不透明な行為と身勝手な言葉






 翌日の早朝。血相を変えて部屋に飛び込んできたのはアビだった。理由を聞いても相当慌てているのか全く会話が通じていないようだったのでひとまずアビについて行った。すると
「……は?」
 あらゆるものが徹底的に綺麗にされ、しかも他の使用人の手が伸びず片付けられなかったあらゆる物品の数々までもが磨かれ、綺麗に飾られていた。
「…………」
 新米使用人アビが驚くのも当然である。これをやったのが誰だかすぐに分かったから。
「あいつか――フウロ」
 少なくとも夜に話した時はこの家は眩しいほど掃除はされていなかったはずだ。よく周りを見てみると、テオボルト達も呆然と屋敷の光景を見つめている。確かに来て一日目のメイドにここまで仕事をされると、面目が潰れてしまうというものだ。
「……んで、肝心のあいつはどこだ」
「さあ……厨房にいるんじゃないでしょうか」
「行ってみるか」
そして普段あまり近寄らない厨房に行ってみると、そこまで完璧に掃除がしてあった。かなり時間がかかったはずだろう。いつやったのだろう。
「おい、フウロ」
 アビの言う通り厨房にいたフウロは、大きなキャベツを持ったままこちらを向いた。ポカンとしたわざとらしい表情を浮かべていた。
「なんですか、旦那様」
「いや……お前昨日……寝たのか?」
 掃除の件を聞く前に、まず気になったことを尋ねてみた。
「え? どうかしたんですか?」
「質問を質問で返すな」
 このまま質問を返せば受け流されそうなので、とりあえず的確にツッコミを入れた。カナスは腕を組み、怪訝そうな顔でフウロを見つめる。
「昨日結構夜遅くまで話したよな。お前、その後ここまで掃除したのか?」
「それが何か?」
「……屋敷中をだよな」
「はい」
「…………」
 フウロはキャベツをまな板に置くと、カナスの方を見て
「昨日旦那様がお休みになられた後無性に『掃除がしたいなあ』と思って、おもむろにホウキと雑巾と洗剤とワックス両手にずっと掃除してたらまあ楽しくって」
 理由を説明するのだが
「それ両手に持てる量じゃありませんよね……」
「それ以前に何で夜中に掃除がしたくなるんだよ」
 相変わらずとぼけたとぼけた態度取ったため、呆れ半分にしっかり切り返さなければならなかった。
「……もう一回聴くけどな、お前、ちゃんと寝たのか」
 また受け流されそうな気がしたから、答えるまで聞いてみようと覚悟したら
「寝てません」
 あっさり答えた。しかも返答は「寝ていない」だった。困ったものである。
「……寝ずに掃除するか、普通」
 このメイドは一体何をしたいのだろう。さっぱりわからない。
「大丈夫なのか、お前は」
「旦那様に言われたくないですよお。昨日の様子を見る限り完全徹夜略して完徹なんて余裕見たいですし、旦那様がそんなことやるのにやらないわけありませんよ、使用人が」
「俺はそういうの嫌いなんだって……」
 善意の反抗心むき出しのフウロである。
「大体、食事の準備は基本シェフがやらないと……」
「いえ、昨日ちゃっかり大富豪で負けて料理当番代わっているんですよ」
「いつの間に大富豪……。ていうか代わるな……」
「貴族の家に来て大富豪……なんか縁を感じる……次は大貧民やろう」
「その前に最初に大富豪でシフト交代言い出した奴連れてこい……」
「私ですけど?」
「お前なあ……」
「カナス様……フウロさんもそうですけど乗った人もどうかと思うんですけど……」
「…………」
 言葉を失うカナス。
「まあともかく旦那様、あまりここで油売ってると私が仕事できません。ご退散をお願いします」
「出でいけと?」
「そうともいいます」
 生意気、自由人、上から目線。どう見ても使用人向きじゃない性格をしているのは、もうすでに分かっている事だが。何でよりにもよりにもよって手違いが起こってこのメイドが派遣されたのかそれが無性に腹が立つ。大体ちょっと見た限りかなり優秀な人物なのだから、もっとほかの仕事もあった――というより有名な学校にでも通ってその名を広めた方がいいはずなのに、なんで使用人という職務を選んだのだろう。もともと他国の人間だからと言って、それが将来への道を阻む理由にはならないのに。
「……行くぞ、アビ」
「え、あ、ハイ!」
 使用人としていくつか理に叶ったポリシーを持っているようだが、それでも性格がそれに釣り合っていない。能力が釣り合っていない。彼女は何故、こんなところにいる。

 いつも通り食事を終え(美味しかった)いつも通り仕事を始める。その後しばらく、書類と向き合っていたが、テオボルトが「薬を飲み忘れている」と部屋に訪れてきたので、慌てて薬を飲んだ。一回飲み忘れると、発作の危険性が著しく高くなる。そうなったとき一体どれだけ大変か自分が良く分かっている筈なのに、どうしても薬の存在を忘れてしまう。どうかしているなと自分に呆れたところ、再び部屋にノック音が響いた。
「失礼します、旦那様」
 フウロだった。またかと思いながら「入れ」と言うと、ニヤニヤしながらフウロが入ってきた。
「なんだ、また」
「いえ。先程まで皿洗いに全気力略して全力を注いでおりましたところテオボルト様がお薬を持って慌ててこの部屋に向かうのをお見受けしましたので、昨日の話を思い出しまして」
「ああ。で?」
「旦那様のご病気と、それの対応策であろう定期薬を把握しておこうと思いまして。それだけです」
 まあ、カナスの持病が心臓病であることは知られたって何の問題もないのだから、それは別に構わないのだが
「フウロ、お前は先程からなんという口ぶりで……」
「テオボルト様。昨日一日旦那様の様子を見た限り旦那様は仕事に熱中しやすい方でいらっしゃることがわかりました。ご持病を持っていることも知りました。その為お薬を飲むのであれば、お薬は飲み忘れることのない様薬はお食事を終えた段階で旦那様に直接お渡ししなければならないのでは?」
「お前……」
「何度言っても治らないモノは、子供扱いしてでも治していくんですよ。そうでもしないとそのとばっちりが関係ない人へも飛び火してしまうのですから」
「…………」
 生意気に、案外正しい事を言うものだから、上司のテオボルトさえ言葉を失う。よくわからない奴だ。主人に生意気なら上司にも生意気に振舞うのだろうが、相手を閉口させるやりくりが思った以上の正攻法であるために、こっちはどう反応すればいいのやら。
「……あまり気にしないでくれテオボルト。薬を飲み忘れるなんて結局俺がいけないんだ。治さないといけないのは分かっているけど、忘れてしまっているのは間違いないんだし」
「しかし……」
「まあ旦那様ったらお優しい」
「事がややこしくなるからお前は黙ってろ」
「ちっ」
「舌打ちするんじゃない!」
 すさまじく腹立つ。
「とりあえずお薬見せてもらえませんか? 私はそれが目的ですし」
「わかったから、用事済ませたら出てってくれ」
「了解です」
 さりげなく酷い事を言ったつもりだったが、フウロはどうも気にしていないようだった。

 薬を飲み、フウロとテオボルトの退室後、仕事に専念し始めた。憂鬱なのはアーベンジ家に面会の打ち合わせを電話でしなければならないことだった。電話が嫌いだから憂鬱。憂鬱なのに嫌いな電話。嫌だなと思いつつ、面会を許可したのだからそこはきちんと行わなければならない。土壇場で取りやめるのは無責任な奴がする事だとカナスは考えていた。
 電話のダイヤルを回し、電話の受話器から呼び鈴が響く。しばらく待つと昨日のアーベンジ家の使用人と思わしき人物が電話に出た。
「これはホルスタイン家長男カナス様、ご用件は?」
「昨日承諾した面会の件で、予定を決めておきたい。それだけだ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 電話はしばらく無音に包まれる。カナスは溜め息を一つ付き、メモとペンをいじくっていた。するとまた電話から声がした。
「お待たせしました。主人は十三日から十八日までなら、いつでも構わないそうです」
 この使用人はなかなか仕事が速かった。余り待たずに話を持ってくる。カナスは少し感心したが、もとより電話が嫌いなので結局は迷惑だった、
「その間か……確か……ああ、十四日ならこっちも予定が空いている。午後二時からでどうだ」
「十四日の午後二時ですね、分かりました。再びで申し訳ありませんが、少々お待ちを」
 再び無音に包まれる。それにしてもアーベンジ家の主人は暇だな、五日間も余裕が開けられるとは。
「お待たせしました。ご了承を頂きました。十四日の午後二時、場所はそちらのお屋敷……でよろしかったですね」
「ああ。じゃあ頼んだ。面会の内容というのは、はやり予算案の件か?」
「それもありますが基本的には政治感の話し合いですかね。ただ会って話をしてみたいだけですから」
「そうか。じゃあそれで構わない。仕事が立て込んでいるから失礼する」
 電話をこちらから切り、カナスはまた溜め息をつき、予定を書いたメモを見つめた。いろいろと面倒だ、本当はこんなことしたくない。だけど貴族の長男として、父の代役としてやらなければならない。こうして見ると、自分は肩書きに振り回されている気がする。
「…………」
 だからこそ、志願兵となることを望んだ。自分の意思で生きたかった。生まれた時からあった肩書きではなく、自分が選んだ道で生きたかった。だけど周りの人間が、体が、それを許してはくれなかった。出来る事なら心臓をとって変えてしまいたい。だけどそれが出来ないから、今もこうして憂鬱な仕事に顔を合わせている。あらがうことができないことが、悔しい。
 ああ、もう当分電話は使いたくない。嫌いなものを何でずっと使い続けなくてはいけない。もういろいろと疲れたような、そんな気分だった。

 リドたちの勉強部屋に顔を出してみると、案の定遊んでいた。そこで大声を張り上げると、三人は驚いたようにこっちを見た。
「……いつから?」
「さっき」
「……勉強しなきゃ駄目?」
「当然だろ」
 リドは地団太を踏み嫌がり始める。大声で騒ぎ散らしていたが誰も来なかった。この騒ぎ方は勉強を嫌がる騒ぎ方だと、使用人は皆知っていたからだ。
「早く片付けて机に座れ。ほら、ニーナ」
「いやだいやだ! お勉強したくないよ!」
「しなきゃまた成績が下がるだろ。最近あまりやってなくて先生にだって怒られたじゃないか」
「いやなものは、い・や!」
「やらなきゃいけないことはやるんだ。早くしろ」
「やーだぁ!」
 ニーナは必死に抵抗していたが、腕を組んで見下ろすカナスに尻込みし、結局広げていた人形たちを片付け始めた。基本的には母親似のカナスだが、怒る時の表情は父親そっくりで、兄妹たちは密かに恐怖心を抱いていた。
「リド! また物を散らかすな!」
「物が片付かなかったら勉強しなくていいんだ!」
「何バカなこと言っているんだ。早く片付けろ。何でいつまでも子どもなんだ」
 兄たちが言い争いをしているうちに、黙々と物を片付けているのはスフォリアだった。やはり素直な子供であるようで、片付けろとカナスに言われれば片付ける。よく見ると彼女の机には勉強した形跡がある。どうも最初は勉強をちゃんとやっていたが、リドたちの誘いを断れなかったのだろう。末っ子であるせいか立場があまり強くないことはカナスも父も知っていたし、下手するとリドが殴りかかってくることを知っていた。だから、一緒に遊ばなくてはいけなかったのかもしれない。
「スフォリア! こんな奴の言うこと聞くのかよ!」
「お兄ちゃんにわかんなかったところ聞くんだもん。片付けないと、教えてくれないんだもん」
「なんだよいい子ぶりやがって! オレの言うこともちゃんと聞けよ! カナスの言うことなんか聞くなよ!」
「いけないのはリドお兄ちゃんの方だもん! お父さんに言いつけてやる!」
「なんだと!」
「二人ともいい加減にしろ!」
 そしてリドとスフォリアは凄まじく仲が悪かった。カナスと違って年が近いためか、お互いの嫌い方が本格的なのだ。異性だし、長男を慕っているのと嫌っているという点ででも意見が食い違う。ニーナはそんな様子を若干呆れながら見ていた。
「……あんまりこういうこと言いたくないけど、今はリド兄ちゃんが悪いよね」
「何でお前急に大人びた発言するんだよ」
 ニーナは二人に比べて少し性格が大人だった。というより、リドとスフォリアの喧嘩のシーンをずっと見ているせいか、パターンも熟知しており原因も分かり切っているのだろう。
「まあカナスお兄ちゃんはお話つまらないし言うこと聞きたくないのは分かるけど、それをスフォリアに当たるのは……」
「俺はお前の発言にさりげなく傷付いたけどな……」
 兄は両方とも慕わないのがニーナ・ホルスタイン。
「たく、いいから早く片せ。いつまでも始まらないじゃないか」
「カナスは黙ってろよ! お前の言うことなんか聞きたくない!」
「リド、お前なあ!」
 反感の意にも度が過ぎている。少なくとも成人が近い兄に対して言う台詞ではない。これが、エリザベスがリドに行った教育の末路だった。
「いつまでも状況に甘えているんじゃない! 周りの人間がお前のわがままを許してくれるのも今のうちだぞ。いつまでもこんなこと続けてたら、お前の周りに誰もいなくなるぞ」
「お小言なんか聞きたくねぇーよ!」
「リド!」
 リドの反論は反論ともつかないが、カナスの説教に全く耳を傾けていないことは確かだった。リドは今年で十歳になり、確かに反抗することは分かるが、実のところカナスが勉強とうるさいのはリドの学校での成績が酷く下がっているからだ。リドはいい加減な理由をつけて勉強をサボり、遊んでばかりいる。だからと言って外で楽しく駆け回っているのかと言うとそうではなく、未だにごっこ遊びを引きずっているし、最近出回り始めた漫画を読みふけるなど十歳にして自堕落な生活を送りつつあった。カナスも父もそれを危惧して勉強するように言うのだが、はやりやろうとしないのだ。
「リドお兄ちゃんのバカ! カナスお兄ちゃんにひどいことばっかり言うんだ!」
「スフォリアは俺の言うこと聞いてればいいんだよ! 黙ってろ!」
「お話が進まないよぉ」
「いつまでこんなことやってるんだ! いつまでも――」
「いつまでもこんなこと続けてると、喉潰れちゃいますよぉって」
「……え?」
 明らかに違う人間の声が交ったかと思い、部屋の奥に目線を向けるとぬいぐるみの顔を自分の顔に当てている人物――フウロがいた。
「お前っ……いつの間に……」
「庭園まで響いてましたよお喧嘩の声。庭師のバージさんの手伝いをしていたんですが、すっごい響くからびっくりしちゃいました。それでなんか気になったから部屋の近くまで来て、窓が開いていたからそこから入りました」
「窓からって……あの高い窓からか? 一体どんな身体能力だ」
 唖然としている三人を見て、フウロは笑いながら
「まあさながら勉強しろと旦那様に怒られて、それに反発しているうちにリド様とスフォリア様が喧嘩、そしてニーナ様が呆れながら見つめる……と。まあ中立の立場から言わせてもらっても全面的にリド様が悪いとは思いますけど」
 リドの非を認める発言をするのだった。
「な、なんだとぉ! メイドのくせして偉そうに!」
「お勉強しろと言われたのは皆さん、それに素直に従ったのがスフォリア様。滅茶苦茶な理由で暴れ回ったのはあなたですよ、リド様。自分が正しいとお思いですか、一体どんな思考回路してんだかー」
「フウロそれは言いすぎだろ……」
「なんだとなんだとなんだとぉ……」
 子ども相手の毒舌じゃなかったが、フウロの言葉は間違っていない。そんなことをして正しいと思うリドは、間違っているのだ。
「まずお部屋を片付けて下さい。まあこんなに散らかして……漫画まである。まあ面白いとは思いますけどねえ、やることもしないで何読んでいるんですか。没収っと。」
「あっ……」
「もう十歳でしょう、児童文学ぐらい読んで下さいな。それに遊ぶんだったら外に行ってください。だから昨日みたいにあっさり負けちゃうんですよ」
 フウロは床に広げられている漫画を拾うとエプロンドレスのポケットの中に無造作に入れた。途中リドがやめろよと叫んだが、フウロは聞く耳を持っていないらしかった。
「何でみんなオレの言うこと聞かないんだよお……お前なんか、クビにしてやる!」
「少なくともあなたの意思でそれを行うのは無理でしょう。だって、現在使用人の事は旦那様に決定権がありますから。あなたの意見がまったく効力がないともいえませんが、旦那様があなたのわがままのために使用人の権利に干渉するとは思えません」
 子ども相手に容赦のない指摘を行う。しかもいつものへらへらとした表情もなく、無表情で言い放っているのだ。昨日と様子の違うフウロに、リドたちはカナスに対する恐怖とは違う恐怖を抱く。
「怒ってもらえるうちはまだいいですよ。いつか見捨てられて、何も言われなくなった時が怖いんです。将来という期待というものも持たれず、愛情すらなくなり、ただ邪魔な存在になった時が……ね」
 カナスもその様子に違和感を抱いていた。昨日はあんなに楽しそうに遊んでいたのに、今は彼らに対して厳しい態度で接していた。飴と鞭という奴だろうか、それにしても昨日見た限りの性格とはまるで正反対だ。いい加減な印象から一変、ルールやモラルに厳しい面を見せた。
「まあとにかくやれって言われたことをやればいいんですよ。このくらいの勉強をしっかりやっておけば、結構力の差って言うのが出てきます。そうすれば、自分というものを誇れます。まだ考えればある程度は分かることなんですから、そう嫌がらずやって下さい」
「なんで……なんで!」
「性懲りないですね〜。さっき言ったようになりたいんですか、あなたは」
 厳しい目つきをしたフウロは、リドを見下ろす。ニーナは少し怯えて、スフォリアに関してはカナスの足にしがみついていた。昨日との態度の違いに驚いたに違いない。
「旦那様の言う事は大半が正しいんだから、大人しく従ってください。勉強なんて、三十分やるかやらないかで随分変わってくるんですから。旦那様だってそれを分かって仰っているんですよ」
 しかし、思い通りに行かないことで感情が昂ぶったリドは、カナスを指さし大声を上げた。必死な顔をしていた。
「なんで――なんでこいつに言うことなんか聞かなきゃいけないんだよ! お母さんを殺した奴なんかの言うことなんて!」
 フウロを除く皆の顔色が変わった。誰もあまり触れたくないことに、触れてしまったから。一瞬部屋が静まりかえり、皆目のやり場耳のやり場に困り切る。兄を嫌うニーナも、この話題にカナスはデリケートであることを知って、あまり触れないように気を遣っていた。そうした理由も、カナスが一度それで心臓の発作を起こしたことがあるからだった。
 だが、一方でフウロはしばらく驚いたような顔を見せると、すぐに切り替えた。すぐに切り替え――笑ったのである。そして言い放った言葉は
「ハッ! そんなガキの戯れ言に付き合う大人が居るかよ」
 だった。物凄く辛辣に受け流したのである。しかも最早敬語すら使っていなかった。このときカナスはまた別の意味で顔色が変わっていた。
「…………」
 どんな言葉も通じない。駄々をこねれば厳しく責められ、言ってはいけないことまで口に出してみれば、今度は彼女らしく「テキトー」に受け流される。怒鳴られることに慣れていたリドには、堪えた。
 フウロの笑顔はどこか凍りついていた。冷めたような目付きをし、リドを見下す。あの言葉は心の底から出たものらしい。そんなフウロの笑顔をみて、リドはとうとう散らかした部屋を片付け始めたのである。それでもフウロの冷め切った目付きは変わらず、リドもリドにつられて片付けを始めたニーナとスフォリアも、そんなフウロの視線を気にしながら黙って部屋を片付けた。
「旦那様」
 不意に声をかけられ驚く。フウロは先程からあまり表情を変えていない。少し動揺しながら、カナスは「なんだ」と言うと
「私はこれからお昼の準備のお手伝いでもしようと思います。旦那様はこれからどうなさいますか?」
 予定を訪ねて来たので、とりあえずリドたちの勉強に付き合うというと
「物好きですね」
 とんでもなく失礼な事を言われた気がした。
「……元々そのつもりで、俺はここに来た」
「そうですか。ではお時間になったらお呼びします。まあ、子どもの言葉に何か本気で付き合ったりしないようお願いします」
 フウロはすたすたと部屋を後にした。そんなフウロの背中を見送りながら、カナスは一辺の不安をひしひしと感じていた。


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