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 俺への恋慕と、ストーカー行為と言っても過言でもない行動を暴露した樋口は、一通り話し終えたのか口を噤んだ。

 対して俺は、思っていたよりも大きい感情を持たれていたことに戸惑っている。

「えっと……つまり、何が言いたいかっていうと……先輩がいつも、何事にも真摯に取り組んでいることを知っています」

 真剣な目が、俺の目を離さない。

「──だから、ちょっとくらい、休憩してもいいんじゃないですか?」

 休憩、という言葉に、少し惹かれた。

「……だが、まだやるべきことが残っている」

 机の上には、未処理の書類が束になっていた。直視したくなくて、ちらりと見ただけで視線を樋口に戻す。
 どこか苦しそうな表情の樋口は、ぐっと眉間にしわを寄せた。

「今も十分、他の役員の仕事を肩代わりしているじゃないですか。なんで、そこまでやるんですか」
「俺が、責任者だから」
「──ッ、だからって、体調を崩してまでやって……もし先輩が倒れたらどうするんですか」
「それは俺の、自己管理がなってないからだろう。責任が伴う仕事を任されている以上、俺は手を抜くことはしない」
「……っ」

 うまい言葉が出てこないのだろう、樋口が言葉を詰まらせた。
 卑怯な言い方だったのは自覚している。でも、俺も譲れないのだ。

 束の間、生徒会室に静寂が訪れる。
 ……樋口が黙ってしまうと、生徒会室はこんなにも森閑としてしまうのか。
 困らせたのは俺なのに、少し寂しく感じた。

 樋口は何か言いかけては唇を噛み、視線を漂わせている。
 俺のことを気にかけてくれていることがわかるから邪険にもできず、静黙が続く。

 しばらくして、樋口が眉尻を下げた泣きそうな顔で口を開いた。

「それでも……手を抜くことと、手を借りることは、違うじゃないですか……」
「……樋口」

 窘めるように名前を呼べば、俯いていた樋口が、ぱっと顔を上げた。

「でも……そこまで言うなら、わかりました。仕事をしている先輩も大好きなので、ここは俺が折れます」

 詰まっていた息を、やっと吐けた。

「なら、期限の近いものから片付けていこう」

 折れてくれなかったらどうしようかと思った。
 俺は一安心して樋口を見た。すると、樋口の何か決意したような視線が俺を射抜く。

「先輩」

 立ち上がりかけていた俺は、樋口に腕を引かれてソファーに戻った。

「その前に……最後に一個だけ、いいですか」

 樋口はそう言うと、ソファーに片足を乗せて体ごとこちらを向いた。

「なんだ?」
「すぐに終わるんで」

 樋口がにこりと笑って、俺のほうに両手を伸ばしてくる。
 何をするのだろうと見ていれば、手が俺の頬に添えられた。

「リフレッシュしてから仕事しましょう。きっと効率上がりますよ」

 つい、と樋口の親指が目の下を撫でる。

 ……こいつの手、あったけえな。

「ほんとは蒸しタオルとかがあるといいんですけどね」

 そう言って、樋口がマッサージを始めた。
 眉下のくぼみを、目頭から目尻に向かって押される。目頭のあたりを押されるのが一等気持ちいい。

「そのまま目を瞑って、ゆっくり深呼吸していてください」

 言われたままに緩やかに呼吸していれば、わずかに押されてそのままソファーの背もたれに体を預ける体勢になった。
 続いて、鼻の付け根から頬骨の上を通って緩やかに指圧される。しばらく目の周りを中心に揉まれた。
 頭を背もたれに乗せれば、樋口の指が俺の頭を包むように、こめかみから耳の後ろあたりにかけて添えられた。小さく円を描くように、こめかみと頭皮を揉まれる。

 顔と頭の筋肉がほぐされ、頭痛が少し和らいだ気がする。

「先輩、ちょっと失礼します」

 そう言われて声のほうを見れば、視線に気づいた樋口がにこっと笑った。
 樋口の手が俺のネクタイにかかり、しゅる、と取られる。ワイシャツのボタンも上から3つほど外された。

 俺の左耳の下から首筋に沿って肩先までを、樋口の手がゆっくり摩る。数回同じ動作を繰り返した後、右側も同様に樋口の手が辿った。
 次いで手のひらで、鎖骨の上を外側から内側に向かってなぞり、鎖骨の下を通って脇の下までをさすられる。
 胸元を手のひらで押すように揉まれるのも気持ちが良かった。

「……ん、」

 脇の下を軽く押されたとき、くすぐったくて声が漏れた。

「先輩、肩の力、抜いてください」
「っ、ああ」

 知らないうちに力んでいたようだ。
 樋口にそう言われ、ソファーに座りなおして背もたれに体を預けた。

 マッサージをされる前よりも体が軽くなった気がする。

「あともうちょっと……肩まわり、やりますね」

 首の付け根に手が添えられ、そこから肩先までゆっくりと揉まれる。
 樋口の手が温かいせいか血行が良くなったせいか、体がぽかぽかしてきた。

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