祝!サイト開設10周年 | ナノ


▼ 8

 風呂掃除を終え、濡れた服を着替えてリビングに戻った。
 風呂が沸くまで30分くらいか、と時計を見る。夕飯を食べ終えたら入れるだろうか。
 樋口はまだ戻ってない。何をしているのだろう。そういえば、連絡先を交換していなかったな。

 戻ってきたら聞けばいいか、と置きっぱなしになっていた鞄を開く。書類は樋口に取り上げられてしまったから、中は勉強道具しか入っていない。
 教科書とノートを取り出して、ローテーブルに置く。個室から明日の授業で使うものを持ってきて入れ替えた。
 生徒会の仕事には目処がついたし、明日は内職せずにちゃんと授業を受けられそうだ。

「お待たせしました!」

 玄関のロックが解除された音とともに、声が聞こえた。
 リビングに顔を出した樋口は、スウェットに着替えたようだ。その両手には手提げを掲げている。
 テーブルの上を片付け、樋口のほうへ行く。

「とりあえずこっちに置きますね」

 樋口はそう言って、手提げから取り出したタッパーを台所のカウンターに並べた。いくつあるんだってくらい手提げから容器が出てくる。

「ご飯はあるって言ってましたけど、どうせレンチンするなら、こっちでもいいかなって」

 最後に出てきたのは中身が白いタッパー。

「朝炊いたご飯が残ってたので、これも温めて食べましょう」


   ◆ ◇ ◆


 レンジ可の容器は便利だ。

 ご飯をタッパーごと電子レンジで温める。それを待つ間に、先輩が用意してくれた皿にサラダを取り分けた。
 ピッピッピ、と音が鳴った電子レンジからタッパーを取り出し、おかずの容器と入れ替えた。横に置かれた茶碗に半分ほど白米をよそって、先輩を振り返る。

「先輩、ご飯どのくらい食べられます?」

 俺の手元を覗いた先輩が普通に盛ってくれ、と言ったので軽く山になるようにご飯を追加した。
 容器にはまだ3分の2ほどが残っている。俺が食べる分はこのままでいいか。

「お椀もありますか?」
「お椀? 味噌汁もあるのか?」
「あ、それさすがに持って来ませんでした。こぼしそうだったので」

 今朝作った味噌汁は同室に処理するように言ってきた。加熱処理するのを忘れていたから、明日まで残しておきたくない。暖かくなってきたこの時期は、放置すると怖いのだ。

 代わりにこれを、とタッパーを開ける。

「……煮物か?」
「小煮物です。煮物っぽいですけど、一応汁物です」

 こにもん、と復唱しながら先輩が椀を出した。それを受け取って盛り付ける。

「これは温めないのか?」

 手渡した椀が冷たいのを疑問に思った先輩がそう尋ねてきた。

「……あ。温かいのがよければ、温めてください」

 家だと冷めたまま食べるから失念していた。煮物っぽいやつを冷たいまま食べるなんて慣れてないと驚くよな。
 これ一応このままでもイケますよ、と言えば先輩は訝しがりながらもそのままリビングに持って行った。

 素直か。かわいい。

 再び電子音がした。容器の底を触って温まったのを確認する。うん、いい感じだ。
 蓋を開けると卵とチーズのいい匂いがした。

「お、うまそう。何?」

 戻ってきた先輩が再び俺の手元を覗いた。

「鶏胸肉のピカタです。これも分けましょうか? このまま箸でつつきます?」
「んー、任せる」

 洗い物が増えるしそのままでいいかもな、と先輩が呟いたのが聞こえたのでこのままローテーブルに運んだ。リビングと台所を往復して料理を並べていく。
 振り返ると、先輩が食器棚から箸を出していた。

「ん。これ使って」

 渡されたのは持つ側が橙色の木製の箸。先輩が持っている青色の箸と色違いだ。
 先輩はぐるりとテーブルを回ると、俺の向かいに座った。

「全部持ってきたか?」
「はい。揃いました」

 じゃあ、と言った先輩に合わせて俺も合掌する。

「いただきます」

 先輩が最初にサラダの小鉢を手に取った。

「それにしても……改めて見るとすごいな。これ全部作ったのか?」

 問われてテーブルに並んだ料理を見る。小松菜のおひたし、人参とツナの塩サラダ、根菜を中心とした小煮物、鶏胸肉のピカタ。

「はい! でも電子レンジとか使ってるので、そんなに時間かかってないんですよ」

 ピカタとサラダは今朝、小煮物は昨日作ったもの。あと彩りが少なかったから、さっき小松菜茹でてきました、と答えれば、手際がいいと褒められた。
 サラダは人参の千切りをレンチンして塩を振り、ツナと混ぜただけのシンプルなものだ。いい感じに塩味が効いて美味しい。
 小松菜のおひたしは醤油と鰹節でもいいし、そこにマヨネーズを付けたりしてもいける。かけただけでご飯のお供になるマヨネーズ、最強では。

「この、こにもん? うまいな」
「本当ですか!? これ、俺も好きで、祖母にレシピを教えてもらったんです」

 俺は堪らず小さくガッツポーズをした。
 正月や盆に祖母の家に行くと出されるこの小煮物は、季節ごとに入っている野菜が若干異なる。旬の野菜を入れるためか、毎回おかわりするほどおいしい。

 この味がいつでも食べたくて、寮に入る前に祖母から教わった。そしてほぼ再現できるようになったのがつい最近だったから、うまいと言われたのが嬉しい。

「祖母?」
「郷土料理なんです。汁物ですけどおかずにもなって、野菜もいっぱい取れるのがいいですよね」
「だな」

 先輩は噛み締めるように、ゆっくりと料理を口に運んでいる。
 昼食のときも思ったが、やっぱり先輩は所作がきれいだ。
 匂いにつられてお腹がすいた、と言っていたのにがっつかない。一口ひとくち、しっかり噛んでから飲み込んでいる。
 口いっぱいに食べている俺とは正反対だな。

 それに、なんか姿勢がいい。俺なんて床にあぐらを掻いて座っているのに、先輩はちゃんと正座している。

 ……あれ、俺はカーペットの上なのに、先輩はフローリングだ。

「先輩、そこだと足痛くないですか?」
「ん?」

 もぐもぐしながら首を傾げるの可愛すぎないか──じゃなくて。

「すみません、気づかなくて。俺、床で大丈夫なんで」
「ああ、いいよ。慣れているし。それに、客人のお前を地べたに座らせられないって」

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