▼ 02
教室に戻りたいのは山々なのだが、試合時間を考えると行くだけで終わってしまう。なので涼しいところで休もうと思い、何箇所か目処をつけて行ってみた……のだが、既に数人のグループに占拠されていた。
わざわざそこに加わる気はなかったのでそのまま素通りして他の場所を探したのだが……。
「まさか、こんなところに会長がいるとは思わないよねえ」
体育館周辺で涼めそうな場所、最後の砦である体育館倉庫の扉を開けてみれば、生徒会長が折りたたまれたマットの上で器用に眠っていた。
「しかも気持ちよさそうにぐっすりと……」
呆れつつ近寄って会長の頬をつついてみる。が、若干眉を顰めただけで起きる気配はない。
つまらない。
強いて言うなら、会長の頬が思っていたより柔らかくてこちらが驚いたくらいだ。
暫くつついてみたが大した反応が返って来ないので、会長の腹に寄りかかるようにして座った。
うぐ、と後ろから呻き声が聞こえた気がしたけど……気のせいかな。
それにしても、こんなところで寝こけて、会長は自分が襲われるとは思っていないのだろうか。
(確かに会長の体格なら襲うほうも大変だろうけど)
うんうん唸っていると、突然腹に腕が回された。
「!?」
びっくりして振り返る一瞬のうちに、後ろからしっかり腹を抱き込まれてしまった。
腕を外そうと試みるも、存外力が強い。
「あ、これ地味に苦しい……」
寝ているくせに、なんでこんなに力込めてんの。
会長の腕を退かしたいのだが、かなかなか動かない。
懲りずに腕を引いたり持ち上げたりしていると、急に体が傾いた。手を突く暇もなく、会長の下敷きになる形で転がされた。
(え……ちょ、これ完璧に覆い被さられた…っ?!)
起き上がろうとするも、自分より重たい体が持ち上がる訳もなく。加えて会長に腹をホールドされたままなので、抜け出すことも叶わない。
こんな状況で、脱力した体は意外と重たいなんて知りたくなかった。
「くっそ、こいつ体重何キロあるんだ」
押し退けようとしたときに知ったが、身長だけでなく筋肉まで付いていた。むかつく。
「ていうか、なんで起きないの……」
散々押しのけているのに、起きる気配がない。
一旦落ち着こうと右肩を見れば、会長の後頭部が見える。
顔は見えないが、寝息から察するに気持ちよさそうに眠っているに違いない。
(……いつまで寝る気なんだよ、こいつ)
そういえば、そろそろ試合が終わる時間じゃないだろうか。……俺がいないことに気がつかないでほしいなあ。
*
「……?」
首のあたりがくすぐったくて目が覚めた。いつの間にか寝てしまったようだ。
身じろぎしているのだろうかと放置するも、会長の短い髪が首や頬に当たってこそばゆい。
このまま起きてくれないかな、なんて考えていたら、鎖骨のあたりに何かがぬるりと這った。次いで、ちくりとした感覚が。
「っ、ん?」
驚いて下を見れば、会長と目が合った。
「な、にしてんの……起きたなら退いて」
「断る」
「はあ? ぅあ……ちょ、なに、」
会長は言い終わるが早いか、再び首元に顔をうずめ、頸部に舌を這わせた。
「……お前、肌白すぎねえ? 朱が映えていいけど」
「っ、やめ……おい!」
「いっ、てぇな!」
いい加減にしろという意味も込めて会長の頭を叩けば、不機嫌そうな顔をされた。
ふん、起きたのなら容赦しない。
「いい加減退いて。いつまでこの体勢のままにさせる気」
「いいだろ?」
「全くよろしくない」
「俺は楽しいが?」
「どこが……全然楽しくない」
「好きなやつを押し倒してることだな。いつもはよく見えない顔が見れていい」
本当に機嫌がいいらしい会長は、楽しそうな顔で俺の鎖骨に跡を落とした。
「はあ……まさに吸い付きたくなる肌ってやつだな」
「……あっそ」
「ああ。きめ細かくて肌触りがいい……お、ほくろ発見」
半ば呆れ気味に会長の好きなようにさせる。押し倒されたままの体勢なので動けないというのもあるが。
暫くすると満足したのか、会長が上半身を起こした。
「……お前に黒のドレス着させてぇなあ。絶対綺麗だ」
「…俺、男だけど」
「綺麗なやつに綺麗と言って何が悪い? 絶対似合うぜ」
付けた痕を確認するように、頸部や鎖骨を撫で上げられる。
俺を見下ろす会長はとても満足そうだ。
「ねえ……いつからそんなセリフ言えるようになったの」
「ん?」
「会長ってたらしだったっけ」
「……ほう? たらしこまれてる自覚あるのか」
「あー」
墓穴を掘ってしまったようで、天を仰げばくつくつと笑い声が聞こえた。
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