この気持ちに名前をつけるなら
外見は普通だけど、一年の頃から成績優秀、スポーツ万能、先生や周りの生徒からの信頼も厚い所謂優等生な私、ついたあだ名は何故か委員長。
委員長でも何でもないのに。
二年になってもそれは変わらなかった。
あらゆるテストだって全て一番だった、のに三年になった今ではいつも二番。
「また負けた…」
デカデカと掲示されている期末のテスト順位。
私の右側には無名だった奴の名前が堂々と書かれていた。
「残念だったな、委員長」
声をかけられ振り返ると(悔しいけど私より)成績優秀、スポーツ万能、それに加えてやっぱり悔しいけど顔も良いイゾウがにやにやとしながら立っていた。
「出たわね」
「人を化け物みてぇに扱うな」
「同じようなものでしょ。しれっと現れたくせに」
「悪いな。頭良くて」
嫌味にしか聞こえないそれはズコーンと私の頭に衝撃を与えた。
こいつ、私が馬鹿だって言いたいのかしら。
あんたさえいなければ私が学年のトップなんだから、と声を大にして言ってやりたいところだが私は口でもこの男に勝った試しが無い。
それはきっと私だけではないだろう。
「まァそんなに落ち込むな。次頑張れよ」
「あんたに言われたくないわよ!」
ツンと口を尖らせるとわしゃわしゃと頭を撫でながら心底楽しそうに笑う。
そういえば、なんでこんなに話すようになったんだっけ。
どこがツボに入ったのか未だに笑っているのを眺めながら思い返していた。
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『ってことでよろしくな!委員長』
『いや、私委員長じゃ…』
『後で職員室に持って来てくれよー』
自分がしたくないことを適当に理由をつけて人に押し付けやがって。
それに私はあだ名が委員長なだけで本当の委員長は別にいるっつーの。
ぶつけようの無い怒りを抑えながら目当ての人物を探す。
確か先生は屋上当たりに居るっていってたっけ。
なんで私がわざわざ不良の集まっている屋上なんかに出向かなきゃいけないのよ。
ズカズカと階段を登り勢い良く屋上のドアを開けると数人の不良の視線が一斉にこちらに向く。
『あ、のっ!イゾウくん!』
『イゾウ、呼んでるよい』
『イゾウばっかり女のコのお客さんかよー!』
変な頭にリーゼントに黒髪が二人ってなんなのよこいつら。
その奥からゆっくり立ち上がる一人の黒髪の男。
こいつがイゾウ?
イゾウと思われる男がゆっくりとした足取りで近づいてくる。
怖い。けどそんなこと言ってらんない。
早く用事を済ませて家に帰って勉強したい私は強張った体を無理に動かし口を開く。
『あ、あの!す、数学のノート...提出なんですけど!』
『あぁ、ちょっと待ってな』
そう言って踵を返し、戻っていった。
な、なんか普通...?
もっと、こう、ノート?あるわけねぇだろ。みたいな感じだと思ってたけど拍子抜けだ。
『ほら、ノート』
『あ、あり、がと』
差し出されたノートを取ろうと手を伸ばすとひょいと上に上げられた。
顔を見ると意地悪な顔で笑うイゾウが目に映る。
『タダじゃやれねェなァ』
な、なんなの?
ぽかんと呆気に取られていると後ろからおーいと呼ぶ声がする。
イゾウははぁ、と小さくため息をついて私の手首を掴んで、引っ張られる私は後を付いて行くしかなかった。
『エースに食べられちまうよい』
『だってイゾウ戻ってこねェし』
やいやいと私の目の前を言葉が行き交う。
そんなことより私はどうしたらいいのよ。
腕も掴まれたままだし逃げることも出来ないし、ノートをぶん取る事も出来ない。
なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ。
どうしていいかわからない私に気付いたのはリーゼントだった。
『イゾウちゃんいい加減座れば?その子も暇でしょ?』
リーゼントに即されて腰を下ろす。
掴まれている私も自然とその隣に腰を下ろした。
その前に腕を放してください。なんて私にはとてもじゃないけど言えない。
『で、用ってなんだ?コクハクか?』
この状況を見てどうしてそんな解釈になるのか。
告白?私が?誰に?!
このそばかす君はなにを言ってんだ。
『いや、提出物を取りに』
『なーんだ。イゾウに用事っつったらコクハクかいちゃもんかのどっちかだもんな!』
へへへと無邪気になんて恐ろしいことを言うのかしら。
私は、へぇ、と苦笑いしか出来なかった。
でもモテるのね、この人。
ちらりと横目で顔を見れば、なかなか綺麗な顔してるじゃない。
睫も長いし、鼻筋もシュッとしてて下手したらそこらへんの女よりも綺麗なんじゃないかしら。
ちら見をしていたつもりが見入ってしまっていたのか、こちらに視線を向けたイゾウと目があった。
『俺のことそんなに見て惚れでもしたのか?』
『は?!そんなわけないでしょ?!』
慌てて否定してはまさにそうです。と言っているようなものかもしれないが、まず会って数分の相手にこの私が惚れるわけない。
しかし、否定したにも関わらずこの不良どもはないことばっかり。
『なに、危ねェ恋がお好み?』
『イゾウに惚れたら火傷じゃすまねェよい』
『ははっ!違いねェな!なァイゾウ!』
『バカ言ってんじゃねェよ。俺ァ惚れた女なら大事にするさ』
そんなこと聞いてません。
そんな私の気持ちも届かずこの前の女がどうとかあいつの女がどうとか所謂男の恋話?的な話を続ける。
『委員長』
ぼけっと聞き流していると不意に私を呼ぶ声が聞こえた。
『え?』
『委員長の好きなタイプは?』
興味深々といった風な眼差しを四方八方から感じる。
いや、そんなことよりも気になることがあるんですけど。
『委員長って...私のこと知ってるの?』
『知らねェ奴いるのかよい』
『学年トップの委員長だろ?』
そんなことではなくて私が聞きたいのはそのあだ名のことなんだけど...
もうなんでもいいや。
きっとそれは意味の無いものだと思うから。
『で?好きなタイプは?』
『…私は頭の良い人が好きです』
常識的な意味で。
ただ、これはあくまでも理想なわけで、実際小さい頃から勉強ばかりしていた私は友達はおろか恋だのなんだのと全く興味がない。
男の人を好きだと感じた事もない。
そう伝えると、私へ向ける視線は徐々に哀れみへと変化していった。
『な、なによ』
『お前可哀想な奴だな』
『委員長は友達もいねェのかよい』
『俺らが友達になってやるよ!』
は…?何を言い出すのかしらこのリーゼントは。
一気に4人も友達増えたぞー!なんて無邪気に言うものだから断るに断れないじゃない。
『安心しな。こいつら見た目は変だがお前さんが思うような不良ではねェさ』
もしかしたら私は少し勘違いをしていたのかもしれない。
この人の言うとおりここに居る人たちはそんなに悪い人たちじゃないのかも。
『じゃあ、今日からよろしくお願いします』
深々と頭を下げるとおうおうと皆が頷いてくれた。
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それからノートをしっかり預かって先生に届けたんだっけか。
友達になってから毎日一緒にいてもらった、っていうより教室に居れば何処からとも無く呼ばれるし、そのおかげで学校も楽しくなった。
でも、イゾウに初めて委員長って呼ばれた時から心臓が痛い。
これは一体なんなのかしら。
「委員長?」
「な、なによッ」
不思議そうに顔を覗き込まれ思わず後ずさりする。
顔が近いわよっ
ドクンドクンと脈を打つこの心臓は何でなのよ。
「ククッ、顔が真っ赤だがどうした?」
イゾウに言われ頬を触るとじんわりと熱が伝わってきた。
「な、なによ、これ…わからないわよ」
「ほう、じゃァ俺が教えてやろうか?」
ニヤリと笑うイゾウの顔が近づいてきて耳元でポソリ。
「好きだ、なまえ。お前さんもそうだろ?」
勝ち誇ったような顔でそう言うからかあながち間違いではないからか、私は首を縦に振る事しか出来なかった。
この気持ちに名前を付けるなら
それはきっと、私より頭の良いこいつに恋をしているから。