電話と主人と新米メイド(仮)






 仕事部屋に戻ったカナスは、しばらく公務に集中していたが電話の呼び鈴によって仕事を中断された。少し苛立ちを覚えながら電話を取り、さっさと自分が「父親の代理」だと告げた。実はカナスは電話が嫌いで、早く電話を切りたいと思い、父の代理であることを告げて交渉相手が違う事を示そうとしたのだ。
 しかし、電話の相手は電話を切ろうとしなかった。電話の相手は自分がこの国の貴族であるアーベンジ家の人間で、面会を要請したいのだという。それは急を要する国家の予算案に関する面談だから、父の帰りを待っていられないのだと語った。
 その話にカナスは若干の不信感を覚える。なぜなら国家予算の件にはあまりかかわらないのがこの家であるからだ。そんなことこの国の有力貴族であるアーベンジ家ぐらいなら知っている筈だ。カナスの家、つまりホルスタイン家のメインの仕事は外交と法律案作成、そして地元の予算案作成だ。代理であるカナスを含めホルスタイン家は代々外交の役割に就き、その手腕を存分に発揮していた。その一方で予算案に関する役職にはほとんどついたことがなく、今行っている地元の街での予算案作成の件もついこの間カナスの手腕を信じて街の町長から依頼されて始めたことである。
 それにもかかわらず何故ここに電話をかけてくるのだろうか。そんな疑問をしっかり電話の相手にぶつけると
「アーベンジ家領主ビサンスン様があなたの手腕を高く買っていましてね。それで国家予算の決議にぜひ参加して頂きたいとのお考えを持つに至りました。しかしながら国家予算の決議はもう間もなく……ですからそのお誘いの公式の面会を行いたいのです。出来る限り、早く」
 電話の相手はすんなり答えを返してきた。しかしながら、カナスは疑問を払拭できない。
「俺……私は未成年だ。父の許可なくそのような事は出来ない。ましてや、国会議員でもない私が予算案の決議になんて参加出来ない」
 カナスは明白な職業の肩書を持っていない。理由は単に未成年であるからであり、この国では貴族の子どもは基本的に職種の肩書を持たないことが多く一般的な事である。ただ肩書きを持たない中ではっきりしていることは、カナスが国会には一切関わりを持っていないという事だ。これも理由が単純で、父はあくまで将校、つまり軍人であり国会に差して関わりを持っていないからである。父は地元議会の議員と外交官の肩書も持っているが、戦況が激化している現在はほとんど軍人として仕事をしており、平時に行っていた仕事はほぼすべてカナスが行っている現状だ。
 とはいっても全て「代行」の一言で済み、持病を抱えるカナスは基本的に家に留まっておかなければならない為、議員と外交官の仕事を完全に行えている訳ではない。だからと言って仕事の内容も甘くしてもらっているという訳ではない。屋敷に留まりながら、自分のできる仕事をきちんと行っているだけなのだ。内心では兵士となって戦争に参加したいと願っているが、父から許可が下りないため、このように正直冴えない仕事に精を出している。
 確かに手腕を認めてもらえることは嬉しい事だが、だからと言って代行に過ぎない自分が国会で決議に参加するなど恐れ多い。さらに言えば未成年で、最終的な決定は父に委ねられる。本来父がすべき仕事を、しかも決議という大仕事を、自分がやるわけにいかない。
「すまないが、ビサンスン殿にはお断りする旨を伝えておいてくれ。父は今遠征中で連絡を取るのは難しいし、私にはそのような大仕事、到底できはしない。手腕を評価して頂いたのはありがたい。だけど、父が不在の今私のやることは、この街の平穏を守ることだ」
 このときなにも気にせずイエスと答えてしまったら、きっと大変な事になる。だが良い意味でも悪い意味でも規則に準じる堅物のカナスは、自分で決めたルールに準じて断った。これはきっと正しい判断なのだろう。
 すると、電話の相手は困ったような唸り声をあげながら
「……解りました。では領主にはそう伝えておきます」
 と、ようやく電話を切った。カナスは溜め息をつきながら公務へ戻る。電話は嫌いだからあまり長話はしたくない。大体、こんな話状況で判断してほしかった。父親が居ない中でこんなこと勝手にできるわけがない。
 とにかく公務に戻ろう。あのちょっと訳の分からないメイドに電話の件、いろいろあって少し疲れてきたがそれでも公務勤しむ真面目なカナスは、黙々と書面に向かう。一段落ついたら射撃場へ向かおう。そこで拳銃の練習をしながら気分転換だ。そう思いながら、ペンをどんどん進めていた。
 ふと窓の外を見る。中庭を見下ろすことのできる仕事部屋は、よく父がリド達の見張りに使っていたように思う。
 すると中庭には、リド達とフウロがいた。やけに無邪気にはしゃいでいる。
「……ノルマ、達成したのか」
 ノルマ達成したら遊んであげると(上から目線で)あのメイドは言っていた。約束通り遊んでやっているようだ。どうやら競争しているらしく、リドが負けて地団太を踏んでいる。ニーナとスフォリアがその様子を見てけたけたと笑っていた。
「お気楽だな……」
 リド達はあまりカナスの仕事のことを理解していない。カナスが影でこの家のために様々な事をしている事を知らない。だからこそ反抗するし、バカにする。兄妹の中じゃ唯一片親が違っており、常に疎外感を覚えるカナスとしてはそんな遊んでいる様子にさえ複雑な念を抱く。兄妹のいない時間が長く、父も仕事で家を開けることが多かったカナスは、常に孤独であったように思う。学校にだって通っていたが、貴族の息子だからと学校では浮いていた。決して明るい少年時代ではない。
 それに比べて、弟たちはどうだろう。言われたことをなかなかやらず、わがまま放題で好き勝手。そしてあんな風に無邪気に遊んでいられるのだ。規則にがんじがらめにされて孤独に過ごした自分とは大きな違いだった。
 家督なんかどうだっていい。リドが成長すれば、すぐにでも自分の役割を明け渡して、ひとりで生きて、志願兵になって、栄誉に死にたい。だけど今のリドは幼くて、人格もまだまだだ。到底仕事を任せることはできないし、父もそれを許してはくれないだろう。自分はこうしてまた深い溝にはまってゆくんだな。それが無性に悔しい。
 来たばかりで事情はそこまで詳しく知らないであろうフウロは、リドたちと無邪気に遊ぶ。何でこうも違うのだろう。何でこうも
 自分は孤独なのだろう。

 仕事に一区切りつけ、射撃場へ向かった。射撃場はこの家の地下にあり、火薬など危険なものも多いため鍵が掛けられており、その管理は父が、父不在の際はカナスが行っている。つまり父がいなければ好きな射撃の練習を火薬の量が許す限りできるという事だ。
 カナスの唯一の趣味であり、特技である射撃は気分転換にもなった。もちろん人を撃つためにこれをやっている訳ではない。あくまで護身用だ。ただ射撃を始めた理由は志願兵になるためだった。銃撃戦をメインとする戦争では銃の腕が重要視されると聞いて、なら今から始めようとやり始めたのだ。
 玉を入れ替え、ハンマーを引き起こし、的に意識を集中させる。そして狙いを定め切ると人差指で引き金を引いて撃った。これまでに一秒掛かるか掛からないかだ。それほどまでにカナスの銃の腕は上がっていた。カナスの愛用するシングルアクションの銃は殺傷能力が低く演習用として用いられるもので、こういうときにはぴったりだった。
 的に向かって何発か撃って一息つく。射撃は憂さ晴らしにもなった。こうしているときは嫌な事は全部忘れられるし、自分らしくいられると思った。ただ的に当てることだけに集中して、引き金を引く。ちゃんと当てられることに喜びを覚えるし、当てられなかったか悔しい思いをする。そんな一喜一憂を、一発で感じることができる。だから射撃は好きだった。ずっと鬱屈とした感情を抱かずに済む。
 これをやっている間は時間をつい忘れてしまう。いつも時間を決めているつもりなのだが、気がつくと過ぎることが少なくなかった。一点に集中するから、時間の流れなど気にしなくなるのである。
「……ふう」
 的に全弾命中させて、カナスはほっとしたように溜め息を付く。最近はほとんど外さなくなった。それほど上達したのだ。
 最初は引き金を引くのもやっとだったことを思い出すと、少し嬉しくなった。銃痕の残る的を見つめていると
「へぇ〜……」
「!?」
「旦那様ったら射撃がご趣味なんですねえ〜ふーん……」
 気がつくと、背後にあの新規参入メイドフウロが立っていた。いつからここに居たのだろう。集中していたからでもあるが、全く気配を感じられなかった。
「意外と下手ですね」
「はぁ!?」
「冗談です。意外と上手ですね」
「…………」
 冗談に聞こえなかった。
「いきなりなんだ」
「お食事の用意ができたから呼びに来たんですよぉ。でも仕事部屋に居らっしゃらなかったからテオボルトさんに聞いたら、ここに居るだろうって仰ったので」
「……そうか」
 使用人として当然の仕事をしに来ただけであろうが、その最初の登場の仕方のせいでなんとなく嫌な感情ばかりが渦巻く。
「ノックは、したのか?」
「はい。でもお気づきにならなかったので、ちょっとイラッとしてドアを蹴っ飛ばしたところ案外簡単に開いて、『ああ鍵掛かってなかったんだ』って思いながらここに」
「何で主人の家でドアを蹴破ろうとしてるんだよ。常識的に考えろ」
「だって待つのが嫌なんですもん」
「…………」
 自分勝手というよりは自由人に近い。どう考えても使用人向きじゃない性格をしていると見た。
「それにしてもこの部屋、随分沢山のものが置いてありますねえ。火薬に武器に、小麦に保存食……なんか篭城戦の時のためみたいですね。まあそれはどこの貴族でもやっていることか……」
 主人に無断で射撃場に保存してある品々を物色し出すフウロに、カナスは困り切る。
「あんまり触るな。火薬は扱いに細心の注意が居るんだ。それに湿気に弱いから……」
「だから乾燥材を入れた火薬の保存袋を専用棚に入れて、あまり触れないようにする。湿気の原因になる熱気を払うために万全の換気を行い、さらに食料系は火薬に近づけさせない。武器も普段は火薬を詰めず、この部屋には火器がほとんどない状態になる……と」
「……!」
 この部屋の物の置き方を一発で見破った。メイドなのにこんなことが分かるだなんて、どう考えても素人じゃない。
「何でわかった?」
 率直に訪ねてみると、フウロは好戦的な笑みを浮かべながら
「昔ちょっとかじっただけです」
 ただ一言だけそう語る。
「メイドなのに、銃器の心得があるのか? 意外だな。銃器って高価だから、使用人階級の人間じゃあまり手に入らないものだと思っていたよ」
「人生十七年、いろいろあるんですよ☆」
「俺より年下だろ、お前……」
 ちなみにカナスは今年十九歳。フウロより二歳年上である。
「ともかく行きましょう旦那様。これでも私、腕によりをかけて夕食の準備したんですよ。それなのに冷めちゃうのは悲しいです」
「お前が作ったのか?」
「はい。これもメイドの仕事でしょう?」
 常に自信を持ったように笑うフウロを見て、カナスはストレートに「なんだこいつ」と感じた。まだここに来て一日も経過していないにも関わらず、主人のカナスに対して慣れ慣れしさを覚えるのだ。


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