魔王×勇者
「……魔王」
渇望していた相手を目の前にしたとき、無意識に口端が上がった。
会いたかった。
嗚呼、ここまで来るのにどれどけかかった?
いろいろあったが、今日、ここで、やっと、この旅を終わらせることができるのだ。うれしくて堪らない。
──早く殺して、楽になりたい。
にやり、口元が緩んだ。
剣を握る手に力が入る。ジリ、と足元の砂利が音を立てた。
「……ふん、貴様が今代の勇者か。随分と血気盛んだな」
そんなに我とやり合うのが楽しみなのか?
魔王はそう言って、玉座から立ち上がった。
ざわり、魔王の周りの空気が揺れる。魔力を込めたのだろう、プレッシャーが伝わってくる。
どうやらあちらもやる気のようだ。
魔王が赤い魔力を纏う。火属性の術が来るだろうと予想し、こちらは水属性の魔力を剣に纏わせた。
俺が扱える属性は水と風、それから光。先代の勇者は全属性を扱えたようだが、俺は出来損ないらしく、半分しか操ることができない。
魔王は闇属性をメインとして全属性を扱えると聞いた。火と土と闇なら相殺できるだろうが、同じ属性が来たらどちらの魔力が上回っているか……競り勝てるか否か。
魔王から魔術が放たれる。
予想通り火属性の魔術で、複数の炎の塊がこちらに飛んできた。
それを剣を振るって打ち消し、反撃とばかりに水で一線を描く。
水刀、所謂ウォーターカッターは、金属をも容易に切断できるほどに水を圧縮したものだ。
しかし俺の水刀は魔王に届く直前、魔王によって展開された土壁に埋もれた。
やはり不利属性は高密度に魔力を練っても歯が立たないか。
……魔王相手なら、そうだろうな。
まあまだ試したことのない魔術もあるし、存分に味わってもらおう。
そう思い、俺は新たな魔術を展開した。
「っ、はあ、はあ、」
どのくらい経っただろうか、息が上がってきた。反して魔王は涼しい顔でこちらを見ている。
……魔王の魔力は、果たしてあとどのくらいあるのだろう。
息を整え、未だ底を見せない魔王を睨む。
次は何が来るか。様子を伺っていると、今までとは雰囲気が一変した。
バチッ、と黒い魔力が弾ける。
──闇属性、だ。
その禍々しい様子に、思わず唾を飲んだ。
闇を相殺するために光属性の魔術を展開しようとして、気がついた。
──あれは闇だけじゃない……まさか、三属性混合魔術か!?
しかも攻撃力の高い火とそれを補助する風が混ざり合っている。
汗が頬を伝った。
一体、何をする気なのだ。
魔力が増大していき、一点──魔王の手に集約した。
黒炎龍。
魔王がそう呟いた瞬間、赤黒い火炎がものすごい勢いでこちらに向かってきた。
回避を試みたが避けきれず、左腕の服が焼けた。そこから覗く肌は爛れている。
「ッ、ぐ……」
ただの火傷ではなかった。
光属性と水属性で治癒を施してみるが、ひりひりと肌を突き焼くような感覚が残る。
よく見れば、火傷の他に風属性によるものだと思われる細かい切り傷ができており、闇の魔力がその傷口から侵食を始めていた。
これはまずい。
治癒魔術を展開しようとして、魔王に邪魔された。
じわじわと痛みが強くなっていく。しかし、痛いと言う感覚はあるのに、手が痺れて力が入らない。
「くそ、」
これは長期戦になったら不利だ。
右手で剣を握り直す。
ちらり、魔王を見ると、新たな魔術を組み上げていた。
ぐずぐずしている暇はないようだ。まだ早いと思ったが、やるしかないだろう。
今までで一番丁寧に、濃厚に、綿密に、魔力を編んだ。
──水と光の混合魔術。俺が唯一使える、混合魔術だ。
これは浄化魔術の一種で、俺が使える中で最も魔族に有効な魔術である。
これでケリをつけてやる。
構築し終えた魔術を剣に絡ませ、魔王に向かって地を蹴った。
──ガキィィィィン……!!
剣が魔王の玉座に突き刺さる。
目の前の相手は信じられない、とでも言いたげな表情でこちらを見た。
「──あは、は、はぁ……はッ、ふふ、」
腹には穴が開いている。ぼたぼたと赤が溢れ落ちて足元に水溜りを作った。
ああ、やっと──。
うれしくて笑みが浮かんだ。
ごふ、と口から溢れた液体が靴を汚す。
ずるり。傾いた身体が、血溜まりの中に落ちた。
「……どういう、ことだ」
この場に一人立ち尽くしている魔王が、倒れた勇者を見下ろして呟いた。
こいつは今までの勇者とは異なり、単騎で城に特攻を仕掛けてきた。そして城内の部下達には目もくれず、一気に魔王の間に辿り着いたのだ。
勇者を目の前にした時、なんて闘志の強いやつだろうと思った。
密度の高い魔術は、有利属性でないと打ち消せないほどで、魔力の扱いも上手かった。
正直、何度かひやりとした場面があったほどだ。
今までの勇者同様、こいつが全属性を扱えていたのなら勝敗はわからなかった──いや、もしかしたら負けていたかもしれない。
殺意高らかに向けられた剣先は、しかし我の胸に届く寸前に軌道が変わり、後ろの玉座に突き刺さった。密着するような体勢になったために、我の魔術は腕もろとも勇者の腹を貫いて。
驚いて見下ろした勇者の顔は、殺意なんて最初からなかったかのように心の底から嬉しそうに笑っていた。
──溢れた赤がこんなにも綺麗に映えるのは、勇者の肌が青白いからだろうか。
笑い声にも似た呼吸が、鼓膜を揺らした。
気付いたときには勇者の膝から力が抜け、その腹から腕が抜けた。
ぐしゃり。崩れるように倒れた勇者の表情は穏やかだった。
「……どういう、ことだ……?」
再び呟かれた言葉に、返事はなかった。
──これは魔王と、死にたがり勇者のお話。
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