面会の日






 その日はそれ以降特に変わったことはなく幕を閉じた。働きに来てたった二日でこの屋敷で異様な存在感を示したフウロ・ヲーリオンはその翌日も翌々日も自分流のやり方でこの屋敷に奉公を続けていた。二日目の午前に見せたどこか冷めたフウロはしばらく影を潜め、最初に見せた好戦的な目付きで、子どもに懐かれそうな無邪気さでリドたちに接し、カナスへの態度も相変わらずであった。
 生意気で自分勝手、上から目線でかつ、優秀。カナスは彼女への疑念を取り払えず、何度かカマをかけてみたが、彼女には上手いようにかわされ、結局彼女が最初に語ったマニスカ出身で銃器の扱いに心得があること程度しか分からなかった。
 それにもう一つ疑問があった。彼女は誰にもその大きな帽子を外しているところを見せたことがなかったのだ。帽子を見る限り何か別の物でも入っていそうだが、それを外さないし、一回外せと言ってみたら実に自然に無視された。フウロの謎は深まる一方だった。
 それでも破天荒メイドフウロの働きは素晴らしい物で、彼女の前任であるシルヴィアと同じくらいの働きを見せていた。一応二週間の設定をした研修期間は気が付けばどんどん過ぎ去ってゆき、残り四日となっていった。そろそろ彼女を正式に雇うか悩む頃であるが、出自を明かさないフウロを雇っていいのか、しかし、非常に優秀であるという感情を天秤にかけなくてはいけなかった。気が付けばフウロに弟たちは懐いているし、使用人も彼女をよく頼るようになっていた。しかしこの家の(代理ではあるが)主人であるカナスは、謎の多いフウロに対する不安感を拭い去ることはできない。
 そうしているうちに、十四日――アーベンジ家との面会の日を迎えていた。

 面会を行うに当たり、カナスはアーベンジ家のことを調べていた。そこで分かったのは、アーベンジ家には他の暗殺事件に関与している可能性があることだった。最近ある二つの貴族の後継ぎ、側近が毒殺された。それにどうも、アーベンジ家が関わっているらしいのだ。そのような疑いをかけられている理由は、アーベンジ家の使いが家に訪問した後に特定の人物が亡くなったからだ。
 疑われるのも当然。それにカナスは未だ自分との面会に払拭できない不信感を抱えており、このことを知って更に不信感が強まった。警戒しておいても問題はなさそうだ。
 カナスは面会部屋や廊下などにいくつもの銃と弾丸を隠し、カナスが座る椅子の下にも弾入りの銃を仕込んでおいた。いざという時のために、テオボルトに危険があったらすぐリドたちと使用人全員を射撃場に避難させるよう指示し、あらかじめ鍵も渡しておいた。一応、それなりの準備は整った。
 屋敷の外でアーベンジ家主人ビサンスンの到着を待った。使用人たちも玄関ホールに並んで待っている。約束の時間は、実のところ既に過ぎていた。無礼だな、とは思いつつ、アーベンジ家はホルスタイン家よりも高い位の貴族である為、ある程度のことは目をつぶらなければならなかった。もとより、きちんとした面会が出来ればの話だが。
 ようやく坂道の向こうから大人数でやってくる集団が見えてくる。中心には大柄で顔に深い皺の入った男が立っていた。大きな扉の前までその集団が辿りつくと、その大柄な男が笑みを浮かべながらカナスに近づいてきた。
「申し訳ない。何せ山奥は初めてなもので、道に迷ってしまった。私がビサンスン・アーベンジだ」
「お構いなく。こちらも使いを出していなかったので。私がホルスタイン家長男、当主代理のカナスです。すぐに面会室へ案内します。こちらへ」
 敬語を使いつつも、カナスの顔にあまり表情はなかった。警戒しているのか、それとも遅れてきたことに対して苛立っているのか。少なくとも、確かにこの屋敷があるのは山奥であるが、この屋敷に向かう道は一本道で差して迷う道でもない。遅れた理由など本当は下らないだろう。
 玄関ホールで並んで待っていた使用人が一斉に頭を下げ、一応の歓迎をする。カナスは玄関ホールを抜け、ビサンスンとの他愛もない会話を繰り広げながら、面会室へと向かった。
「この部屋の飾りはなかなか良いものだな。誰の趣味で」
「この家に以前いたメイドがこの家の雰囲気を華やかにする為に集めてくれたものです。私も父もあまり装飾品のこだわりがないので、彼女がいなかったらこの家はひどく殺風景になってしまいましたよ」
「ほう、で、そのメイド、今は?」
「実家の母親が歩けなくなったということで、退職しました。もうずいぶん長いこと働いてくれました。感謝しています」
 そんな会話すら、カナスは何の感情も抱いていなかった。基本的にカナスはほかの貴族が嫌いで、理由は大抵太っているから、その理由は「なんだか偉そう」、だからである。父が比較的痩せており、使用人たちに偉そうな態度をとったりせず友好的に接している。その一方で父の仕事の付き添いでほかの貴族の邸宅に訪問した際に見た、太った当主が使用人にどうにでもなるミスを異様にまで厳しく責め立てている姿を見て、カナスはかなりの嫌悪感を持った。それ以降、そんな貴族の姿を見ることが嫌になった。
 面会室の扉を開ける。扉を開けると、テオボルトが頭を下げる。二人が部屋に入るのを見届けると、カナスの後についていき、カナスが椅子に座るとその横に立った。ビサンスンも椅子に座り、ビサンスンの側近と思われるやせ形の男も彼の隣に座り、面会の形を取った。
 側近はにこやかに片手に持った紙袋を差し出しながら
「では、このようなお屋敷にご招待いただき誠にありがとうございます。これはそのお礼として、どうぞお受け取りください。首都で人気の茶菓子で御座います」
 そう言った。紙袋はテオボルトに渡された。
「……ありがとうございます。これは後程、弟たちと食べようを思います」
 カナスは淡々と答え、テオボルトに茶を持ってくるよう指示した。テオボルトは頷き、紙袋を持ったまま別室へ向かう。
 カナスは目の前の二人の様子を見て、一息ついた後、
「では早速本題に入りましょう――と、言いたいところですが、ここで一つ、確認させていただきたいことがあります。よろしいでしょうか」
 と、二人が一瞬唖然としたのを確認しながら言った。
「確認、か。一向に構わん。言ってみるがいい」
「ありがとうございます。私が確認したいというのは一つだけです。すぐに終わります」
 カナスは深呼吸し、一回目をつぶり、そして開いた。その目つきは鋭く、その口から放たれた言葉もまた、鋭く棘のある言葉だった。
「貴様は誰だ」

「ビサンスン・アーベンジは小太りで背の低い、六十八歳の御老人だと聞いている。しかし今目の前に居る貴様は大柄で、多く見積もっても五十代後半と言ったところだろうか。せいぜい彼に雇われ、芝居を打つことになった代役なのだろうな」
「貴様――当主様に向かって何を言う!」
「そんなことすぐにわかる。まあせいぜい狙うは俺の首か、あるいはシルヴィアの首だったんだろう? 父が基本的に留守になるこの家では、俺の命一つ奪うだけでこの家の乗っ取りは容易だ。この家の第二子である次男のリドはまだ幼く、俺とは歳が離れている。だから養育と称して俺が死んだ時の当主代行となるリドから実権を奪い、ここの政治を行うことができる。しかしそれを許さないのは以前ここにいた最古参のメイドシルヴィアだ。勘の鋭い彼女の事だ、そういう事だってあっさり気付く。だから、先に彼女の殺害を目論んだ」
 カナスは一方的に淡々と語る。男の側近と思われる男が立ち上がり
「貴様、一体何様のつもりだ!」
 と叫ぶが
「よい。続けるがいい、青二才」
 ビサンスンとされる男は悠々としていた。しかしカナス自身も余裕のある表情をしていた。カナスは部屋から戻ってきたテオボルトに目線を移し
「彼女がとびきり茶菓子に弱いことを知っていたみたいだな。だからわざわざ首都で滅多に手に入らないとされる人気の茶菓子を持ってきたのだろう? そこにいらない物を仕込んでな。テオボルト、鑑定結果を見せてくれ」
 テオボルトに指示を出した。するとテオボルトは一枚の紙と封の開けられた茶菓子を持ってカナスの隣に立つ。カナスはそれらを受け取り紙を開くと、笑みを浮かべた。
「残念だったな、シルヴィアはもうここにはいない。それに、居たとしてもそんな罠に嵌るほど彼女は間抜けじゃなかった。俺たちはそんな彼女の警戒心の強さに鑑みて、彼女の真似をさせてもらったんだ」
「真似、だと?」
 カナスは受け取った紙を二人の方へ見せると、声を張り上げた。
「随分と、厄介な猛毒を仕込んだものだな。我が家では毒の試験薬をいくつも持っていてな。新しい料理人が来た時、客人から菓子を渡された時、失礼を承知で使っている。これもシルヴィアの提言から始まったことだ。お陰で誰も死なずに済んだ。少なくとも、これを一回使っただけで人が死ぬ――今まで同じ手順で何人も殺してきたんだろう?」
 紙には、毒の試験紙が張られた試験薬の結果表が張られていた。結果表には「毒あり」と、そして「危険」を示す色が浮き出ていた。
「それはそちら側の狂言では、カナス・ホルスタイン。この家で試験を行ったのなら、偽装することも可能だ」
「生憎こちらに居るテオボルトは毒の研究者、いわばエキスパートだ。実のところ、使用人にしておくのは勿体ないくらいの真髄だ。そんな彼がもし主人の命令により狂言を行ったのなら、それが判明したとき彼の若き日から積み上げてきた功績はすべてなかったことになってしまう。この国の決まりで犯罪の調査は徹底的に行われるのだから狂言などすぐにわかるし、テオボルトが功績を消す行為をいくら忠誠心があるからとて出来はしない。それが研究者というものだ」
 テオボルトの表情は、少し朗らかだった。研究者という身でありながら使用人となった彼の事情を察するカナスの言葉が、少し嬉しかったのかもしれない。一方で、先程まで悠々としていたビサンスンと名乗った男の顔は、徐々に歪んでくる。
「その程度の信頼なのか、貴様とその使用人は」
「これ程の信頼だ。今は彼がここの使用人統括をしている。研究者として、使用人として、精を尽くす彼を俺は生まれた時から知っている。彼が使用人として俺たちにしてくれたことも、彼が研究者として情熱を注いでいたことも知っている。彼が功績のために主人のための嘘が付けないことも知っている。だけど主人のために力を尽くしてくれることもだって知っている。だから俺はテオボルトを信じよう。俺が出した指示は、合言葉で毒の調査をしろというものだけなのだから」
 カナスの言う合言葉は「茶を持ってくるように」だ。つまり、部屋を出る理由付けをしたのである。そしてその間に目の前に居る男の身なりを疑う発言をして、時間を稼いだのだ。毒の試験ぐらい、短時間で済む。
 すると今まで無口だったテオボルトが、鋭い目つきで男たちを見る。懐からおもむろに、試験管を出していた。
「もしよろしいならば今目の前で試験をしてもかまいません。試験薬が本物であることを証明する事とて可能です。いかがなさいますか」
 ビサンスンと名乗った男の表情はどんどん険しくなり、憎悪のような目でカナスを見る。しかしカナスは淡々とそれを見つめており、厳しい目つきなど彼にとってどうでもいいことだった。
「もう一度問おう、貴様は誰だ。ビサンスンの回し物か、それとも、それすらも嘘か。俺は、同じ問いを二度繰り返すのは好きじゃない」
 すると、ビサンスンと名乗った男は立ち上がり、カナスを見下ろす。そして、怒号を上げた。
「へっ――ホルスタイン家の非国民長男は飛んだ名探偵だったな。お前の推理は全部あってるよ、俺はビサンスンに雇われた役者だ。お前らの使用人を殺しにきた」
「…………」
「だがもちろんこんなの予定のうちだ。お前が妙に鋭いことだって知っている。使えない病弱野郎なくせしてな。だから――」
 すると、代役の男は服の中から何かを取り出す。それは黒光りし、カナスの方へ向けられた。
「だったら今殺してやるよ。言っとくけどな、ここに来た奴らは全員雇われもんだ。アーベンジの使用人ですらないんだ。だからお前がここで死んだって、アーベンジ家は疑われない。お前の推理なんて意味がなかったんだよ、バカ野郎」
 それは銃だった。最新式の、殺傷能力の高い物だった。しかし、そんなことにカナスは動じなかった。動じるどころか、カナスは椅子の後ろに手を持っていき、あるものを握りしめる。そして、空いている左手で指さす。
「ほう、じゃあ俺がここで死んだら、今録音された音声はどうなるんだろうな。ほら、天井に仕掛けてある」
 男が驚き一瞬カナスから目線を外し、天井を見上げた。だがその瞬間に銃声が響き、男の頭をギリギリでかすめた。
「……!」
「やられるわけにはいかないんだよ、こっちはこっちでな」
 カナスの右手にも、銃が握られていた。これもまた最新式の殺傷能力の高い銃だった。カナスの頬には冷や汗が流れている。
「警告だ。出て行け。そうしたら俺は何も危害は加えないし、警察に言ったりもしない。だから今のうちに出て行け」
「……フン。馬鹿げたことを。それで逃げるとでも?」
「…………」
 黙り込むカナスに男は笑う。彼の意図が、読めたらしい。
「成程な。良いだろう、お前の口に乗ってやる」
 すると男は踵を返し部屋を立ち去る。カナスは銃を下ろし、小声で
「テオボルト」
 と、声をかける。
「なんでしょう」
「鍵を渡す。そして使用人全員を射撃場へ連れて行け。もちろんお前もだ」
「しかし……、カナス様」
「俺は大丈夫だ。一応方法も考えている。喧嘩を売ってしまったんだ、ちゃんとやる」
「…………」
 テオボルトに無理矢理鍵を渡し、背中を押して部屋から出した。カナスは部屋に隠してあった弾丸や銃を一通り取り出し、それを使用しやすい様ベルトにはめた。
 カナスは、最初からこの手段を取らなければならないことに気がついていた。そして態勢を整えるため、そして敢えて事を大きくして事態を知らしめるため、このような状態に導いたのである。その考えを面白がった代役の男はそれに乗ったが、最初からカナスの作戦通りであったことに気が付いていると言われれば、それはきっとないのであろう。まさか最初からこんな状況にしようとは考えていない筈だと、考えが先行する。
 カナスは電話のある仕事部屋まで駆けあがろうとするも、緊張から心拍数が上がりうまく走ることが出来ない。それでも何とか階段を上るが、足がどんどん重くなる。窓から外の様子を見てみると、男たちが武装しているのが分かった。急がなければと思っても、それを息切れが邪魔をする。急げ、急げと自分をせかすが、足が重い。
 ともかく電話をかけて警察に連絡し、明らかに向こうが危害を加えたという証拠を持たないといけない。アーベンジ家の暗殺事件をここで終わらせないといけない。その為にこんな危険な真似をしているのだ。その為に今走っているのに。
 何で自分はこんな体なのだと憎む。こんな心臓抉りだしてしまいたかった。そんなことを思いながら、息を切らしながらようやく仕事部屋へ辿りつく。ダイヤルを回し、息を切らしながら受話器を取って、呼び鈴を耳の中で響かせる。
 そうして警察に連絡して、再び階段を下る。その時大きな銃声が聞こえた。本格的に戦うことになる事を悟る。この家はたちまち戦場と化したのだ。
「実戦で銃使うの、これが初めてなんだよなあ……」
 カナスは気を紛らわせようと、そう呟いた。



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