突然ですが異世界に連れてこられました | ナノ


▼ 魔法

 ……こんな風に笑うんだな、この人も。おもしろくてつい声が漏れた、というように。
 意外な気がしたけど、部下の人たちに慕われている様子だったし、案外こっちが本来の性質なのかもしれない。
 そう考えると、やはり先程までのあの高圧的な態度は、敵に対するものだったのだろう。
 ──話を聞いてくれるだけでなく、こうして笑顔が見られるのは、俺を懐に入れてくれたってことで、いいのかな。
「……団長。俺の訓練の前に、団長の魔法を見せてもらえませんか」
 きっと今のこの人なら、俺の頼みを無下にはしないだろう。
「見たいなら見せてやろう。貴様の世界にはなかったのだろう? 気になるのも分かる」
 まるで、俺がそう思ってるのが分かっていたような口ぶりだ。
 そんなに顔に出てたか……? あ、もしかして、無意識に目を輝かせていたとか……うん、あり得るな。
「簡単なものなら、ここで見せようか」
「えっ」
「ほら、」
 そう言うと、団長は片手を軽く振った。すると人差し指の先に小さく火がついた。
 例えるなら、ライターの火みたいな感じ。
 たったそれだけなのに、目が指先の炎に釘付けとなった。
「すげぇ…」
 魔法だ。まごうことなき、魔法。
「これは初歩中の初歩、魔法を学び始めた子どもが最初に習得するような魔法だ。そんなに食い入るように見るものでもないだろう」
 いや、そんなことはない。だって魔法だぞ。ファンタジーの世界にしか存在しなかったものが、目の前で展開されてるんだ。
「慣れてくれば、呪文を唱えずとも使えるようになる。が、高等魔法ともなればそれなりの詠唱が必要になる」
 高等魔法……ということは、魔法は難易度がランク分けされてるってことかな。
「じゃあ、俺たちがここに連れてこられたときの、足元にあったあの円は何ですか?」
「ああ、召喚陣だな。召喚は不安定だから、あれは魔法の補助に使ったのだろう。魔法を安定させるために用いることが多い」
「普段は陣は使わないってことですか?」
「魔法による。魔法ごとに陣が決められているものもある。もっとも、大規模魔法でもない限り、陣を使うことなどあるまい」
 簡単なのは呪文なしで、難しいのは詠唱ありで、規模が大きい魔法には陣がいる、と。
 そもそも、魔力を魔法にする感覚がわからないけど。
「あの、魔法って、どうやればできますか?」
 なんともアバウトな質問になってしまった。
 魔力があるらしい、というだけで使えるとは決まってないけど、可能性があるなら使ってみたいじゃないか。
「ふむ、まずは魔力操作に慣れなければな。大なり小なり、魔法を行使するには魔力の扱いが大切だ」
「俺、魔力があるかどうかすら自分では分からないんですけど、それでも魔法を使えるようになれますか?」
 魔法は使ってみたいけど、魔力操作以前に、魔力の存在を感じられない。
「訓練して慣れる他ないな。だが、貴様の場合は魔力が感じ取りにくい。魔法を使うのに支障があるかもしれん。そこの解明もせねばな」
「魔力が感じ取りにくい、とは?」
「ああ。放出される魔力は火なら熱く、水なら冷たく感じる。魔力操作に慣れれば自然放出されている魔力も抑えられるが、ショウは制御しているわけではないのだろう?」
 こくりと頷く。
 制御できないはずだから流れ出てるはずで、でもそれが感じにくいってことか。
「なら、俺に魔力は本当にあるんですか?」
「感情の起伏に伴い、魔力も動く。何度かその動きを感じたのであるはずだが……無理やり蓋をしたような抑えられ方だ。抑制具を使っている感覚に近いが、こちらに来たばかりでそれはあるまい」
 話の流れからいうと、抑制具ってのは魔力の流れを抑えるものか?
 そう尋ねると肯定が返ってきた。
「大抵の制御具は貴金属で作られている。抑制魔法の呪文が掘られているからそれだけでも効果はあるが、石がはめ込まれているタイプはより強い効果を生む」
「…石? 」
「正確にいうと魔石だな。天然物と人工物があって、魔法を組み込んだり魔力のストックにも使える」
「貴金属と石の組み合わせって、高いんじゃないんですか?」
「ああ。石がなく、廉価な金属のものはあるが、性能は低い。だが、多くの貴族が抑制具には支援金を出していて、貴金属でも値段は抑えられている。魔力操作が苦手だが抑制具を買えないとなると、魔法の暴発を招く危険性があるからな」
「魔法の、爆発…!?」
 え、何それこわい。
「コントロールが苦手で保持魔力量の多い初心者が起こしやすい。呪文に込める魔力が少なすぎれば魔法は発動しないが、多すぎると魔法が暴走するのだ」
 うわぁ。魔力量がどのくらいあるか分からないけど、なんか俺やらかしそうだな…。
 魔力のコントロールなんてしたことないし。現に、コントロールできてなくて、魔力がよく分からないことになってるんだろうし。
 そんな不安な気持ちが顔に出ていたのか、俺を見て団長が苦笑を浮かべた。
「安心しろ。制御の仕方はこれから覚えていけばいい。もし何かあっても私が対処する」
 なんていうか団長、俺の表情よく見てるよなあ。思ってること全部読まれてんじゃないか…?
「まずは魔力がどんなものか理解することからだな」
 そうだ、問題はそれなのだ。
「さっき魔石の話をしたな? 魔力が込められた石はその属性色に染まる。魔力を石に貯めることができれば魔力の扱いもできるだろう」
「石に、魔力を溜める……」
 まずそこから始める、ってことか。いや石に溜めるって言われても、やり方はわかんないけど。
「魔力の流れなんてものは、最初はわからない。だから、石に力を溜めて、色の変化で視覚から把握していく。それがスタンダードなやり方だ。溜め方は訓練の時に教えてやる」
 魔力なんて普通は目に見えないものを扱うとなると習得までに時間がかかりそう…。
「魔力の流れ…」
 流れというからには、流れるんだよな…。そう思って手のひらを見てみるが、やはりわからない。
「魔力の流れは……そうだな、感覚で例えるならば、興奮して熱くなった、血の気が引いた、というのが近い、か?」
 血の流れを感じろ、みたいな…? いや無理だろ、それ。
「よく、分からないんですけど……」
「まあ最初は皆そうだ。それでもほとんどの人間が魔力操作を習得するから、きっとお前もできるようになる」
 そ、そうだな。この世界の人も最初からできるわけないよな。
 再び手元に視線を落として、手を握ったり開いたりしてみるが、やはりよくわからなかった。
 まあふつう魔力はわからないって言ってたもんな。でも、どうやったら使えるんだろう。使ってみたい。
 さっき団長は魔力を元にして火を灯したんだよな……魔力を、火に転換した? …あれか、ガス的な…。
 つまり、俺の場合は風属性らしいから……風は何に変換するイメージだ……?
「難しい顔をしたところで、すぐには分かるまい。訓練を始めてから覚えていけばいい。焦るな。それよりも、もう昼だ。腹は空いていないか? 食堂へ行くか……今朝のように、ここへ食事を運ばせてもいいが」
 ごはん……どうしよう。注文の仕方を教えてもらえる機会かもしれないけど…なんか、疲れたからここじゃだめかな。
「どうする?」
「あの…迷惑でなければここで食べたいです」
「ああ、構わない。食べたい物はあるか?」
「えっと…」
 しまった、何があるかわからないぞ!?
「何でもいいなら私と同じものにするが…」
「何でもいいです」
 何があるかわからないし、ここはお任せしておこう。
 食文化が違いうだろうから食べたこともないものが出てきたら怖いけど、朝のスープを見るにかけ離れた様子はない。だとしたら、だいたい食べられる、はず。
「空腹具合はどうだ? スープだけで事足りるくらいだ、少食なのか?」
「は、」
 しょ、少食だって? 確かにさっきはスープだけで済ましたけど! これでも育ち盛りの男子高校だぞ、あれで足りるわけないだろ!?
「ふつうに食べれますし、好き嫌いもありません!」
 ムキになって少し強く言ったら、団長が驚いた顔をした。
「そ、そうか……なら適当に頼むぞ」
 そう言って団長が部屋を出ていった。
 1人になると一気に冷静さが押し寄せてきた。
 あそこまでムキにならなくてもよかったかな、と思う。でもここに来てから見た騎士団の人たちは全員背が高くて、小さいの呼ばわりされたのもあって、ちょっとムカついたっていうか……俺だってそんなに小さくないし。周りがでかすぎるだけだし……!
「……絶対身長伸ばして、もう小さいなんて言わせない」
 伸び盛りの17歳ナメんなよ……。
 そう決心してソファに座り直し、そして数秒の間を置いて、俺は顔を覆った。
 もしかしなくても子供っぽいとか思われた、よな……? ムキになりすぎた……ああもう恥ずかしい。
 思わずうおあ、と声が漏れた。

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