この家の日常と立場の話






きっかけが本当にそれだったかなど既に闇の中に葬られたことだが、この長い戦争は領地の境界線を巡ってあの二国の仲がこじれたのが始まりらしい。領地が争われることになったその地は、鉱物も薬草も食べ物も水も豊富にあるまさに豊かな大地だった。しかもここの薬草は調合の使用によっては重病を完治させる効果があることが分かり、医療の国と称されたこの二つの国はその薬草を使って国の権威を高めようと、その地を欲したのである。
人の命を救う薬のために人の命を奪う戦争を行うとは何とも滑稽な話であるが、実際理由など戦争においで重要ではない。より多くの大地を手に入れ、より多くの権威を手にすること、これが結局国の統治者の願いなのだ。そしてその願望に振り回されるのは、いつだって国の大部分を占める庶民だった。どんな時代でも変わらない、悲しい戦争の事実に思える。
ともあれ、西と東に別れた隣国同士の戦争は泥沼化していたが、徐々に東側が有利になっていた。技術力が高い東側が、兵器によって戦争を有利に進めるようになり、ゲリラ戦法を得意とする西側は苦戦を強いられるようになったのである。このままいけば、おそらく東側の勝利でこの戦争は終わるだろう。だが次どうなるかなど、世の中簡単に予測できはしなかった。

東側の戦場は街までは遠く、こちらの国の人々は兵にさえならなければ戦火など遠かった。戦争前と比べても今も治安のよいこの国は、戦争の話題に触れなければ平穏に日々を過ごすことができた。だからこそ、兵士は志願兵のみでまかなえた。兵器での戦争を進めていることもそうだが、国民を犠牲にする政策を一切取らなかったからこそ、愛国者が増え、国のために戦う事を選ぶ若者が多かったのだ。
ここにも国のために自分を犠牲にする事を望む若者がいた。
しかし

 
「分かっているだろう? お前の病では出兵など到底できない。それに、お前はこの家の長男だ。最初から出兵の対象外になっているのだぞ」
 初老の男は巨大な窓の前に立ち、目の前に居る息子に向かって説得するような語り口で話した。息子は俯き、男の顔を見ようとはしない。
「それに、私はお前が戦争になんぞ行って欲しくない。愚かなことに、巻き込まれてほしくないのだ。分かってくれ」
 息子は黙ったままだった。父親の思うことに、どうしても納得ができなかった。
それに戦争も間もなく終わってくれるはずだ。今戦地へ行っても、きっとできることはない。それに終わるはずの戦争に行って、お前が死んでしまったなんて考えたくない」
 父が自分を思い遣ってくれていることは分かった。それはとても嬉しかった。だけど、自分の思う事ができないのが無性に悔しくて、つい父の思いを裏切るような言葉を口に出してしまう。
「でも俺は、国のための犠牲ならそれは悲しむものではないと思っています」
 その言葉を聞いて父は、悲しげな顔をした。彼はよく「国のため」という言葉を口にしていた。国を深く思うために出る言葉なのだろう。しかし父は、息子はその言葉の意味をちゃんと理解していない事をうすら悟っていた。
「お前の考えは分からなくないのだ。だけどよく考えろ。リドはまだ幼いし、私は立場柄戦地へ赴く可能性もある。そんな中でお前が出兵なんかしてみろ、この家はたちまち乗っ取られるぞ。お前がここに残る意味をきちんと知りなさい。この家の長男として、この家を守りなさい」
 東側の国の有力貴族であるこの一家の家督は将校であり、二男二女の父であった。しかし長男は弟妹との血の繋がり片親しかない。つまり異母兄弟だ。父の前妻は長男を産んですぐに亡くなり、長男が成長してようやく父は後妻を持ったが、その妻も亡くなってしまった。父は将校として政治家として忙しく、実質この家をまとめ上げているのは長男、カナスだった。
 故にこの家で重要なのはある意味父よりもカナスであり、父もそれを理解している為にカナスの願いである「出兵」を受け入れることができないのである。
「それがお前のやる事だ」
 父の思いは、一向にカナスに届かない。ここに居て欲しいという願いを、受け入れてくれない。
「父上、俺は……」
 カナスは、何かを言おうとしてやめた。平行線を辿った会話は、平行線のまま終わろうとした。
「お前はここに居ろ」


食事中、父が
「さっき電報が届いたのだが」
 と話し出す。
「仕事の事?」
 次男のリドが尽かさず反応する。
「鋭いな。その通りだ」
「お父さんは忙しいねえ」
 能天気にリドは溜め息をついた。父はそれに構わず話を続けた。
「西南方向への遠征の予定があるらしくてな。私はおそらく、それに外交管理として参加依頼が来た。断る理由もないから、参加することになるだろう。戦地に赴くわけではないからな」
 途中から食事に夢中になり始め、話を聞いていなかったリドを差し置いて
「でも西南で行くところがあるとすれば、かなり遠方になりますよね」
 カナスは会話を受け継いでいた。
「ああ。かなり長期の遠征になってくる。そうなってくると、またここを長いこと留守にする事になるな」
「そうですか。とりあえず関係ある人達には話しておかないといけませんよね」
 長期間父が留守をする事は珍しくなかったため、カナスはいろいろやらなければことを頭に思い浮かべた。だが、父はすぐに首を振った。
「それは私がやろう。お前はいつも通り留守を頼む。リド、お前はきちんと勉強しろ」
「ふごっ! ……ふぁーい」
 いきなり話を振られて一瞬食べていたものを喉に詰まらせていた。
「お父さんまたお仕事でいなくなっちゃうんだ……寂しいなあ」
「そういうな。カナスが居るだろう?」
「お兄ちゃんはお話つまんないんだもん!」
「…………」
 思い切り妹に暴言を言われて少し傷付いたカナスだった。
 とはいえ、今は亡き母に似て相当な堅物であるカナスは、幼く自由に振舞う妹たちに何かと邪険に扱われがちだった。年に差があることも一因ではあったが。
「そんなこと言うなニーナ。カナスはよく頑張っているじゃないか」
「お兄ちゃん怒ってばっかりなんだもん」
「つまんないもん」
「スフォリアも、そんなこと言うんじゃない」
 と、父はカナスのフォローをしつつも、カナスの方を見た。いかんせん堅物であるカナスは妹の遊びにも充分に付き合いきれていないらしい。さらに追い打ちをかけるように
「兄ちゃん勉強教えんのも下手だよ。すぐ怒るもん」
「…………」
 リドからそんな「苦情」が発せられた。

 この家の二番目の母であったエリザベスは、表面上はカナスに好意的に接していたが、内心ではこの家の次男に当たるリドを家督にしたいと思い、カナスを邪険に思っていた。この国有数の貴族であるこの家の妻となって、財産を得ようと考えていたのかもしれないが、夫のことはもちろん愛していたし、三人の子どもも同様に愛していた。だが、どうしてもカナスだけを大切にすることができなかった。財産の保有云々より、自分とは血の繋がりのない「息子」が自分の子より立場が上であることを、疎んじていたのだろう。
 夫にバレないようにさりげなくカナスに対して嫌がらせをしていたし、子どもたちの教育に関してもカナスより自分たちが上の存在であるような教え方をしていた。リドたちの兄に対する扱いの悪さは、ここから来ていた。
 その事実は結局使用人の密告により夫に知られ、カナスに対する嫌がらせの数々を夫に激しく非難されたエリザベスは、それ以降かえってカナスに対する感情を剥き出しにした。お前なんかいなければいいと言ったこともある。だがそれが夫から勘当されてしまう事態を招いてしまう。夫にしてみれば前妻の忘れ形見であるカナスを、愛せとは言わないがせめてちゃんと扱ってほしいのが本望だった。それなのにひどい扱いを押し付けたことが、夫にとって許し難い事実になった。
 そのことでショックを受け精神を病んだエリザベスは失踪、しばらくして変わり果てた姿で見つかった。彼女は浸水自殺したのだ。これは夫やリド達にとっても、カナスにとっても衝撃だっただろう。だが彼女の死は夫やリド達のせいではもちろんない。そしてカナスのせいでもなかった。紛れもなく、カナスに対する感情を抑えることができなかった彼女のせいだった。だがカナスは、リド達から母親を奪ってしまった負い目を背負う事になる。自分がいなければ、エリザベスは死なずに済んだと。
 リド達も母親が悪いと思わず、カナスのせいだと扱いはより一層悪くなった。父も何度も苦言を呈したが、一向にそれが変わることはなく、カナスの居場所はどんどん小さくなっていった。
 おまけに持病を抱えるカナスは出兵することができず、戦争にあまり関与できないことから不国民扱いされた。家の中でも外でも、カナスの立場は非常に弱くなった。


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