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▼ 食堂事件

 彼らは平然と、周りを見ずに俺達のテーブルを通り過ぎて一直線に海藤たちのテーブルへと向かった。周りの生徒は生徒会役員たちを目で追う。自分たちも釣られてそちらを向いた。
 会長たちが海藤の前に立ち、その口を開く。

「転入生。お前、ウルフなんだって?」

 会長の問いに食堂が静かになった。皆がこのやり取りに耳を澄ませているようだ。

「い、いきなり、何だよ! ていうか、お前
ら誰だ?!」
「は、随分と威勢が良いな。俺は生徒会会長の飯塚だ」
「……生徒会……houndか!」

 がた、と海藤が席を立った。その反応に副会長の小坂井が嬉しそうに微笑む。

「探しましたよ」
「急に現れなくなるから心配したんだよー?」

 会計の東海林が海藤の肩に腕を置き話し掛ける。

「……やっと……見つ、けた」
 吃りながら喋る、本間書記。
 心なしか4人の顔は喜々としていた。

「――それじゃあ、さっそく」

 言うが早いか、会長が腕を振り上げた。それを合図に他の3人も転入生に襲い掛る。骨がぶつかる音、それに続いて破壊音。
 誰もが息を飲んだ。

「……っ、いきなり何すんだよ!!」

 そして誰もが目を疑った。
 音だけ聞けば、会長に殴られた海藤が机か椅子にぶつかったように思える、かも知れない。
 だが実際は、海藤が会長の腕と副会長の蹴りを躱(かわ)し、後ろから殴りかかった会計の腕を防御しつつ掴んで書記もろとも投げ飛ばしたのだ。
 生徒会役員は未だ唖然としている。そんな中、様子を伺っていた生徒の一人が声を上げた。

「か……会長様たちに、何て事を!」

 叫んだのは親衛隊の子だろうか、顔が真っ青だ。この声を皮切りに次々と罵声が飛び交う。
 そんな中、会長が体勢を立て直してにやりと笑い、海藤の前に立った。
 会長が海藤に顔を近づける。

「お前――気に入った」

 一拍の間、静寂に包まれる食堂。そして。

「ギャーーーーーー!!?」

 耳を劈(つんざ)かんばかりの悲鳴が食堂のあちこちから上がった。そのあまりの音量に耳を塞ぐ。

「い、飯塚様! 何てことを……!」
「でも、何かお似合いじゃね?」
「いやぁ! 何でそんなヤツなんかに!!」
「あの子誰? オレちょー好みなんだけど」

 生徒たちは悲鳴やら何やらを口々に言っている。耳を塞いでいても聞こえるそれを聞いて、一言。

「俺があっちじゃなくてよかった」

 それに同意したように紀輔が頷いた。

「すっごい注目の的。うん、俺絶対ムリだわ」

 動物園の動物みたいで、と呟き紀輔と茂樹に目配せする。

「え? ちょ、待っ……俺まだ食い終わってない! てか、お前らいつの間に食ったんだよ!?」
「……それじゃあ行きますか、悠さん」
「そうですね、紀輔さん。……じゃ、茂樹。あとでな」
「紀輔切り替え早っ! てか、置いて行くなー!!」

 騒ぎの中、茂樹が叫んだ言葉は2人には聞こえなかった。





「どうすんの?」
「どうするも何も、とりあえずは放置」

 人気の少ない廊下を進む影が2つ。

「は……いいのか? 好き勝手されるんじゃ……」
「いいのいいの。楽しそうじゃんか、そのほうが、さ?」
「……、相変わらずお気楽主義のようで」
「はっ、お褒めにあずかり光栄ですよ」

 一人がおどけながらお辞儀をした。

「あー……何か、不安」
「何言ってんだよ。俺は強いから、大丈夫」

 心配無用と言わんばかりに腕を広げておどけながら言う少年に、もう一人がため息を吐いた。

「知ってる。俺が心配してるのは、あっち……海藤のほう」
「ああ。ウルフを名乗ったんだ、それなりに強いんだろ」
「……なんか、平然と言い切るお前が怖い」

 少年が楽しげに微笑んだ。もう一人はそれを見て苦笑交じりに口を開く。

「なぁ、行き過ぎた言動には注意、って忠告くらいした方がいいんじゃない?」
「……そんなに心配なら、お前が監視でも何でもしておけばいいだろ」

 それを聞いた片方が息を呑み、言った本人は口許を歪めた。

「鷹はどうか知らないが、狼は他人にそこまで優しくないよ」

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