▼ 03
「ゆっくり籠絡していけばいいと思ったが、本当に脈がありそうだし、本格的に落としにかかってもいいよな?」
「それを本人に言うあたり、どうかと思うよ?」
にっこり言われたのでにっこり返すと、会長が顔を反らせた。
「クリティカル……ッ」
「……」
何言ってんだ、会長。
思わず顔が引きつった。
「ねえ……もういい加減、どいてくれない?」
「……どうしてだ」
「重たいから」
そう答えると、会長は渋々という感じで立ち上がった。
「嫌だからって言わないあたり、好感が持てる」
「はいはい」
俺も上体を起こし、スマホを取り出して時間を確認する。
「お。そろそろ決勝の時間か」
ちら、と俺のスマホの画面を見た会長がそう呟いた。
思ったよりも時間が経っていなかったことに驚いたが、そういえばうちのクラスはどうなっただろう。
転入生くんが騒いだ様子がなかったし、あのあと負けちゃったのかな。
倉庫の扉を開ければ、熱気が漂ってきた。
ここは第2体育館の体育倉庫。会長がもうすぐ決勝の時間と言っていたで、みんな第1体育館に行ったのだろう、館内には誰もいなかった。
うん、良かった。もし会長といるところを誰かに見られていたら、またうるさいのに絡まれるし。
さっさと出てしまおう、と一歩を踏み出そうとしたところで、肩を掴まれた。
まだ何か用があるのかと振り向けば、会長の顔が眼前にあった。
「え」
距離をとるよりも早く、唇を掠めるものがあった。
「ほら、早く行くぞ」
そう言うと、会長はそそくさと第一体育館に向かってしまった。
思わず唇を手で押さえる。
「……キス魔か……」
自ら公言している風紀委員長よりも、実害がある会長のほうが、タチが悪い。
しかも、なんだよ……あの、キスをした後の、満足げな顔は。
「……くそ」
顔を覆いたくなった。
*
会長から少し遅れて第一体育館に入ると、ちょうど準決勝の第二試合が終わったところだった。
三年同士の対決で、スポーツ推薦が多い組のほうが勝ったようだ。
準決勝からは一試合ずつ行っているようで、次は三位決定戦、最後に決勝戦を行うらしい。
ふむふむ、決勝に進むのはどこだろう。
ステージ横に貼られていたトーナメント表を確認していると、背後から聞きなれた大声がした。
「あああ! はるか!!」
驚いて肩が跳ねた。
振り返りと、転入生くんがこちらに駆け寄ってくるところだった。
「やっと見つけたぞ! 約束通り、試合に出てくれよ!」
「えっ、やだ」
思わず、剛速球をホームランする勢いで返答した。
「なんでだよ! 勝ったら出てくれるって言ったじゃんか!」
「……え、待って。ほんとに勝ったの?」
聞けば、転入生くんがもっと試合をしたいと、準々決勝と準決勝でさらに奮闘したらしい。
信じられずにトーナメント表をみれば、うちのクラスからマーカーが長く引かれている。
「わあ。まじか……」
えぇ、こんな衆人環視の中で試合したくない……。
隠さずに顔をしかめると、他のチームメンバーが申し訳なさそうな顔をしながら、俺に近づいて来た。
「六合、すまん。まさか上級生に勝てるとは、俺らも思わなくて」
「海藤をなだめながら試合してたら何故か勝ってた……」
「海藤が騒ぐと、進行の生徒会にも睨まれるから仕方なく……」
……あれ、これ、もしかしなくても俺のせいだね。
俺が勝ったら試合に出るって言ったせいで、海藤に付き合ってずっと試合に出ていたのか。
「いや……むしろ、サボっててごめん」
あの扱いが大変難しい転入生くんを説得しながら試合なんて、苦労を通り越して苦行ではないかとすら思う。
素直に謝れば、チームメイトに「サボっていたのか」と呆れられた。
ほんとごめんて。
確かにちょっと休むみたいなニュアンスで抜けたもんな。いや、俺もあそこで寝落ちるとは思わなかったんだ、すまん。
わちゃわちゃ話していたら、3位決定戦を見逃してしまった。どちらも上級生みたいだし、見知った顔もなかったが。
少しして、決勝戦のアナウンスが入った。
相手は3年生。しかもスポーツ特待クラス相手に、1年生がどこまで立ち向かえるのか、なんて言われている。
「やっとだな!」
転入生くんは満面の笑みでそう言ってきた。
それを「そうね」と流してコートに入った。
*
「――――はッ、」
いくら試合時間が10分間といえど、ほぼずっと全速力で走ったら息が上がる。
ボールが右に左にと、めちゃくちゃ翻弄された。
さすが3年生。パス回しとチームワークがとてもいい。
そして悔しいかな、背が高い。平均身長が10センチは違う。背の高い生徒を集めたんじゃないかってくらい背が高い。
「ああああ、負けたあ!」
悔しそうに、しかし楽しそうに転入生くんが言った。
「3年相手に、頑張ったほうでしょ……」
「確かに……10点以上離されなかったもんな」
さすがのバスケ部も、息が上がっている。
何度か逆転できるんじゃないかと思ったが、相手のほうが一枚上手だった。上に下にパスされるしカットされるしで、結局追いつくことはできずに負けてしまった。
チームメイトが反省会をしている横で、膝に手をつき、息を整える。ジャージにパーカーはさすがに暑かった。
「はあ……」
「お、六合。息整ったか」
「ん」
「ステージで表彰式やるって」
「りょーかい」
体勢を起こして、ステージに向かう。
段を上がると、会長と目が合った。
なんでいるんだ、と思ったのも束の間、この球技大会は生徒会主催だったっけ。放送委員会が司会進行をしていたけど。
よくやった、と労いの言葉とともに、会長から賞状が手渡される。
転入生くんが代表で受け取り、ステージ下にいた他の生徒会メンバーに手を振った。
そんなところにいたのか、サボりたち。
なんて思っていたら、転入生くんがこちらを向いて、にっと笑った。
「楽しかったな!」
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