▼ 02
「ッはー! やっと1日目終了〜!」
試験監督の教師が教室を出て行った途端、教室のあちこちから呻き声が聞こえた。
明日に備えてそそくさと帰るクラスメイトもいれば、試験問題の答え合わせや教科書を確認するクラスメイトも多い。
教室に残るクラスメイトを横目に自分も教室を出ようとしたとき、茂樹に呼び止められた。
「腹減らねえ? 食堂行こうぜ!」
「んー、俺はいいや。紀輔と行って来なよ」
「え、飯は!? そして午後から一緒に勉強会しよう?!」
「必死か。昼はいらない。勉強は紀輔にでも教えてもらって」
言い終わるが早いか、素早く教室をあとにして図書室に向かう。
勉強するなら一人で静かなところでやりたい。みんなでやるのもいいけど、人がいるとつい話しかけちゃうんだよね。
図書室の扉を開けると、テストが終わってすぐなためか、カウンターに司書の人が座っているだけで生徒は見当たらず、しん、と静寂に包まれていた。
一般生徒は俺だけ。いや会えるかななんて期待なんかしてないよ。うん。
端のテーブルに座り、持ってきた鞄を開けて教科書とノートを取り出した。
明日は現文と古典の二科目だけ、なのは嬉しいが……誰だよ、時間割決めたやつ。偏りすぎでしょ。
溜め息を吐きつつ、現代文の試験範囲を読み直し始めた。
ノートの文字の羅列に嫌気が差してきたとき、司書さんに声をかけられた。
そろそろ図書室を閉める時間なので、と言われて時計を見ると、もうすぐ19時になるところだった。
手早くテーブルに散らばっている教科書や筆記用具を片付け、司書さんに声をかけて図書室を出ると、外は薄暗くなっていた。
もう数分すれば完全に日が暮れる。
ちらりと見えた教室棟はすでに電気は点いておらず、真っ暗だった。こちらの特別教室棟も、もしかしたら残っている生徒は自分だけかもしれない。
そういえば、ずっと図書室にいたけど誰も来なかったな。静かで集中できたからよかったけど。
両腕を伸ばしてぐっと伸びをし、帰路についた。
*
購買で夜食を買って寮の自室に着くと、部屋の前に茂樹と紀輔が立っていた。
「あれ、2人してどうしたの?」
思わずきょとんと2人を見ると、紀輔がやっぱり、と呟く。茂樹は何故か若干涙目だった。
「ほらな。だから言っただろ」
「ハル〜! なんで返信してくれなかったんだよ!」
「返信?」
そう言われてスマホを見ていなかったことに気づいた。制服のポケットから取り出して開いてみれば、数件の不在着信と十数件のメッセージ通知が来ていた。
「……ごめん、マナーモードにしてたから気がつかなかった。何か用だった?」
急ぎの用なら申し訳ないと思い聞いてみれば、ただ「心配した」とだけ返ってきた。
「……それだけ?」
「はあ?! 確かに勝手に心配したのはこっちだけど! お前、もっと自覚しろよ!」
「……はあ」
「何言ってんだこいつって思ってんだろ! いいか、男はみんな狼なんだぞ! ハルは気付いてないかも知れなっいだぁ?!」
スパーン、といい音がした。
見ると紀輔が持っていた教科書で茂樹の頭を叩いた後だった。
「廊下で騒ぐな、みっともない」
「だって紀輔!」
「今に始まったことじゃないだろう。それに茂樹も、少し大袈裟だ。こいつがそこら辺のやつらにどうこうされるように見えるか?」
ちらりと俺の顔を見た茂樹は、そのまま俺に近づいて俺の左腕を掴んだ。心なしか力が込められていて痛い。
「この細い腕でどうにかできんのかよ?」
「……ふふ。茂樹、なんだって?」
口元だけ器用に笑って見せれば、茂樹は怯んで見せたがそれも一瞬だった。
次いで怒った顔でぼそっと呟かれた言葉は、そばにいた俺にはしっかりと聞き取れた。
「背も俺より低いくせに、何ができるって言うんだ」
ぷちん、とどこかが切れる音がした。
聞き流すつもりだったけど、身長のことだけは言われたくなかったなあ。
俺の左腕を掴んでいる茂樹の腕を、空いている右手で掴み返す。
「何だよ、やるか?」
「人のコンプレックスを次々と見事に突いて……タダで済むと思うなよ?」
「ははっ、この体格差で何ができ、――ッ?!」
茂樹が言い終わらないうちに手を持ち替え、体勢を低くして茂樹の懐に入り、思い切り背負い投げた。
派手な音を立てて、茂樹が背中から床に叩きつけられる。
ふむ。とてもいい音がした。
間を空けず、そのまま茂樹をうつ伏せに転がし、腕をとって締め上げる。
「――ぃだだだだ! ちょっ……待っ、ハル!」
「……俺が、何だって? ねえ、もう一回言ってみ?」
「ごっごめ、ごめんなさい!」
「ほら、遠慮しなくていいんだよ?」
「ひぃ!」
「……悠、その辺で許してやれ」
傍観していた紀輔が止めに入ってきたので、最後にきつく腕を締めてから茂樹を解放する。茂樹は逃げるように俺の下から這い出ると、紀輔を盾にした。
「茂樹、お前は自業自得だからな。俺は何も言わんぞ」
「ぅぐ……ハル、悪かった、言いすぎた」
「……うん、いいよ。連絡しなかった俺も悪いし」
「へ? 許してくれんの?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で聞いてくる茂樹が面白くて、つい吹き出してしまった。
「ふは。うん。でも、もう返信ないからって心配しなくていいよ」
「それは無理!」
「……は、」
「だってお前、見ていてなんか危なっかしいもん。何をするかわからないっていうか……第一、友達だからな。帰りの遅い友達と連絡つかないと心配になるだろ? だからなるべく連絡はしてくれな!」
「……善処する」
「おう!」
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