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 美容師なオニーサン 2

ドキドキと音を鳴らしながら美容院までの道のりを歩く。
昨日、いつでも来ていいって言ってたからお昼過ぎに家を出たが…本当にいいのだろうか。
友達は予約が取れない、なんて言ってたしただの口約束だし、それに昨日会ったばかりなのにこんなの図々しいかな。

ぐるぐるとそんな不安を巡らせているとあっという間にお店に到着。
看板にはMOBY DICKの文字が。
カランカランと音を鳴らしドアをあける。

「いらっしゃいませー」

出迎えてくれたのはやる気のなさそうな金髪の…パイナップルヘアーの人。

「あ、あの…予約とかしてないんですけど、その、イゾウさんに…」

イゾウさん、という言葉を聞くとパインさんはピクリと眉を動かした。

「うちはそういう店じゃないんだが…」
「や、あの、そうじゃなくて…」

どう説明すればいいのかわからずあたふたしていると奥の方から名前を呼ばれた。

「ハチ公!」

たまたま手が空いたのか小走りで駆け寄ってくる姿を可愛いと思ってしまった。
しかも名前…!呼び捨て!

「マルコ、今朝話したお客さんだ」
「あぁ、よい。お前狙いの客が多すぎるんだよい」

悪かったよい、と謝られたが、多分イゾウさんと話したいがために来る人も少なくないんだろう。
大丈夫です。と言ってレジで荷物を預かってもらいすぐに案内してもらった。
待ってる女の子たちの視線が痛い…

「迷わずにこれたか?」
「は、はい。大丈夫でしたよ」

シャンプー台に案内され髪を洗ってもらう。
美容院とはいえ男の人に髪を洗ってもらうのは緊張する。
いつも行ってるところでは女の人が担当だから余計に。

「髪流すぞ」
「あ、はい…」

美容院でのシャンプーは本当に気持ちがいい。
適温で流れるシャワーも髪を洗う美容師さんの手も心地いい。

「本当、綺麗な髪してるな」
「髪だけは…手入れしてたんで」

ふと過る今までの過去。
もう思い出にすらならない恋。
あぁ、切なすぎる自分。
ズキズキと痛む胸はどうしたらいいのか年を重ねる毎にわからなくなる。

「…何か悩み事でもあるのか?」
「え?なん、で…」
「なんとなくさ。昨日から、そう思ってた」

はい、終わり。と言って顔に乗せてある紙を取り、倒していた椅子を元の位置に戻す。

「どうぞ、こちらです」
「あ、はい」

イゾウさんの後ろをついて行き、大きな鏡の前に座る。
テキパキと髪を切る準備をするイゾウさんを鏡ごしに追いかける。

「さて、どれくらいにしようか」
「えと…もうばっさり短く切っちゃって下さい」
「長さにこだわりは?」
「任せます」

分かった、とイゾウさんはハサミを手にし本当にばっさりと切っていった。

髪の毛と一緒に私の中のモヤモヤも落ちてくれればいいのに。
わからないようについた溜め息はイゾウさんには分かったようで、どうした?と声をかけられた。

「無理に話さなくてもいいが、話したら楽になる事もあるぞ」

ふわりと笑いながらそう言ってくれるイゾウさんに、私はこの人にならいいかな、と思いポツリポツリと口を開く。

「彼氏がいたんです」
「うん」
「毎日、好きだよって。俺にはお前だけだって」
「うん」
「でも…浮気、してたんですよね。そんな事言ってたのに」

浮気が分かる前の日だって、その当日仕事に行く前だって。
なのに、笑えるよね。

「昨日、二年目の記念日だったんです。仕事だから夜しか会えないって言われて」

それでも、少しでも会えるなら良かった。
彼も少しでも会いたいから早く帰るなって言ってたのに。
あまりにも遅いから家に行ったんだ。
チャイムを鳴らすと彼が出てきた。
遅いから来ちゃった、と言えば慌てだした彼。
玄関を見れば見慣れない女の靴。
誰ぇー?なんて甘い声で、置いていた私のシャツを身に付けた女が目を擦りながら出てくるから頭が真っ白になった。

「馬鹿みたいですよね。…だから、合鍵投げつけてシネ!って言って帰ったんです」

イゾウさんは何を言うまでもなく、うん、うんと私の話を聞いてくれた。

それで、イゾウさんに会った。そう言うとイゾウさんは頑張ったな。と言ってくれた。
その瞬間、何かが崩れたように涙がポロポロと零れてきた。

「わ、こんなとこで泣くとか恥ずかしい…」

涙を手で拭っているとイゾウさんがわざわざタオルを持ってきてくれた。

「ありがとうございま「イゾウが女の子泣かしてるー!」

お礼を言おうとした時、リーゼントの人がゲラゲラと笑いながら近づいてきた。

「黙りなサッチ。そのリーゼント切り刻まれたくなかったらな」
「ちょ、すまん。俺が悪かったからそのハサミ退けてくんね?」

手にしていたハサミをリーゼントさんのリーゼントの前で止めると、慌てて謝る。
言っちゃ悪いがなんだかチャラそうな人だな。
でもこの人のおかげで流れていた涙はピタリと止まった。

「ったく。仕事しな」
「俺ッチ今から休憩ー!」

そう言って鼻歌を歌いながらスタッフルームへと向かっていった。
一体なんだったんだ、あの人は。
嵐のような人だな。

「悪かったな、あの馬鹿が」
「いえ、おかげで涙止まりましたよ」

クスクスと笑いが零れる。
イゾウさんも小さく息を吐いたがフッと目を細めて笑った。

「…よし、出来た」
「わぁ…短ーい!」

切り終わった髪は肩につかないくらいまで短くなり毛先はクルンと内側に巻かれ所謂ボブスタイルだ。

「うん、可愛い」
「あ、ありがとう、ございます…」

直球で可愛いなんて言われ慣れてなくて思わず俯いてしまった。
可愛い、の部分が頭の中で何度も何度も繰り返されて胸の奥がきゅうっと締め付けられた。

軽くセットしてもらいお会計をするためにレジへ向かう。

「はい、鞄」
「ありがとうございます。おいくらですか?」

鞄を受け取り財布を取り出そうとした時、イゾウさんがグッと顔を近づけてきた。

「今日は俺が来いって言ったからお代はいい。そのかわり今晩空いてるか?」
「へ?!今晩は空いてますけど…お金払いますよ?」
「晩飯付き合いな。それでチャラって事で」

他の奴には内緒な。と口に人差し指を当てた。
その仕草につい見惚れてしまって慌てて首を縦に振る。

終わったら連絡する。と連絡先を書いたメモを受け取る。
携帯を取り出しワンコールだけ鳴らし、お礼を言って店を出た。
髪を切ったからなのか、足取りは軽くなっていた。

ぶらぶらと店を回りながら夜までの時間を潰す。
昨日の落ち込んでいた自分が嘘のように前向きになれている気がするのはイゾウさんのおかげかもしれない。

「ありがとう」

口から出た言葉は風と共にふわふわと消えていった。


美容師なオニーサン
夜になるにつれてソワソワと時計を気にし出す私。
どんなに楽しみにしてるんだ。と思わず笑ってしまった。





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