幼い妹の不安






 その後、例の記憶喪失患者のいる部屋を再び視察した。アビはその際マクファーデンという男性と親しくなり、しばらくずっと話していた。彼は名前と戦場にいたことは覚えていたが、それ以外の記憶は断片的にしか覚えていなかった。アビのことを「ギディオン」と呼び、優しそうな口調で話しかけていた。看護師によると、ギディオンとは彼の息子である可能性が高いのだという。確証があるわけではなかったが。
 夕暮近くなり、カナスとアビは視察を終え、病院を出た。疲れ果てているアンダーソンに必ず休むように念を押し、念には念を入れ彼の助手である副院長に彼が休める環境を作っておいてほしいと頼んでおいた(快く引き受けてくれた)。馬車に乗り、案の定アビは薬を飲んで爆睡し、カナスも軽い睡眠をとった。
 帰宅し、家中の使用人が迎え入れ、溜め息をつきながら仕事部屋へ向かう。領主への報告書を書く為だ。隣国の兵士たちの現状や記憶喪失患者の脱走事件等をある程度まとめ、それから食事。
「お疲れのようで」
「まあな。いろいろ、目を疑いたくなるようなものを見てきた。ある意味勉強になったよ」
 食事の場にアビが居なかったので、どうしたのかと尋ねたところ、一日視察に出掛けて疲れ切り、部屋に戻ってすぐに寝てしまったのだという。馬車であれほど寝ていたが、それでも足りなかったところを見ると、やはり昨日は寝られていなかったのだと思う。
「形見泥棒のことは何か分かりましたか?」
「いや。隣町にも被害があった。それぐらいだな」
 形見泥棒の件は収穫が少ない。覚悟していた事だが、やはり少し落ち込みたくなる。
「いや、今日は疲れた。風呂に入ったらすぐに寝よう。徹夜はしない」
「普段からしないでいただきたいのですが……」
「…………」
 テオボルトから軽く叱られた。

 風呂に入り、一旦仕事部屋に行きタイプライターを取り出す。インクがあるかどうかの確認をしておきたかった。するとインクが無くなりかけていたことが分かり、明日にでもテオボルトに頼んでおこうと思った。そんな時だった。
「失礼します、旦那様」
 フウロが、狙ったかのようなタイミングで部屋に入ってくる。片手にはメモがある。
「どうした」
「あ、はい。ちょっと気になったので、例によってコネクション略してコネを使って調べてきたんです。この地方で目をつけられている盗賊団を」
 気になる、がこのメイドの行動力の源なのだろうか。
「それで、なんかわかったのか?」
「はい。最近『アイヤネン盗賊団』というのが、不穏な動きを見せているようで」
 その盗賊団には聞き覚えがあった。一昔前、貴族の金品を盗み貧困層に明け渡していたことで有名な、所謂『義賊』だ。結局警察の手により団長が逮捕されアイヤネン盗賊団は解散したかと思われていたが。
「それで彼らの手口とかメンバーとかも調べてみたんです。するとびっくらこいた。あることにわたしは気が付いたのです」
「まさか――形見泥棒?」
 フウロはにやりと笑い、首を小さく縦に振る。
「形見泥棒とかつて一世を風靡したアイヤネン盗賊団の手口、一致しているんです」
 フウロは順を追って説明してゆく。アイヤネン盗賊団は身寄りのない人々を自分たちのもとへ引き入れ、すぐに盗みを行わせていた。故に初心者とベテランとの差が激しかった。今回の形見泥棒も同様だ。昼間に誰にも気付かれず盗んだかと思ったら、夜扉をこじ開け無理矢理にでも盗まれていったこともある。また、形見泥棒が僅かに残していった証拠に、二種類の靴底があった。これは二人で盗みを行っている証拠だった。アイヤネン盗賊団も同様に二人で行動をとる傾向が強かった。ここでも、共通点が存在する。
「アイヤネン盗賊団は証拠隠滅を得意としていました。もしこの事件の実行犯がアイヤネン盗賊団ならば、証拠が見つからないことにも納得がゆくでしょう。まだ、はっきりとはしていませんが」
 フウロの強い自信を示す笑顔が光る。
「……お手柄だ」
 カナスはフウロのもとへ近づき、肩をぽんと叩く。
「ありがとう。少し暗礁から抜け出せそうだ。これからアイヤネン盗賊団について調べてみようと思う。手伝ってくれるか」
「構いません。私は使用人。旦那様の言うことを聞くのが仕事で御座います」
「そんな大仰な言い方はやめてくれ」
 肝心なところでフウロに助けられる。こいつは本当に、何者か分からない。

 翌日。カナスはタイプライターで報告書を打ちこみ、全て終わった後メイドの一人、ユーフェミアに郵便とタイプライターのインクを買ってくるように頼み、それから、家の書斎からアイヤネン盗賊団についての資料をあさり始めた。
 その後、嫌いな電話も使っていろいろと調べ、アイヤネン盗賊団の捕まらなかった幹部がこの街の近くで目撃されていることを知った。また、街の近くにある山の中に、簡素な小屋ができていたという話も聞いた。その小屋から、人が多く出入りしている、ということも分かってきた。
 まだ状況証拠しか出揃っていないものの、アイヤネン盗賊団が形見泥棒である可能性は高まってきた。彼らが形見を盗む理由も納得がいかないでもない。彼らはもともと義賊である。人の為に盗みを行っていた、よく言えば「善き盗賊」といえよう。だから、もしかすると形見を盗む事を依頼され、その人の為になるのならばと行動に出ていたのかもしれない。
 じゃあ一体誰が、となるのだが。
「お兄ちゃん」
「どうしたスフォリア」
 スフォリアが足にすり寄るように甘えてきた。どうしたのだろうか。カナスは妹を抱え、椅子に座る。
「なんかあったか。浮かない顔だな」
「なんかお兄ちゃんとお話ししたかったの」
「本当にそれだけか? 俺は今日なら時間がある。言いたいことを言えばいい」
「うん……」
 スフォリアがこう甘えてくるときは何か嫌な事があったときだ。普段はあまりこうして甘えてはこない。だから、心配になる。
「あのね、お母さんのね、夢見たの」
「…………」
 スフォリアは不安そうに、兄の顔を見上げながら言う。兄の顔色が変わっていないか、不安なのだ。
「お母さん笑ってた」
「それだけ……か?」
「うん……」
 彼女は、母親との思い出がほとんどない。彼女の母エリザベスは、彼女が物心つく前に死んだ。自ら命を絶ったことは――スフォリアは理解していない。
「お母さんはね。わたしには笑うの。でもね、お兄ちゃんには笑わないの。お母さんが、お兄ちゃんのこと本当に嫌いだったの?」
「……分からない」
 分からない、と口では言った。だけど本当は分かっていた。エリザベスはカナスを疎んじていた。幼く言うならば嫌いだった。実の子供でないカナスを、憎んでいた。スフォリアはまだ完全にカナスが母親違いであることを理解しておらず、ここまで深い事情にまで踏みいれる事が出来ていない。
「わたしね、お母さんに会いたくない」
「どうしてだ?」
「お母さんは……怖い」
 ぬいぐるみを持って俯くスフォリアは、どこか寂しそうだった。口では「怖いから会いたくない」と言っているが、本当は誰かに甘えたい想いがある。以前はよくシルヴィアに甘えていたが、今はもう、包容力のある女性というのがこの屋敷にはいない。素直に甘えられるのはもうカナスだけになっていて、そのカナスも仕事で忙しい。この子たちには、寂しい想いをさせている。
「父上が帰ってきたら、皆でどこか遊びに行こう。な」
「うん」
 寂しい想いを払拭できるように、彼はせめてもの約束をするのだった。


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