気になる話






 現在、この家で個人の部屋を持っているのは父アドルフとカナスだけだ。下の子ども、リド、ニーナ、スフォリアの三人は全員同じ部屋で過ごしている。ニーナからそろそろ男であるリドと別の部屋で寝たいとクレームが出たが、ニーナはともかくあの「わがまま三拍子」のリドを一人部屋にするのは気が引け、だからと言ってニーナを一人部屋にすれば兄妹仲の特に悪いスフォリアとリド二人きりになってしまうため、まだ実行に移せていない。このような事情があり、個別の部屋を持っているのが二人だけなのだ。
 とはいっても、父に妻がいた頃は、父も妻との相室だった。カナスの実母もリド達の母エリザベスも、アドルフと同じ部屋で過ごしていたのだ。つまり簡単に言うと、現在も父に妻がいた場合は、個別の部屋を持っているのはカナスだけなのだ。確かに、カナスはまだ妻を持つ年齢ではないし、兄妹とは年が離れている。だがなによりの理由が、持病を抱えるカナスは体質的にストレスに弱いということだ。
 周りの貴族の長男としての期待と戦時下の中出兵することのできない失望双方を受けて育っているカナスは、他者との関わりは常にストレスに直結していた。遠まわしに長男としてどうやっていくのかと聞かれ、遠まわしに出兵できない体を悪く言われた。それがどれだけカナスにとって嫌だったかなど、言わなくても分かるであろう。彼が関わっていく中でストレスを感じずにいられる相手はかつての使用人最古参シルヴィアと、比較的新米のアビぐらいだった。唯一、この意味ではなく別の意味でストレスを感じる使用人がいるのだが――それはさて置いてだ。
 一日抱えたストレスを発散する為に、カナスは趣味である射撃と銃の手入れに打ち込む。この際、カナスは周りに誰も付けていない。人との関わりがストレスに直結する為に趣味に打ち込む時ぐらい一人でいたいのだ。そしてこの考えは、寝る時も同じだ。寝る時ぐらい一人でいたい。自分の部屋に居る時ぐらい、一人でいたい。これが、カナスが一人部屋を持っている理由なのである。
 カナスは十四歳の時から部屋には誰にも入らないように兄妹はもちろん使用人にも強く言いつけていた。これはシルヴィアでさえも破ることを許されなかった。一度リドがこっそり侵入した際は――カナスはこの家の歴史に残るほど激怒し、リドは一晩外に閉め出しを食らい、その後二週間以上カナスの機嫌が悪い状態が続いた。それ以降、誰もカナスの自室に入る者はいなくなった。シルヴィアは何度か掃除をさせてほしいと頼んだが、自分の部屋の掃除ぐらい自分でやると突っぱねられ、結局入ることはできなかった。
 この家で一番の「未知の空間」はカナスの部屋だ。一度リドの侵入こそあったが、まともにカナス以外の人間が部屋に入ったのはカナスが十三歳の時、それこそシルヴィアが掃除をした時ぐらいだった。それ以降誰もカナスの部屋には入れず、おそらく無断で入った場合滅多なことでは首を切らないカナスから解雇される――と、使用人も恐れ多く入ることが出来なかった。

「リド……何度も言ったよな」
 午後三時。カナスはリドを正座させていた。リドの顔は恐怖で蒼白している。以前にも話したが、基本兄妹(特にリド)から嫌われているカナスであるが、弟達を叱る表情は父にそっくりである為、弟達の恐怖の対象であった。この顔をしたときのカナスは本気で怒っているときである為、さすがのリドも「まずいことをした」と思うのである。
「漫画は学校の宿題が終わってから……覚えているよな?」
「……ハイ」
「それと、花瓶とかが割れたら素直に誰かに報告しろとも言ったのは?」
「……覚えてます」
「あと、皆が丹精を込めて植えてくれた花を、ましてや抜いて遊ぶなんて……しないよな?」
「……全くその通りです」
「…………」
 カナスが大きく息を吸い、リドは思わず身を引き締める。次に何が来るかが分かったからだ。どんな言葉は飛び出すか分かっていたが、それでも慣れるわけがなかった。
「――じゃあこれはどういう事だ!!」
 屋敷の端から端までカナスの怒号が響いた。屋敷では、リドがした悪戯の数々の片付けに追われる使用人達が、カナスの怒号を気にすることなく作業を続けていた。怒られている本人が間近で聞く分には恐ろしいものだが、遠く聞いている方は案外和やかである。

 一時間の説教と、その後に尻叩きでとりあえずリドを解放した(許したわけではない)カナスは射撃場に向かう途中、何故かかなり機嫌のいい新米メイド、フウロ・ヲーリオンと遭遇した。
「……お前、どうした?」
 思わず尋ねる。するとフウロは機嫌よく
「いやぁぁぁぁ久々に本格的な掃除をしたから気持ちよくってぇ……」
 伸びをしながら答えた。ああ、なんてこいつらしい返答なのだと心から思った。
「……絶対リドの前で言うなよ。調子に乗るから」
 一応忠告はしておく。
「分かってますよ。ああいうクソガ……子どもは面倒ですし」
「お前時々事あるごとにリドの事クソガキ呼ばわりするよな。気持ちはわかる気持ちはわかるけど兄として複雑だ!」
 生意気で自由人で上から目線、なのに優秀。このメイドの特徴を上げるとこの四点だ。本人によると自分の主人はあくまでカナスだけらしく、その弟たるリドは「主人の弟」に過ぎず「主人」ではないのだそうだ。だからカナスの前でも(訂正こそしているが)こんなに堂々とクソガキ呼ばわりである。
「旦那様はまた射撃ですか? 本当懲りな……好きですね」
「ああ俺は一切懲りないよ」
 本音がダダ漏れだ。
「それにしてもリド様今すごくおとなしいですね。一回叱れば落ち着くことは落ち着くんですね」
「まあな。だがまた結局暴れ出すんだ。全く、世話が焼けるったらない」
「ふうん……」
 フウロはカナスの顔を見つめる。訝しげな顔を見せてくるので、カナスは
「なんだよ……」
 思わず一歩後ずさりをした。
「……結局ちゃんと厳しくしてるのって、旦那様だけなんだよなあ」
「だからなんだよ」
「いや、リド様達って結構可愛いじゃないですか、顔は。だから結局使用人の皆さん、甘やかしちゃってるんですよね。だけどやっぱりちゃんと叱らないと、いつまでも成長できませんって」
「俺に言うのかよ」
 フウロはカナスの顔を見つめ続ける。意味の分からない熱視線に戸惑い、おもわず「もうやめろ」とフウロに言うと
「いや、顔の傷残ってるなあって」
「今の話と全く関係がないだろ!」
 いつものように適当に返される。カナスの顔の傷と言うのは先日ここで事件が起こり、その際についたものだ。すぐ消えるかと思ったが意外にまだ残っていたのである。フウロはそれを気にしているらしい。
「うーん……」
 しばらく訝しげな表情を続けた後、フウロは「ま、いっか」といってその場を去っていった。訳が分からないとカナスは思う。最初にあった時からこいつは、訳の分からない行動を繰り返している。これが彼女なのだという事は理解したのだか、やはり、この屋敷にとってイレギュラー的存在であることに間違いはない。
 カナスはしばらく射撃場にこもり、射撃と銃の手入れに精を込めた。先日の事件以来より一層それに打ち込むようになった。あの日で自分の未熟さを言うものを実感した。だからそれを正していくためにはどうすればいいのか、それを一人で考えたかったのだ。誰にも入られる心配のない部屋の中、カナスは思い浮かべる。今他国との交渉に動く将校の父アドルフが一体何をしているのかを。
「…………」
 事件のことは父に伝えていない。余計な心配をかけたくはなかった。ただでさえ忙しいのに、心配性の父のことだ。こんなこと言いだせば、心配して飛んで帰ってくるに違いない。そんなこと言えるわけがなかった。

 仕事部屋に向かうと、そこでアビが電球を取り換えていた。どうやら以前から点灯中に点滅を繰り返していたことに気が付いていてくれたらしい。
「あ、カナス様。すいません、すぐに終わらせます」
「いや急がなくて大丈夫だ。ありがとう」
 電気工であるアビはこういう事に気が付きやすく、気が回りやすい。まだまだ使用人としても電気工としても未熟ではあるが、既にこの屋敷ではなくてはならない存在となっていた。
「よし……と」
「終わったのか?」
「はい。これ自体、とても簡単な作業ですし」
 にこりと笑ったアビを見て、カナスは彼との過去を思い浮かべる。出会った頃に比べ随分印象が変わった。拾われるような形でこの屋敷で雇われたアビは、昔は随分荒んでいたように思う。
「最近どうだ、アビ。なんか気になることとかあったか?」
「いえ、特には。……あ、でも、一つだけ」
 アビは脚立を片付ける手を止める。そして少し不安そうな表情を見せた。
「昨日電球や電線の買い出しに一回街へ下りたんですけど、そのときちょっと変なうわさを聞いたんです。最近盗みが出るとかなんかで」
「盗み?」
 カナス達が暮らしているのは田舎町にある山の奥であるが、決してその街から遠いという訳ではない。その証拠に、使用人たちは頻繁に山から下りて街へ行くのだが、馬車などは必要としておらず、大抵徒歩で行って帰って来られていた。それ故街の人間ともこの屋敷の人間は親しく、話を聞いてくることも多かった。
「盗みか。あまり聞いたことがなかったな。それで? なんかあったのか?」
「それが、その盗みって言うのがすごく変で、金目のものじゃなくて、その所謂……形見というのが盗まれていくんです」
「形見?」
 アビは一旦脚立を壁に立てかけて置いておくと、ジャスチャーを交えながらカナスに説明してゆく。
「話を聞いた電気屋のおじさんも被害を受けていました。亡くなった奥さんが大事にしていた安物の時計を盗まれたそうです。何でもその時計はおじさんが奥さんに最初にあげたプレゼントなんだそうで、奥さん……すごく大事にしていたって」
「そうか……気の毒だな、そんな話」
「しかもその時計、もう随分前に壊れて止まってしまっているんです。修理に出しても直らないと突き返されてしまったらしいですから」
 アビはそれからも、人づてに聞いた話をカナスに伝えた。そのおじさんの家の近所に住む女性の家では、出征した息子が最後に買ってくれたエプロンが、ある青年の家では父親が生前使っていた金槌が、街の教会では神父が亡くなる直前まで付けていた帽子が、それぞれ盗まれていた。話を聞いていても、やはり金目のものではないものの、その家にとって大事なもの――形見であることが良く分かった。
「その家の大事な宝物ですから、盗むのは最低だと思います。でも、言ったところで壊れた時計とかエプロンとか、盗んでも仕方がないようなものばかり盗まれているから、なんでそんなことするんだろうなって思って、ずっと気になっていたんです」
「確かにな。変な話だ。最低だと俺も思うけど、なんで、金目の物を盗まないんだろうな。これだけの物を盗めるって相当なやり手のはずなのに……」
 それに、カナスには気になることがあった。なぜそれが、その家にとって大事な形見であることが分かったのか、である。聞いている限り、盗まれている物は大概が日用品であり、見ただけで形見と分かるものではない。それなのに何故だか、形見に限って盗まれていく。これは大きな謎のように思う。
「調べてみるか……」
 アビの言葉を信じないわけではないが、ちゃんと自分の目と耳でその事実を確かめようと思った。そして、一体誰が、何のためにこんなことをしているのかを突き止め解決させなければならない。カナスは、この街で貴族の長男として暮らしている自分には、そういう事をしなければならないと思っていた。不本意ではあったが。



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