事件考察→アビの話






 この国に存在する一部の盗賊団にはある鉄則があった。「殺さない」「貧しい者からは盗らない」「女を犯さない」――これを提唱したのは、アイヤネン盗賊団リーダー、フレデリック・アイヤネンの祖先だと言われている。このルールは発信元であるアイヤネン盗賊団がフレデリック・アイヤネン逮捕によって解散に追い込まれるまで決して破られることはなかった。現在でも鉄則を守り続ける盗賊団も多い。
 あくまで人の為の盗賊であろうとする義賊は、場合によっては金目の以外の物を盗む。例えば事故で人を殺してしまった弱き者の為に、その証拠を盗む。例えば戦地から手紙を送ろうとして送れなかった物の為に、その手紙を盗み、受取人の元へ届ける。そのような事例がある中で、「形見を盗む」という行為も十分にあり得ると、カナスは思っていた。
 手口のばらつきと一貫性が同一に存在するこの事件の中、既にカナスはある程度の犯人像を掴みつつあった。法を犯して、金にならない形見を盗む――この行為をする人間なんて、余程のお人好ししかいない。
「アイヤネン盗賊団の幹部の連中は、驚くほどのお人好しであることが多いらしい。弱い人間を助けようっていつだって必死なんだ。それは貴族が見習うべき部分なんだか――それはさておいてだ」
 カナスは仕事部屋にフウロ、アビ、テオボルトを呼び、会議を始めた。少しずつ分かってきた犯人像とアイヤネン盗賊団についてだ。
「アイヤネン盗賊団はフレデリック・アイヤネンが十三年前に逮捕されて以降、一度も盗みを行わずフレデリックも獄中で病死し、解散したかと思われていた。ただその残党は結局捕まっていない……」
「その残党が集まって新興勢力をつくることは充分に可能でしょう。新たなアイヤネン盗賊団を結成するのもありですよね」
「ああ。だから、今回の事件はアイヤネン盗賊団が噛んでいるとみて間違いないと思う。手口も一致しているし、動機もある。もちろんこれだけで断定するつもりはないが、可能性は高い」
 ようやく世間を騒がせる形見泥棒の正体が明らかになってきた。少しずつ、少しずつでも、解決に導く。
「では……何故、彼らは形見など盗むのでしょうか。形見というのを赤の他人に配っても仕方ないでしょうし……」
 だが一番の謎がそこだった。形見を盗むことで人に役に立とうとしていることは分かる。しかし、何故形見なのかということだ。
「……仮に形見が必要な人がいるとしたら、その形見の元々の持ち主ですよね」
 アビが、目線を下に向けながら語った。
「それを形見だと知ることもできますし」
 確かにその考えで言えば、確かに形見を盗み出すことはできる。しかし
「形見の持ち主が死亡している場合はどう考える?」
 テオボルトの指摘もまた正しい。基本的に形見と言うのはそういうものだ。しかしここでまた、反論が生まれる。
「例えば形見が身につけるものであるとしたら、ずっと身に着けていたとして『それはどういうものなの?』と聞かれた時、ストレートに『形見』と答えるか、ぼかした言い方でも『とても大切な物』と答えるのは基本でしょう。確かに日用品なども形見としてカウントされてはいますが、『尋ねる』と言う行為それだけで判断材料にはなるでしょう」
 フウロは腕を組みながら、溜め息を混じらせて言う。
「とまあ、これだけでは形見が必要であるという理由に繋がってきませんが」
「……いや」
 カナスは、ふと先日の病院視察のことを思い出す。記憶喪失の患者の失踪が相次いでいる事実を。
「どうしても……どうしても必要な理由なら、あるかもしれない」
 議論はこの一言で一旦中断されることになり、カナスはまた嫌いな電話を自ら使うことになった。

 結論から言うと。
「つまりアイヤネン盗賊団が本当に欲しかった物は、形見じゃなくてきっかけだった。きっかけを得る事が彼らの目的であって、形見を盗んで相手を苦しめようとかそういう訳ではもちろんない。それに、最近になって盗まれた形見が戻ってきたなんて話もちらほら聞く――」
 フウロは仕事部屋の片隅で何故か軽いストレッチをしながら、カナスの話を聞いていた。そして帽子の中をかきむしり、カナスへ目線を戻す。
「しかし、この間の件もそうですけど、旦那様って意外と名探偵ですよね。アーベンジ家の企みをさっさかと暴いたり、今回の件も、解決一歩手前まで行ってるではありませんか。堅物のくせして頭の回転速いですよねぇ」
「褒めるならもっと素直に褒めろ」
 相変わらずのフウロの一言をさておいて、事実、この暗礁に乗り上げていたはずの形見泥棒の件は、随分と進展が見られていた。
「いや、でもそれは、お前がアイヤネン盗賊団との繋がりの可能性を示したからだ。手柄はお前だ」
「はあ。しかし私は可能性を示しただけですよ。例え私に事件の犯人と手口が暴けても、旦那様のように深くまで乗り込めません。心の方までは、ね」
 謙遜なのか本心なのか、それは分からなかったものの、とりあえず珍しくフウロが素直にカナスを褒めたのだと解釈しておいた。
「……だけど一番の問題は、犯行をはっきりさせる事だな。盗賊団はこれだから厄介だ。一人を捕まえてももう一人いるし、場合によっては盗賊団の連中が街の人間に化けているかもしれない」
「今回はその場合に当てはるのでしょうし、結局盗んでいるところをとっ捕まえて行くしかないでしょう」
「だけどそれもなかなか難しい……」
 犯行の時間帯も手口もまばらだ。形見を持っている人間の家をマークする訳にもいかない。『犯行に及んでいるところを捕まえる』と言うのは、実質不可能に近かった。
「ただ――それが全くの全くで不可能とは言えませんよ」
 フウロは腕を伸ばすストレッチをしながら、悠々と語る。
「アイヤネン盗賊団は基本的にコンビで行動します。ベテランと、素人の二人。今回のベテランが盗賊団元団員だとして、素人がカナス様の言うような人ならば、その素人に関わったことのある人物等はこの屋敷の中にいるでしょう」
「そう……だな。そう考えればまだ可能性はある。つまりお前は前回と同じように、犯人をこの屋敷に引き込むと言いたいわけだな」
「ハイハイそうです♪」
 今度は腰をぐりぐりと右へ左へと動かす運動に変えて、笑顔で話を続けた。
「まあ今回は前回の様に命の危険にさらされるとかそういう訳ではないですけどね」
「それでも気の長い話だ。犯人がうちにいる人間をマークしているとは限らないからな。あまり事態が進まないうちにはっきりさせたいのだけど」
「災いを呼びやすい典型的巻き込まれ体質の旦那様なら大丈夫でしょう」
「なんだその異名」
 いつものようにフウロの生意気な発言に少し苛立ちつつも、あまり気にしないようにフウロから目線を逸らした。しかしフウロがそれに気が付きストレッチを止め、カナスの顔をわざわざ覗きこんでくるから、うっとおしい。
「旦那様、旦那様? 怒ってます?」
「とりあえずウザイから止めてくれ」
 一応言うことを聞いてカナスの顔を覗き込むことを止めたフウロは、「そういえば」と頭をかきむしる。今度は帽子の上からだったので、意味のある行動ではなかった。
「あのアビが持っている万年筆、あれ、相当大事に使ってるみたいですけど……あれもいわゆる形見ですか?」
「ん? ああ、そうだな。厳密には形見ともつかないものなんだけど、アビにとっては大事である物であることは違いがない。アビにとってあの万年筆は、ずっと昔からの心の拠りどころなんだから」

 この国でも治安の悪い街で暮らしていたアビは、両親もなく、家もない――いわゆるストリートチルドレンだった。そして生きる知恵として電気配線をいじり自分が過ごしている場所へ電気を引いていた。この行為は違法行為であり、故にアビは一度警察に捕まった。しかしそれがきっかけになり、アビはこの屋敷に雇われることになった。アビとカナス達をつなげたきっかけはあの万年筆だったのだ。
 アビにとってあの万年筆は形見でことないものの、とても大切なものであった。どんな状況でも救われるきっかけを作ってくれた物だった。形見ではないが形見を大切にするのと同じくらい大切であった。とはいえ先程フウロが「形見」と言ったように、「形見」ではない万年筆ではあるものの、「形見」と勘違いされやすくはあった。
「うー……あー……」
 また悪さをし、カナスにこっぴどく叱られたリドが、机で勉強に励むアビを見つけた。リドはアビに近付き、「変な奴」と開口一番そんなことを言った。
「勉強なんて、楽しくないだろ」
 アビはしばらく何も言わなかったが、勉強する視線を変えないまま「僕は楽しいんですよ」と言い返した。
「僕は勉強が好きですから」
「変だ。勉強なんて面白くない」
 カナスにテストの点について叱られたので、リドは突っぱねる。楽しそうに勉強するアビが気に入らなかった。
「何でお前、勉強なんか好きなんだよ」
「…………」
 アビは少しはにかんで、その後に続ける。
「自分にとってやりたいこととか、全く知らなかったこととかが知ることができるからですよ。自分に進みたい道へ、近付けるような気がするんです。リド様は何かないんですか。やりたいこととか知りたい事」
「え? オレ? オレ……」
 リドは少し困ったようにキョロキョロとし、そして俯く。
「ひ、秘密だぞ」
「はい」
「オレ……軍人になりたいんだ」
 意外な答えに、アビは少し驚いた。リドは恥ずかしそうにもじもじとして、視線をこちらに向けようとしない。
「何で仰らないんですか?」
「だって……カナスと同じだから。そ、それにみんなバカにすんだろ! お、オレが軍人だなんて……」
 本気で恥ずかしそうである。アビはリドの意外な面を見て、笑う。
「でも、軍人になりたいのならしっかり勉強しなくてはいけないのでは?」
「勉強は嫌だ」
「…………」
 その辺は嫌がっているというよりただの頑固に見える。アビは「弟だ……」と実感したが、そっと胸の中にしまった。
「……カナスみたいなひ弱が軍人なんかなれっこないんだよ。あいつはこの家継ぐんだ。それでオレが……その、軍人になる……」
「…………」
 そこでアビは、リドが内心ではカナスの政治力を実感していることに気付く。だが、母親の件もあるし、アドルフ不在の時の父親代わりであるカナスに対して反抗心を抱くことは、当たり前である。何もできないただの子供だから、ついどこかでカナスの粗探しをしているのかもしれない。
「…………」
 リドは照れた顔のまま、後ろを振り向いた。
「お、お前も気を付けろよ。カタミドロボー、お前のそのペンを盗みに来るかもしれないし」
「わかりました。気をつけますよ」
 リドは実のところ、アビが嫌いではなかった。貴族の次男、カナスの弟として見られていない事実を痛感している中、アビぐらいが本来の自分に限りなく近く見てくれているような気がした。だからこうしてアビに対して本心を口にすることも度々ある。
 それはおそらく、アビとリドが出会ったとき、アビがリドに対して開口一番に言った台詞がきっかけである。


- 18 -


[*前] | [次#]
ページ:







0 コメント
前はありません | 次はありません
名前:

メールアドレス:

URL:

コメント:

編集・削除用パス:

管理人だけに表示する


表示された数字:



Novelページへ



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -