをする。
視線がぶつかればハチ公は自分の頬を指差して、痛い?と心配された。

「こんなの大したことねェよい」
「でも凄い真っ赤よ?」
「ハチ公に泣かれる方がよっぽど痛ェよい」

秘密の関係も今日で終わり。
これからは彼女の笑顔が隣にある。
そう思えばこれくらいなんてことねェ。

「好きだよい」

照れ臭そうに笑うハチ公に、ありったけの想いを込めて。


放課後の愛人
「私も好きよ」




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -