▼ 愛情の裏返し
「だから、好きだっていってんの」
唐突に言われたその発言に、俺の思考は停止した。
こいつ、ハチ公とは付き合いは長いが、その類のものなどなに一つ感じられなかったし、寧ろ常に突っかかってきて口論になっていたくらいだ。
そんな関係だったにも関わらず突然の告白。
俺の聞き間違いか、と思ったて聞き返せば、冒頭の言葉が返ってきた。
「まじ?」
「あたしが嘘つきにでもみえんの?」
なんでこう、突っかかってくるような言い方しか出来ないのか。
信じてないわけじゃないが、信じきれない、というのも一理ある。
だって言い方が言い方だ、仮にも告白っつーのはもっと恥じらいやら緊張感やらあっても良いはずなのに、ハチ公の言い方はその類のものがまるで無い。
「いや、だってお前、いつも俺に喧嘩吹っかけてくんじゃねェか」
「だってイライラするんだもん」
イライラする相手に告白するってどうなんだ。
疑問しか浮かんで来ない頭をどうにかして働かせてみても、結論的に好きだ、という事には繋がらない。
俺をからかってんのか、とすら疑いたくなるくらいに。
「で?」
「は?」
返事は?と、それは淡々とした様で言うもんだから、間抜けな面で、間抜けな返事しか出来なかった。
「だから!あたしが好きって言ったんだからイエスかノーかくらいさっさと言え!ばか!」
「んな急に言われてもわかんねェよ!」
それに何で喧嘩腰なのかもわかんねェ。
何故キレる。これは夢か。
とりあえず一旦落ち着け俺。
いや、落ち着いてはいるが、目の前にいるツンツンした女の内が読めなさすぎてため息が漏れる。
「あたしの事、嫌い、か?」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、今度は俯きながら、今まで見た事も聞いた事もないくらい弱々しい声で訪ねてきた。
「え、いや、嫌い、ではねェけど、」
「じゃあ、好き?」
ハチ公は俺の服の裾を掴み、頬は真っ赤に染まっていて、俺の姿を映して逸らさないその目は熱で潤んでいた。
え、なに、この可愛い生き物は。
その姿は、さっきのツンツンした女ではなく、その辺に居そうな普通の女の子だった。
「ちょっと待て!俺のどこが好きなの?さっきイライラするっつったじゃねェか」
好きなのかという質問に対してスルーしたのは、俺の気持ちが分からないから。
それに可愛いと思ってしまったハチ公に、このまま喋らせ続けたらどういう反応を示すのか興味がある。
「それは…」
吃りながらも口を開いたかと思えば、その続きの言葉がなかなか出てこない。
急に緊張が走る。早く聞きたいと急かす自分がいなくもないが、ここは大人しく待つしか無いのが少しばかりもどかしく感じる。
「サッチが…羨ましかった、んだもん」
「…?」
「いつも、皆の輪にいるサッチが羨ましかった、」
あー…あれか、自分に無いものを持つ他人への嫉妬心ってやつか。
でもそれならエースの方が中心になってんじゃね?
そんな事を思っていると再びハチ公が口を開く。
「それに!サッチは、忘れてるだろうけど…あたしは今のままでも充分だって…」
俺は好きだって言った、と話すハチ公は恥ずかしさのあまり今にも泣きそうな顔をして、俺の服の裾を掴んで離さない手は少し震えていた。
「嬉しかった」
俺は覚えている限りの記憶を頭の中で思い返す。
どういった経緯で宴になったのか覚えてねェが、ハチ公がキツイ性格してっから周りと馴染めなかったんだっけか。
そういえばそんな事言ったような気もする、と曖昧に思い出す。
いじらしいじゃねェの、結構前よ、この話。
「…なんか言え、バカサッチ」
「可愛いな、お前」
予想外の言葉が返ってきたのか、ハチ公は目を真ん丸く見開き、慌てて否定するもその表情はどこか嬉しそうな顔をしていた。
そうか、こいつ、アレだな。ツンデレってやつか?
「なっ!ばっ!あたしのどこが?!」
「どこって言われてもなぁ」
素直に可愛いな、と思った。
口悪ぃし喧嘩腰だし普段は可愛いなんて要素微量もねェけど、考えるよりも直感的にそう思った。
黙ってりゃこいつもいい女だし、な。
「健気に俺の事を思う姿とか?可愛いじゃねェの」
いつもの口調でからかう。
煩い心臓を誤魔化すように。
「なっ?!」
裾を掴んでいた手が離れ、俺は瞬間的にその手を掴む。
ハチ公は一瞬驚いたように体を震わせ、俺を睨みつける。
真っ赤にした顔で睨まれても何とも思わねェし、からかいたい衝動が増すばかり。
どうしたら取り乱すのかとか、どうすればその赤い顔がさらに赤くなるのかとか、考えてしまうのは、好きに繋げてもいいだろうか。
「ばかばかばか!!ばかさっち!変な事言うな!」
「好きなんだろ?俺の事」
手の甲にキスをすれば、なっ!とかうっ!とか言ってるけど、それが可笑しくて笑っちまいそうになる。
「うっさい!は、離せ!ばか!フランスパン!」
「フランスパンゆうな!誰が離すか!」
ペースは掴んだ。さて、どうするか。
この減らず口を無理矢理黙らせるのもいいが、それはこれからの楽しみに取っておくとして、今はまだこの状況を楽しみてェ。
掴んだ手を引き寄せ、頬に軽くキスをすると、予想通りの反応で思わず笑ってしまった。
「ブフッ!おまっ顔赤過ぎんだろ!!」
「うううううっさい!なにすんだ!ヘンタイ!」
一通り笑い倒してハチ公を見やる。
ハチ公も空気の変化に気付いたのか大人しくなった。
「な、なに、よ」
「俺も好きだぜ」
そのツンデレなとことかとりあえずぎゅっと抱き締めると、うるさい、と小さく呟いて背中に腕を回してくれた。