▼ 02
あの後、海藤は自己紹介大会とかなんとかと言い始め、クラスの3分の2ほどと挨拶を交わした。しかも1限目の数学(担任)の授業を丸々潰して、だ。
これが鬼の化学教師・早瀬だったら、そうはいかなかっただろうが。
翌日、俺は教室の入り口で固まった。
何故って…あの転入生の席の周りに人だかりができていて、しかもその中心に2人、見慣れない顔があったからだ。
一人は先輩で、顔はいいが学園一の不良・高桑賢悟(たかくわけんご)。彼が暴れ出すと、誰も手を付けられなくなるほど狂暴化する、らしい。
もう一人は確か、隣のクラスの林友麻(はやしゆま)くん。確か転入生と寮部屋が一緒だから仲良くなった、というところだろう。
「……悠? 何突っ立ったんだ、早く入れよ」
紀輔が俺の背中をつつき、さっさと教室に入ってしまった。短く返事をし、俺も後に続いて席に座る。
俺の席は茂樹の斜め後ろだ。先に来ていた茂樹が話し掛けてくる。
「よっ。さっき立ち止まってたろ。どうしたんだ?」
「はよ。……見てたのか」
「うん、気になって」
俺が言葉を選んでいると何を勘違いしたのか、茂樹が慌てた。
「っいや、変な意味じゃなくて……!」
「は?」
「あはは、何慌ててんだよ、茂樹」
「紀輔……」
若干涙目で紀輔を見上げる茂樹。紀輔がちらりとこちらを見た。
「? 何だよ」
「んー……茂樹。悠は気にしてないぞ、たぶん」
「え、マジか」
「うん。……で、さっき立ち止まっていたのは、教室が喧騒としてたからだろ、悠」
「ああ、そうだけど……」
頷くと、茂樹が胸を撫で下ろした。何だったんだ。その後しばらく他愛ない会話を弾ませ、先生が来るのを待った。
数分後、担任は教室に入るやいなや顔をしかめた。恐らく高桑がいたからだろう。しかし先生は高桑や林がいるのをお構いなしにホームルームを始めた。
――触らぬ高桑に祟りなしってか。
高桑と林は1時間目の始鈴でようやく教室から出て行った。ただ、休み時間毎に来る高桑と、廊下から一々反応している親衛隊の奴らがうるさかった。
*
今日はナポリタンが食べたいと言い張る茂樹に連れられて、食堂で昼食を食べている、のだが。
どういうわけか、高桑と林を引き連れた海藤がひとつ隣、というか後ろのテーブルに座った。この体育館みたく広い食堂で、何故こんな近くに座ってしまったのか。本日最大の謎だ。
いや、近くに座るのはまだいい。誰がどこに座ろうと勝手だ。だが、百歩譲っても。
「静かに食事しろよ…」
高桑と林はどうやら海藤を取り合っているようで、海藤は俺をめぐって争うなと宥めようとしているようだ。
海藤は大音量で会話を繰り広げているせいで、こっちにまで会話が筒抜けだ。
「ん、何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
ぽつりと落とした独り言が聞こえたらしい紀輔に聞き返されるが、本当にただの独り言なので気にするなと顔を逸らした。
「そうか。……なあ、海藤の事、どう思う?」
「どうって?」
「あー……昨日の、今日からみんな友達宣言。あれについて」
話題転換とばかりに紀輔は後ろをちらりと見、声を潜めて聞いてきた。
「ああ。俺はヤだね、アイツ。ああいううるさいのは苦手」
「んー、俺もなあ……顔はカワイイんだけど、言葉遣いと性格が、残念すぎる……」
そう言って少し落ち込む茂樹。それを無視して話を続ける。
「てか、紀輔こそどう思ったんだよ」
「俺? あー、テンションついて行けなくて……無理っぽい」
「自己紹介しちゃったんだっけ」
「そうなんだよね……席が近いから」
紀輔が苦笑交じりにそう話していると、悲鳴が聞こえた。そして賑わう食堂の入り口。
何事かとそちらを見ると、何やら人だかりができている。その中に何度か見た顔が4つ。
あの悲鳴は、歓喜の声。
――生徒会のご登場だ。
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