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 美容師なオニーサン

彼氏にフられた。
いや、正確にはフッてやった。
今日は付き合って二年目の記念日だというのに他の女とヤっていた。
昨日まで好きだのなんだのと糖分120%の甘い言葉を吐いていたくせに、呆れてものも言えない。
とりあえず一発食らわして、シネとだけ吐き捨て合鍵を投げつけて帰ってきた。

仕事だから夜しか無理だ。なんて言ってたくせに、お前の仕事は女とヤることかよ。
そんな男と付き合ってたなんて人生の汚点だ。

晴れていたはずの夜空は雲がかかって雨まで降り出してしまう始末。
まるで私の心を表しているみたいで笑けてくる。

「…くしゅっ!」

ちょっと外にいすぎて冷えてかな。
早く帰ってお風呂入ろう。

足早に家に帰ると、アパートの階段のところに誰かが座っていた。
しかもびしょ濡れ…。
普段の私なら無視するところだけど、今日はどうかしてる。
俯いて携帯をいじっている男の人に声をかけた。

「こんなところでなにしてるんですか」

ジロリと見てくる男の人の目に少したじろぐ。

「このアパートのやつか?」
「そうですけど」
「悪いな、道塞いじまって」

怖い人かと思ったが意外に良い人そうな事に驚いた。
ゆっくりと立ち上がってどうぞ、と道を譲ってくれた。

こんなびしょ濡れの人を一人で放っておくのも少し良心が痛む。
でも知らない男の人に絡めるほど心の傷は浅くない。

なかなかその場から動こうとしない私を不思議に思ったのか首を傾げながらジッとこちらを見てくる。

「あの…良かったら家、上がって行きます?」
「え?」
「いや、変な意味じゃなくて!そのままだと風邪引くし!」

自分のした発言に恥ずかしくなり、慌てて訂正すると男の人はクツクツと肩を震わせながら笑った。

「丁度寒くて死にそうだったんだ。お前さんがいいなら上がらせてくれ」
「は、はい…どうぞ…」

男の人を家まで案内して鍵を開ける。
玄関で少し待っててもらいタオルと服を用意してそのままお風呂場まで行ってもらった。

「お前さんが先に入りな。俺ァ大丈夫だから」
「私がいいって言ってるんです。先に入ってください」

無理矢理脱衣所に押し込んでお風呂に入ったのを確認してから、ぐちょぐちょになった服を脱ぎ捨てて洗濯機の中へ放り込んだ。
軽くタオルで水気を拭き取り部屋着に着替えてお風呂から上がるのを待つ事にした。

なんか疲れたな。
あんな男のとは思わなかった。
あいつが唯一褒めてくれたこの髪も邪魔なものになっちゃったな。
あいつが褒めたから手入れもしてたしここまで伸ばしたのに。
あ、なんか無性に髪切りたくなってきた。

別れた男を思い出させるものは全て排除したくて徐にハサミを手にした。
新聞あったっけ?と部屋をうろうろしていると何してんだ?と声をかけらた。

「あ、いや、髪切ろうと思って」
「こんな時間にか?」
「癖なんです。むしゃくしゃすると髪切りたくなるの」

これは学生時代からの癖。
いつもは前髪だけなんだけど、今回はバッサリいきたい気分だ。

「へェ…ま、先に風呂入って来な。風邪引くぞ」
「そうですね」

男の人に促されお風呂場へ向かった。

なんか最近ついてないなー。
仕事もミスばっかりだし。

溜め息をつくと幸せが逃げるというけど、つかずにはいられないほどマイナスが無限ループしている。
浮気されても仕方ないかと思うほどに嫌なことが重なってしまっていてどう足掻こうが抜け出せる気がしない。

考えても仕方ないのでさっさとシャワーを浴びてリビングへと急ぐ。

「上がったか?」
「はい。あ、コーヒー入れますね」
「悪いな」

二人分のコーヒーを用意し、一つを男の人に渡す。

「どうぞ」
「ありがとう」

…今更だけど、会話が続かない。
この二年間会社以外で男の人と話す事なんでなかったし何話していいのかすらわからない。
コーヒーを飲みながらそんなことを考えていると男の人が口を開く。

「そういやお前さん名前は?」
「ハチ公です」
「俺はイゾウ。ところでハチ公、本当に髪切りたいのか?」

男の人改めイゾウさんは、綺麗な髪してるのに。と惜しいような顔をしながらそう言った。

「もともと短かったんです。でも彼氏…じゃない。違う。元彼。あいつが褒めてくれたから」

だから、なかなか伸ばせないでいた髪を胸の下まで伸ばした。
綺麗な髪してるな。俺好きだわー。なんて言いながらいつも髪を撫でてくれたから。

過去の事を思い出してしまって目頭が熱くなる。
私も年をとったのか。
昔はこんな事で泣きそうになんてならなかったのに。

「俺が切ってやろうか?」
「へ?」
「一応美容師なんでな。あのハサミで切るなんざ綺麗な髪してるのに痛んじまうぞ」

ふわりと笑った顔に少しドキッとした。

「えっと、じゃあ…お願いします」
「MOBY DICKって店知ってるか?」

MOBY DICKって確か友達がよく行くカフェの近くに出来たって言ってた店の事、だよね?
こじんまりとしたお洒落な店でイケメン揃いだっていう。

「まぁ…多分わかります」
「明日、時間がある時にそこに来な。俺が切ってやるから」
「わかりました」

明日は丁度仕事は休みだ。
手帳を取り出しMOBY DICKと書き込んで今日の予定を全部塗りつぶした。
髪を切れば少しはスッキリするかもしれない。
明日は美容師だというイゾウさんに全て任せよう。

パタン、と手帳を閉じると同時にイゾウさんの携帯が鳴りだした。
思いっきり顔をしかめて画面を見ているがなかなか出ようとしない。

「あの、出ないんですか?」
「…ムカつくから出たくねェが…仕方ねェよな」

盛大に溜め息をついて電話に出るとテンションの高い陽気な声が私まで聞こえてきた。

「…うるせェ。お前さんは何時間俺を待たすんだ?」

急に声色が変わって私までビビッてしまった。
多分言われてる人はもっとビビってるんだろうな。
その証拠に聞こえてた声が聞こえなくなった。

「あ?ふざけんなよ。知らねェよ、んな事。…で、今どこにいるんだ。…あぁ、そこで待ってな。すぐ行く」

電話を終えるなり再び溜め息をつくイゾウさん。
怒らせたら物凄く怖いんだろうな。

「連れが来たから帰るな。風呂と服、ありがとう」
「いえ、そんな、全然!」

イゾウさんを見送りに玄関まで一緒に向かう。
どうかしてる私は、もう少し一緒に居たかったな、なんて一瞬考えてしまって掻き消すように頭を振った。

「じゃ、また明日な。待ってるから」
「はい。また明日」

ドアがバタンと音を立てて閉まった。
戸締りをしっかりしてから洗濯機を回してリビングへ戻った。

元彼に禁酒禁煙を言い渡されていたが今日から解禁だ。
隠してあった煙草とビールを取り出して久しぶりにそれらを味わう。
あーこれこれ。うまい。

明日の事を考えるとさらに美味しく感じる。

「イゾウさん…かぁ」

ぽつりとあの人の名前を呼べば自然と緩む頬。
声をかけて良かった。
そうじゃなきゃ今頃泣き寝入りしてたかもしれない。
少し気分が良くなっている私はそのまま二本目のビールを取りにキッチンへ向かった。


美容師なオニーサン
「髪の毛切ったら買い物でもしようかな」

もう私は明日の事で頭がいっぱい。





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