突然ですが異世界に連れてこられました | ナノ


▼ 宿舎

「さて、僕はこのままショウくんを引き取ればいいのかな?」
「……いや、館内の案内をした後、今日は休ませる。そちらには明日向かわせよう」
「了解。じゃあ僕は戻るね。片付けないといけない仕事も残っているし」
 そう言うと副団長はまたね、と手を振って出て行った。
 案内? ここってそんなに広いのか。
 また2人きりになったと思ったが、不意に団長が立ち上がった。
「立て、ショウ。第2騎士団の宿舎の案内をする。魔法の話や、この国、この世界の話は徐々にジェフリーに教えてもらえ。神子様がどういう存在なのかもな」
「わかりました」
 さすがに一気に聞いても覚えきれないという配慮だろうか。
 団長に続いて部屋を出る。
 そういえばここは何階建てだ?
「ここから上は全て独身寮だ。部屋を用意したら案内しよう」
 そう言うとそのまま左のほうに進んで行った。
 ……用意したらってことは、まだ部屋がないのか。え、俺はどこで寝ればいいんだ……?
「ここがジェフリーの執務室だ。貴様はしばらくここで働くことになるだろう。事務を担当する人間は10人ほどいる。顔合わせは明日でいいだろう」
「はい」
 団長の部屋と似たような扉の前でそう言われた。
 間違えないようにしないと。階段を背にして左が団長の部屋、右が副団長の部屋、だな。
「この先は談話室と娯楽室だ。娯楽室にはチェスやビリヤード台などが置いてある。まああまり使う者はいないが……覗いていくか?」
「あ、はい」
 団長が言ったように娯楽室には誰もいなかったが、談話室には4,5人がなにやら談笑していた。
「あ、団長。お疲れ様です」
「ああ。お前たちは非番だったか」
「そうです。で、そいつが噂の小さいやつですね」
 噂って何だ。それよりも、小さいやつって何だ。
 俺は小さくない……と言いたいところだが、騎士団で出会う人間は全員、180センチを優に超える身長にごつい身体をしている。騎士、という仕事ゆえか。
「噂とは何だ?」
 団長も気になったらしい、騎士たちに聞き返した。
「団長が見ず知らずの子どもを連れてた、ってやつっすよ」
「まさかとは思いましたが、本当だったとは驚きました」
「そいつ、どうしたんです?」
 そう言いながら彼らはわらわらと近寄ってきた。
 さすがに囲まれると圧迫感がすごい。
「ああ、うちの団で引き取ることになった」
「……よろしくお願いします」
「今は宿舎の案内中だ。顔合わせは明日以降、全員集めて行う。とはいえ、こいつはジェフリーの下で働くことになっているから、お前たちと共に働くことはしばらくないだろう」
「えー、残念っすね。ごつくないのが来たと思ったのに」
 ごつくない……確かにそうだが、なんとなく男として負けた気がする。
 「ショウ、次行くぞ」
 遠い目をしていると、団長に呼ばれた。そちらを見ると、いつの間に移動したのか、団長は部屋の外に体半分出している。
「えっ、あ、はい!」
 部屋にいた騎士たちに軽くお辞儀をして団長を追う。
 どうやら階段を降るらしい。
 追いついたところで団長が口を開いた。
「気はいい連中だ、気負わず接してやれ」
「はい。いい人たちみたいで安心しました。あの人たちも貴族なんですか?」
 例えいい人たちだとしても、お偉いさんばかりだったら働きづらいなあ。
「第2騎士団は、第1騎士団とは違って平民も多い。強ければいい、それが第2騎士団だ」
 実力主義ってことか……てことは、戦えない俺はどうなる?
「……お前は何かと心配性だな。安心しろ、戦線には出さんが、その分しっかりと他で働いてもらう」
 顔に出ていたのだろう、団長がそんなことを言ってくれた。
「まあしかし、もし出てみたいのなら。お前は力があるみたいだから、訓練すれば使えるかもしれん」
 訓練したところで、平和な国で育った俺に戦えるのか、という話になるんだけど。とりあえず、戦えなくても居場所はあるってことで、ちょっと安心した。
「仕事、頑張ります」
「ああ。ここは第1騎士団ほど厳しいところでもないし、第3騎士団ほど転々とするわけでもない。働きやすいとは思うがな」
「第1騎士団……って厳しいんですか?」
「ふむ。第1は別名近衛騎士団と言って、その名の通り王族や要人の警護が仕事だ。言葉遣いはもちろん、所作も無礼のないようにしなければならない」
「うわぁ……」
 団長相手には丁寧語で済んでいるけど、あれだろ、謙譲語とか使わないといけないってことだろ……あの王への尊敬なんて皆無だし……。
「所属しているのもほとんどが貴族だ。礼儀作法は幼い頃から学んでいるし、身元もはっきりしている。あそこは強さよりも、作法が求められるからな」
 なるほど無理だ。この国の礼儀作法なんて知らないし、王族にいい印象もない。
「確かに厳しそうですね。じゃあ、第3騎士団が転々としてるっていうのは?」
「王都以外の国内全域で、治安維持や魔物退治が主な仕事だからだ。国内の拠点に散らばっているから、負傷者が出ると補充などで移動することもある」
「ふぅん……団によって仕事が違うんですね」
 階段を下りると次は食堂に案内された。
 まだ昼には早いので利用者はほとんどおらず閑散としている。
「広い……」
「第2騎士団はここで食事をする。部屋に簡易キッチンがついているから、自炊しようと思えばできないこともないが、そんな者はほとんどいない。いくつかのメニューと、日替わりメニューから食べたいものを選んで注文する」
 この広さの食堂ということは、第2騎士団は結構たくさん人がいるんだろうな。
「先程はスープだけだったから、何か食べていくか?」
 団長がカウンターを指差して問うてきた。
「いえ、大丈夫です」
 軽くではあるが、さっきので腹が膨れているから、今はいいや。
「そうか。食堂は常時開いているから好きなときに使え」
「はい」
 Uターンをして食堂を出る。
「階段を挟んだ反対側は会議室と救護室だ。明日、会議室で皆を集めてお前を紹介しよう」
「わかりました」
 紹介、か。どうなるのかな。神子召喚の噂もあるし、受け入れてもらえない、ってことはないだろうけど。
「軽く自己紹介くらいはしてもらう。異世界から来たということも、言いたければ言えばいいし、言いたくないことは言わずとも構わん。ただ、名は自分で言え」
「はい」
 でもたぶん。これは勘だけど。ここの人たちは、俺が異世界人だと知っても変わらず接してくれると思うんだ。
 だからきっと、大丈夫。
「……さて、一通り案内が終わってしまったな」
 そう言うと、団長は俺の顔を見た。
「外には厩舎や演習場もあるが、お前は当分使わないだろうからまたの機会で、だな」
 団長の手が俺の頬に触れ、親指が優しく下瞼を撫でた。
「ふむ。やはり昨日はあまり寝られなかったか?」
 ……初めてだ。この男にこんなに優しく触れられたのは。
 昨日から、痛みを伴った記憶しかない。だが、話をして、思いやりのある人だと印象が変わった。頭では分かっていたんだ。
 そして、今。触れられてやっと、心の中にストンと落ちた。ああ、なんて優しい人だ。
「そう、ですね……あまり、眠れませんでした」
 団長の手は大きく、温かい。
 その温かさに誘われて眠気がやってきた。無意識にあくびが出る。
 ……気を抜いたら寝てしまいそうだ。
「……すまないな。まだ部屋を用意できていないから、今日は私の部屋で休め。ソファでもベッドでも、好きなところで寝てくれ」
 戻るぞ。そう言って、団長は階段を上がっていった。
「俺は、このあとどうすればいいですか?」
 団長の後を追いながら尋ねた。
 まだ昼前で、休むには早い。
「疲れているのだろう? 休むといい」
「でも、まだ時間が早すぎます。できればもう少し、この世界のことを教えてもらえませんか」
 何より、この人をもっと知りたい。最悪な第一印象から変わった、この人を。
 振り返った団長の顔をじっと見つめる。
「……私は構わないが、眠いのではないか?」
 ──ああ、やはり。最初とは随分印象が違う。
 言葉だけでなく目つきも優しく見える。こちらを心配してくれているのがわかる。
「大丈夫です」
 だから、もっとこの人と話しをしたい。
「そうか。立ち話もなんだから、部屋で構わないな?」
「はい!」
 階段を上って団長の執務室に入る。しかし団長はそのまま部屋の奥の扉に向かった。
「こっちは私の私室だが、執務室よりは落ち着いて話せるだろう? ……さて、何から話そうか」
 長椅子に座ると、団長はそう切り出した。
「団長って、今何歳ですか?」
 ……唐突な質問になってしまった。
「この世界のことについて知りたいのではなかったのか?」
「いや、気になって……」
 この人のことでそういえば知らないなと思ったことが、そのまま口から出たせいだ。
「これからお世話になるから……団長のこと、ちゃんと知りたいな、と」
 思って、と付け足すと、団長は訝しげに眉を寄せた後、口を開いた。
「36だ」
「はい……?」
 思わず聞き返してしまった。
「先月、36になった」
 ぱちくりと瞬きをして、反芻する。
 ……36? 若そうだなあって思ってたけど、えっ、30代?
「何だ、その顔は」
「え!?」
 そんな変な顔をしていたか? 確かに、驚いて固まってしまったけど。
「もっと、若いと思ってました……」
「歳をとると動きが鈍る。できるだけ若い身体を維持するように心がけているだけだ」
「……なるほど」
 騎士団の団長らしいセリフだ。どれだけ努力すれば、こんなに若く見えるのか……。
 ただ偉ぶっているだけの貴族だったら、あんな綺麗に筋肉はつかない。騎士として鍛えられ肉体は、無駄な肉などない肉体美で、男として憧れる。
 どれほど鍛えれば、あんなに筋肉がつくのだろうか。
 ちらりと自分の二の腕を見ると全く比べ物にならなくて、乾いた笑いが出た。
 ……これからでも遅くはないよな。うん。
「俺も、訓練とかしてみたいんですけど」
 戦えるかはわからないけど、鍛えて損はないはず。
 筋肉付けたいし……俺の境遇もあやふやだから、強くなるに越したことはない。
「したいと言うのであれば、仕事の合間に少しくらいならいいだろう。私も、貴様のよくわからん力については気になるからな」
 よくわからん力って……。
 たぶん、さっき風属性だと思う云々って言ってたやつだよな。
 魔力があるかなんて自分では全くわからないけど、団長が言うなら何か力はあるのだろう。魔法とか使えるなら使ってみたい。
 ……って、あれ? 仕事の合間?
「その言い方だと、団長が俺に付いて鍛えてくれるってことですか?」
「気になると言っただろう。それに、もし異世界人の貴様の力がこの世界のものと違って何か問題が生じた場合、私がいたほうが対応しやすい。安心しろ、貴様でもできる内容にしてやる」
 ……貧弱で悪かったな。
 自分でもわかってない力を使うんだから、団長でもどうなるかわからないっていうのはわかる。俺も不安だし迷惑かけたくないし。だからって一言多くないか。
 でも、不安だからこそ団長が見てくれるなら心強い。
 あ、訓練ついでに団長の魔法、見せてもらえないかな。火属性って言ってたっけ。
 魔法を見れるかもしれないと思うとちょっと……いや、かなり興奮する。
 そんなことを考えていたら、思わず溢れたというような笑い声が聞こえた。
 なんだろう、と顔を上げると団長と目が合った。
「お前はよく表情が変わるな」
 見ていて飽きない。そう言われて反射的に口元を隠した。
 そんな自覚はなかった。
 わくわくする気持ちが膨らんでいたのは確かだけど、顔に出ていたなんて。恥ずかしい。
 顔に熱が集まって、熱い。
 そんな俺の様子を見た団長がさらに笑っているのが見えて、さらに熱が増した。

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