突然ですが異世界に連れてこられました | ナノ


▼ 召喚

 つい先程まで移動教室のために友人と廊下を歩いていたはずだが。
 足元が揺れた、と思ったら、黒く長いローブに身を包んだ集団に囲まれていた。足元には何やら文字らしきものと円が描かれており、薄く光っている。
 状況が分からず隣を見ると、友人も同じような表情でこちらを見ていた。
「……え、どういうこと」
「ついにやり遂げたぞ!」
 周りのローブの集団は、次々に賞賛と喜びの言葉を口にする。
 そんなものはいいから俺たちを放置しないでくれ。説明がほしい。さっきまで学校の廊下を歩いていたのに。何なんだ、ここは。
「まるで、異世界にでも来たみたいだ」
 俺が思ったと同時に、友人がぽつりと言葉を落とした。
 その声に、俺たちを囲んでいる奴らがこちらを向いた。
「ああ、言い伝え通り美しい」
「この溢れんばかりの光属性の波動……!」
「やはり我らは間違っていなかった!!」
 そう言いながら、彼らは友人を取り囲み讃美を繰り返した。
 言い伝え? 光属性? つーか待て、なんか俺、蚊帳の外になってる気がする……。
「は!? ちょっと待ってくれよ、何が何だかさっぱりだって!」
 取り囲まれた友人は焦ったように声を出して俺の方を見る。
「問題ありません、神子様。あなたの安全は保障します」
 しかし集団はそれを無視して、困惑する友人を連れてどこかへ行ってしまった。
 おい待て。だから、俺は?
 呆気にとられて固まっている俺の横に、なんとも厳つい出で立ちの男が歩いてきた。
「私は王都騎士団の者だ。貴様は間違って連れてこられたみたいだが、神子様と親しいようだな。仕方がないから客間に案内しよう。だが、友と言えども長くはここにとどまれないと思え。この後の処遇は王に委ねる」
「は? 仕方ないって何だよ! お前らが勝手に連れて来たんじゃねぇのか!?」
 俺の中で、俺と友人がこいつらに連れて来られたことは確定になっていた。
 それも、本来なら友人だけが目的のところ、俺が引っ付いて呼ばれたようだ。
「我々が召喚したのは神子様のみ。貴様はただ王の采配を待てば良いのだ」
 そう言うや否や、騎士は俺の腕をぐいっと引っ張って俺を無理矢理立たせると、そのまま歩き出す。
 騎士とは歩幅が異なり、若干小走り気味でついて歩く羽目になった。
 くっそ、なんて力だ……いてぇ。
「……そんなに強く掴まなくても逃げねぇよ」
 聞こえているだろうに、騎士は全く反応を示さない。
 そのまま俺も何も言わず、騎士も反応せずただ進み、1つの部屋に放り込まれた。
「ここが客間だ。この部屋にあるものは好きに使え。ただし絶対に出るな。部屋の中で片付かん用があれば扉の前にいる騎士に声をかけろ」
 つまりそれって軟禁状態ってことかよ。
「私は王に謁見の申し出をしてくる」
「ぃ、ってぇ……」
 まさか放り込まれるとは思わず体勢を崩して躓いた俺は床に倒れ、手のひらを擦りむいてしまった。
「迎えがくるまで、この部屋で大人しくしていろよ」
 騎士は俺が駆け寄るよりも早くドアを閉めた。
 抗議するも、遠ざかる騎士の足音が聞こえるのみ。
「おい! 待てよ!! なあ!?」
「クソッ……どうすりゃいいんだよ」
 状況は最悪、とまでは言えないが、それに近い。王の判断によってはどうなるのかわからない。
 ここに長くはいられないってあの騎士は言っていたし。
 逃げようにも扉の前には騎士がいるらしい。つまり見張りだろ。
 ……とりあえず、王に会うまで待つしかねえか。
 諦めて室内を見渡すと、申し訳程度にテーブルとソファが置いてあるだけだった。
 え、本当に客間?
 そんなことを考えながらテーブルに近づき、その天板に指を滑らせると指の跡がついた。
 ああ、なんだ、ただここが使われてないだけか。
 そう思って数瞬。
「……はあ!?」
 俺は厄介者扱いされたのだと思い知らされた。
 ありえねぇ。勝手に呼び出して巻き込んで、厄介者はねぇだろ。ソファもテーブルと似たようなものだろうし、座る気にもなれない。マジでどうしようもない。
 俺も王に会わせてもらえるなら、一言文句をぶつけて、俺の生活の安寧を約束させてやる。
 偉い人とか知ったことか。自分の生活のほうが大事だ。


 翌朝。
 埃が舞うソファに苦戦しながら一夜を過ごした俺を、昨日の騎士が叩き起こしに来た。
「さっさと起きろ。日はとっくに昇っている」
「けほ、……は、もう、朝……?」
「ぐずぐずするな、さっさと支度をしろ」
 枕代わりにしていたブレザーを羽織ると、それを見た騎士が付いて来い、と部屋を出ていった。
「起こされてすぐとかバカなんじゃねぇの……」
 小声で文句を言って、先を歩く騎士を追いかける。
 あいつのことだ、俺がいないと知るや無理矢理引きずって行くに違いない。それならまだ自分で歩いた方がマシだ。行きたくはねぇけど。
 ……絶対に文句を言ってやる。
 そう決心して俺は騎士に追いついた。
「おい。神子様と親しいみたい、とか言った割に、あの部屋はねぇんじゃねぇの?」
 騎士は俺を一瞥しただけで、そのまま足を進めていく。
 はぁん? また無視か。
「……いくら俺が邪魔だからって、もう少し説明とか、何かしてくれてもいいじゃんか」
 不貞腐れたように呟くと、騎士がわざとらしく息を吐いた。
「無駄口をきくな。貴様はただ、王の判断を受け止めればいい。我々は神子様をお呼びしたが貴様は呼んではいない。つまり、半ば不法侵入のようなものだと自覚しろ」
「はぁ!? だったら元の場所に帰せよ!」
 思わず本音が口から出た。だって、理不尽すぎるだろ。
「貴様を帰すかどうか、それも王の判断次第だ」
「王の、判断?」
「そうだ」
 なんだ、それ。
「――じゃあもし、王サマが帰さないって判断したら……俺はどうなる?」
 好きで来たんじゃないし勝手に連れてきたのはそっちなのに、帰してくれないなんてことあるのか。
「ふ。もしそうなれば、貴様がどう頑張ろうと帰れないだろうな」
 そう言った騎士の表情はとても冷たかった。
「勝手に……連れて来たくせに」
 ぽつりと溢れた本音は、俺自身驚くほど静かな声だった。
「知らん。勝手について来たのは貴様だ」
 その言葉を最後に、会話はなくなった。
 言いたいことがないわけではない。文句だってたくさんある。でも、帰れないかもしれないという事実の方が、俺に重くのしかかった。
 そして、今まで見ないように、気づかないようにしていた不安が、一気に押し寄せて来た。
 望まれてこちらに連れて来られた友人はおそらく大丈夫だろう。
 ――でも、俺は?
 望まれるわけでもなく、むしろ邪魔者扱いされた俺は、もし帰れなくなったら、いらないと言われたら、どうすればいい……?
 足元が揺らぐ。
「おい、さっさと来い」
 歩みが緩んだことを察知したのか、騎士が不愉快そうな表情を隠さずに言う。
 職業柄そういう気配にも聡いんだろうなと、どうでもいいことを考える。そんなことでも考えて気を紛らわせないと、崩れ落ちそうな気がした。
 ただ帰してほしいと、王に願い出ることはできるだろうか。
 言いたいことは山ほどあった。だが、言ったところで、王の気が変わり帰れなくなったら?
 それが一番困る。だったらただ大人しく、さっさと帰れと言われるのを待ったほうがいい。


 さて、いよいよ件の部屋に着いた。騎士が重そうな扉を開けて、先に中に入った。
 王の間、と言うだけあって、扉がとても豪華だ。
 騎士に続いて部屋に入ると、武装した人間が整然と並んでおり、物々しい雰囲気が漂っていた。
 これだけ俺が警戒されてるってことなのか、それとも、立派な椅子に座った正面にいる人物の護衛には常にこれだけの人数がいるのか。
 王の隣には、昨日離れ離れになった友人が立っている。
 その姿を確認して、少し心が和らいだ。
「おい」
 俺の少し前にいる騎士が静寂を破る。案内が済んだと言わんばかりに俺を前に出して、騎士は一歩下がった。
「頭を下げろ。王の御前だぞ」
 そんなこと言われたってしたことないし、どうすれば……?
 なんて考えていたら、騎士が俺の腕を後ろ手に拘束し、そのまま無理矢理床に跪かせた。
「ぐッ!?」
 突然のことに反応できなかった俺は、額まで床にぶつけた。
 地味に痛い。
「ショウちゃん!」
 友人が心配そうにこちらを見ている。
「お気になさらず、神子様。王に不敬を働いたこの愚か者が悪いのです」
 騎士は友人を制してそう言った。
 というか、そういう作法は事前に教えておいてもらいたい。
「愚か者って……そんな悪く言うなよ……」
「やめろ、ユキ。俺を庇うな」
 神子として安全が約束されているのに、厄介者の俺に巻き込むなんて冗談じゃない。
 俺はただ帰れるよう少し我慢すればいいだけ――。
「王よ。この者の扱いは如何なさるおつもりですか」
 俺がおとなしくなったことを確認した騎士が、単刀直入に尋ねた。
「ああ、それなんだがなぁ」
 王は自前の髭を撫でつけながら俺をじろりと見た。
「いらん者のために態々魔導師の力を借りるのは面倒だ」
「は……?」
 声を出したのは果たして誰か。
「ならば、この者は元の世界には帰れない、と?」
 動揺して声も出ない俺の気持ちを代弁したのは、意外にも騎士だった。
「魔導師がいなければ帰れまい。城で働くか、出て行くか選べ。働きもせん者を城に置く気はない」
 そう言うと、王は周りの人間を連れて部屋から出て行った。
 俺と騎士だけがこの場に残された。
 一筋の希望が、面倒の一言で断たれてしまった。ただ帰りたいという望みさえ、願うことができぬまま。
 俺のことをよく思わない人間が多いこの城に、俺の居場所なんてあるわけない。かといって城を出ても当てはない。
 どうしよう。俺は、どうしたらいい……?
「……おい」
 そんな俺を、見かねた騎士が声をかけてきた。
「なに……」
 かろうじて絞り出したようなか細い声が出た。
 それでも、2人しかいない広間にはよく響いた。
「貴様は、どうするつもりだ」
 そんなの、俺が聞きたい。どうすればいいんだ。どうすれば生きていける……?
「この世界に、俺の居場所なんてないだろ」
 弱った心が露呈するのを、他人事のように感じた。
 ひどく不安定な岩場の崖で、目隠しをして立っているような感覚だ。
 逃げ出したいのに逃げ場がない。どうしたらいいのかわからない。
 必要ないと言われることが、こんなにも胸を締め付けられることだとは思わなかった。
 考えているのに何も思い浮かばない。
 ああ、頭が真っ白だ。
 震える手には力が入らなかった。
 ふわふわと真っ白な海の中、掴まれた腕に力を込められたことで、ふと意識が浮上した。
「……いてぇよ」
 とっさに口をついて出たのは、力のない文句だった。
 相変わらずクソッタレだ、この騎士は。腕の痛みのせいで、これは悪い夢だと思い込むことすらできやしない。
「城にとどまるか、出て行くか決めろ」
「どっちにしろ、生活の目処なんて付くかよ」
「城に残るなら、働き口を与えてやろう」
「――え、」
 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
 それほど思いがけない相手からの提案に目を白黒させながら騎士を振り返ると、真剣な瞳と目が合った。
「ここに、いてもいいのか?」
 もう駄目かと思ったのに。
「お前にここに残る意思があるなら、な」
 まさか、こいつから手を差し伸べられるとは。
 すかさずその手を掴んだ。
 希望はあった。まだ、大丈夫だ。
「なんでもいい。俺にできることなら、なんだってする」
 居場所をもらえるのなら。
「ふ、いい返事だな」
 騎士はそう言うと、そのまま手を引いて俺を立ち上がらせる。
「ついて来い、案内する」
 最初のときのような、冷たい視線はなくなっていた。

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