殺伐とする屋敷という戦場






 身を隠し、銃を構える。男たちはカナスに気が付かない。今この場所で撃てば一撃で男たちを仕留めそうなものだが、カナスはそれをしない。まだ明白な攻撃をされたわけではないのに今カナスがここで撃ってしまえば、カナスが罪に問われる可能性があったからだ。とはいっても、カナスは撃たれて撃ち返しても相手を殺す気など毛頭なかった。あくまで威嚇射撃、実力を見せつけるのみだ。少しでも時間を稼いで、この銃はできる限り一発も撃ちたくない。殺す気などないのだから。
 最初に撃ったのは自分だが、それも最初から当てる気などなかった。相手をひるませるための一発だ。それは功を奏したし、上手く作戦も実行まで辿りついた。後はその一歩先を成功させればすべて済む。なんとか時間を稼げ、と自分で自分に激励した。
「……今は、気付くなよ」
 カナスは慎重に動き、男たちをやり過ごしながら先へ進む。開け放したままだった地下へ続く扉を閉め、身を隠せるようなところを行き来した。
 ここは文字通り山奥だ。警察の到着は遅いと考えた方がいい。だからそれまでなんとしてでも時間を稼がなければいけない。身を隠す。相手の目を欺く。背筋を凍らせながら、なんとか一階にまで辿りつく。どうにかしてでもこの場をやり過ごす。そうすれば、この勝負、死傷者を一人も出さず勝てるはずだ。銃は、あくまで撃ち合いになった場合にのみ使う。出来る限り使わないように、一歩、また一歩と進む。
 男たちは家の人間を捜しているようだった。しかし使用人全員は地下の射撃場に逃げているし、兄妹は学校に行っており今この屋敷にはいない。今自由に動いているのはカナスだけなのだ。男たちは獲物が見つからないことに苛立ちを覚え、家に飾られている花瓶や絵画を割り、破った。カナスはその行為に怒りを覚えたが、じっと堪え、また足を進める。
 心拍数はどんどん上がり、カナスの息も上がっていく。おかしいな、今日はちゃんと薬も飲んだのに。にもかかわらず心拍数が上がっていく。これ以上上がるとまずいと、カナスも危機感を覚える。このまま心拍数が上がれば発作につながる。発作が起こったら男たちの戦いどころではなくなるし、下手すれば発作で死ぬかもしれない。それは避けなければならないが、否応なく心臓の音が増えて行く。
 ガタリ、と不意に音がする。気が付くと男たちが近くまで来ていたのだ。幸い、まだカナスには気が付いていない。しかし下手に動けば物音で気付かれるし、動かなければ動かないでじきに気付かれる。引くも進むも地獄のように思えた。
 カナスは気付かれないことを祈りつつも、拳銃のハンマーを上げる。時間は刻々と過ぎ、カナスが計算した限り、あともう少し時間を稼ぐ必要があった。今戦いになった場合、警察が来るまで持つのだろうか。不安を抱えながら、近くに居る男たちの様子を確認した。遠くからまた何かが壊れた音がする。遠くから今度は銃声が響いた。威嚇しているのだろう。しかし地下室に居る使用人たちには、何の影響も及ぼさない。その音はカナスの耳にしか届いていなかった。
 かいた汗を肩で拭く。必死に、聞こえないように深呼吸。あともう少し、あともう少し時間を稼げと静かに奮起する。男たちは一向にその場を離れない。カナスの存在に勘付いているのだろうか。
「うっ……」
 胸の痛みを覚え、カナスは思わず息を漏らす。まだ、男たちは気付かない。カナスは少し安心し、壁にもたれた。起こりかけの発作のお陰で疲れがたまってくる。必死に息を整えながら周りを凝視する。
 そして腕時計を見る。もう間もなくだ、もう間もなくで警察が来るはず。その為に、証拠を用意しなければ。今度は大きく、周りなど気にせず深呼吸した。そして、意を決し飛び出した。
「――いたぞ、あっちだ!」
 同時に男たちもカナスの存在に気が付く。そして走って逃げるカナスを必死に追いかける。男たちの一人が銃を取り出す。カナスはその様子に気が付き、逃げながらも拳銃の引き金に指を構える。振り向いて銃口を男たちに向けた。しかしその瞬間男の方が発砲し屋敷に銃声が響く。振り向いた瞬間にカナスも向こうの銃口を見て反射で避けたが、僅かに顔をかすめた。かすめた頬から、血が滴る。
「とうとう姿現したな非国民長男。絶対に殺してやる」
「……好きなように呼べ。そう言われたって仕方がないことぐらい知っている」
 カナスは再び男たちに銃口を向けるも、それに構えた男たちの隙をついて咄嗟に逃げだした。男たちは何かカナスに対して罵声を吐いたが、当の本人はそんなこと聞いている余裕などなかった。ともかく、相手が危害を加えたはっきりとした「証拠」は、もう得た。
 カナスは後ろを見て、追いかけてくる男たちが少し増えていることに気が付く。カナスは急停止し、振り向いた瞬間に銃を足元に2,3発発砲した。当らなかったが、男たちは思わず足をすくめる。またもや隙をつき、逃げ出す。
 だがまた段々と足が重くなってくる。心拍数が上がってくる。このままでは追いつかれてしまう。おかしい、ちゃんと薬は飲んだ。それなのに何でこんなにも心拍数が上がりっぱなしなんだ。緊張感から来る心臓の音じゃない。これは完全に発作につながる心臓の音だ。本当なら横になって安静にしてなければいけない状態にまでなっている。おかしい、今までこんなことはなかった。何故よりにもよって今、こんな状態にならなければいけないのだ。
 とうとう走れなくなったカナスは、なんとかより多くの武器が隠されている場所で足を止める。男たちはまた数を増やし、カナスを見下す。
「追いかけっこはここで終わりか? 情けねえな」
 呼吸の荒いカナスに対し、男たちはいたって平然としている。体力の違いだ、体の弱いカナスとの差が歴然であった。それに悔しさを覚えたが、仕方がなかった。今まで思うように運動することが出来なかったのだから。
「……銃は何人持っている? 全員じゃないだろう、見たらわかる」
「そう余裕持っていられるのも今のうちだ。確かに全員は持っていないがな」
 カナスはまた拳銃のハンマーを上げる。深く息を吸って、それをぐっと止めた。相手を鋭い眼光で睨む。
「…………」
 そして銃口を男たちに向け、撃った。カナスが発砲するより少し早く男が撃ったが、今度はかすめもせず、カナスとは大きく外れたところにあたった。一方、カナスの弾丸は男の銃に命中し、男は思わず銃を落とした。
「横暴な口の割には随分残念な腕前だな。大物を気取るのに、意外に下手だな」
「……フン。お前は逆にわざと銃に当てたな。分かったぞ、お前、殺す気がないな」
 男は戸惑いながらも、カナスの考えを言い当てた。しまった、勘付かれてしまった。銃の扱いは素人でも、本来はそれなりの実力者ではあるようだ。だがそれでも平然を装いながら
「まだお前らを殺せない。俺は犯罪者のレッテルまで貼られるのは御免だからな。ただお前らの手が俺の喉まで届くところに来てみろ、俺はこの銃の引き金を引く」
 噴き出す汗までは隠せないながら、それなりの啖呵を切った。
「なるほどな。じゃあ俺たちが本気でお前を襲えば、お前はやり返すつもりだと。面白い」
 男は面白がったように大声で笑う。しかし、その笑い声は急に止まる。そして凄まじい形相を見せ
「――やれるものならやってみろ!」
 怒号と共に何かが飛んでくる。それは男が持っていた銃剣だった。それはカナスの右脇腹に直撃し、思わず体勢を崩す。倒れかける瞬間に男が追撃を仕掛けるために走ってきて、その大きな握り拳を振り上げたが、咄嗟にカナスが引き金を引きそれが右肩に直撃した為防がれた。
 カナスの右脇腹からも血が出る。成程、銃ではないが奴は飛び道具を得意としていたらしい。簡単に言えば投げの技だ。予想が出来なかったし、スピードも凄い。しまった、追い詰められた。
 カナスが計算していた警察の到着時刻は既に過ぎ、出血した右脇腹を抱えながら男に構わず銃口を向ける。しかし、焦点が定まらない。出血が体に響き、心拍数がまた上がり、とうとう本格的な発作となってきたのだ。銃を持つ右手が震え、止まらない。
「ハッ、口ばかり達者な愚図だ。お前のやり口はすごいが、実力が伴ってない。残念だったな。お前は結局、不必要な人間なんだよ!」
 男が殴りかかる。今度も発砲したが、手が震え外し、男の拳が腹部へ命中した。
「――っ!」
 突き飛ばされたカナスは壁に激突し、また痛みに喘ぐ。勢いで銃から手を離してしまう。もうカナスに成す術はない。
「…………」
 何で警察が来ない、くそ、こんなはずじゃなかったはずだ。今ここで死ぬわけには行けないのに、完全に手詰まりじゃないか。心の中で悪態をつく。動くに動けない、胸の痛みが苦しくて、動けない。
「ここまで一人で耐えたことは褒めてやる、じゃあさようならだ、屑」
 男の銃がカナスの頭に向ける。カナスはそれをもう睨むことしか出来ない。今死ぬわけにはいかないのに、こんなところで死にたくないのに、動けない。嗚呼、どうしてうまくいかないんだ。こんなじゃ、何も手にしていないのに。カナスは、悔しさにも身を震わせた。自分の詰めが甘かったせいだとは分かっているけれど、でも、こんな風には死にたくない。じゃあどうすればと、カナスが一瞬「誰か」と思った瞬間だった。
「いやあいやあ随分派手に暴れたもんだなあ。折角この間私が綺麗にしたのに」
 廊下の奥から、聞き覚えのある若い声がした。そしてはっきりを姿を現すと、男たちは彼女を見る。
「誰だ、てめえ」
 男は戸惑いながらも、脅すような声で彼女に言う。しかし彼女はそんなこと全く気にも留めず、さらりと返す。
「見てわかんだろ、メイドだよ」
 そしてへらへらした笑顔を見せた後
「その汚い手下ろせよ――クソムシが」
 と、一瞬で顔色を変え、眼光を光らせたのであった。



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