吾木香 - 加筆修正ver. | ナノ

木香(加筆修正ver.)

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 最近は忙しく、あの人の元に持って行かなければならない書類はすべて後回しにしていた。が、そろそろやばい。いくらあの人が俺に甘いからって、こうも甘えすぎるのは俺の質じゃねえ。

 ふう、と一息入れ、必要な書類を手に取り立ち上がった。


    ◇ ◇ ◇


 ノックをしてそのまま部屋に入ると、驚いた顔が目に入った。

「やあ、これはまた随分と久しぶりだね。忙しかったのかい?」
「……あんたに言われたくない。まったく、誰のせいだと思ってんだよ」
「あはは、そう言わないでくれ。私もあの子には手を焼いているんだ」

 そう言いながらこの部屋の主――理事長は椅子を引き、俺に向かって手招きをする。俺は呆れながらも、それに応えるように理事長の方へ向かった。

「ああ、本当に久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「あー、……」

 言葉に詰まった。倒れはしないものの、ここ数日は特に忙しくて寝不足が続いており、食事もままならない状況だ。
 どう返そうかと悩んでいると、顎に手をかけられ顔を上げさせられた。
 ばちり、と理事長と目が合う。

「顔色が良くない。それと、痩せたね?」
「……」
「まったく、しょうがない子だ……」

 理事長は言いながら俺の手を引き、自らの膝に座るよう誘導した。俺はされるがままにそこに腰を下ろす。
 さらり。理事長の手が俺の頭を撫でた。

「頑張るのはいいけど、無理はしちゃだめだよ。体を壊したら元も子もないからね」
「んなの、わかってる」
「そうかい? なら、今日はもう休みなさい」
「でもまだ仕事が残って、」
「ーー千畝」

 ぞくり。耳元で名前を呼ばれて思わず体が固まった。

「私はお前が心配だ。これ以上、私を不安にさせてくれるな」

 ぎゅう、といつの間にか腰にまわされていた腕に力が込められ、そのまま抱き込まれた。

「っ、わるい……」
「分かったのなら、このまま大人しくしていなさい」
「……ん」

 理事長の頭が肩に乗り、首に触れる髪の毛がくすぐったい。俺は知らないうちに入れてた力を抜き、自分も腕をまわした。


    ◇ ◇ ◇


 すうすうと寝息が聞こえ、肩に乗っている顔を覗く。

「ようやく寝たか…」

 千畝の顔を覗き込んで目元にできた隈を指でなぞる。白い肌にくっきりと浮かび上がるそれに、今まで全く気づかなかった自分に腹が立った。
 甥が来てから、なんとなく学園の雰囲気が変わったのには気がついていたが、それ以外は特に変わったことはなかったように思える。教員や自分に届く書類に不備はなかったし、会議も普段通りに執り行われていた。

 千畝は、高慢だ、傲っていると言われているが、水面下ではかなりの努力をしていることを私は知っている。
 この子は努力している姿を人に見せたがらないのだ。
 子どもと言えど、それなりの地位や権力、そして実力を兼ね揃えてしまったがために、ひとりで何でもこなし、抱えてしまう生徒会長。
 校内で唯一張り合える風紀委員長とは家同士はもちろん、本人たちも犬猿もただならずの仲。まさに、孤高の存在、だ。

 それでも、と思う。せめて、恋人である自分には弱いところを見せてほしい。手を伸ばして、頼ってほしい。
 だが、そう思うものの、努力している姿を知っているから、安易に声をかけるのが憚られてしまっている。

――甘えてほしい。しかし、努力している姿も愛おしい。

 自分の矛盾した思いに苦笑を漏らしながら、もたれてくる額にキスを落とした。



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