▼ 02
放課後の教室に、教科書をめくる音とサラサラと文字を書き連ねる音が響いている。
「標準状態において5.6Lを占める二酸化炭素の質量を求めよ」
そんな中、こつこつとシャーペンの先で机を叩きながらプリントに載っている問題文を読み上げると、紀輔と茂樹が顔をしかめた。
「二酸化炭素の物質量求めて、それに二酸化炭素の分子量をかければ質量が求まる、から……11グラムかな」
ルーズリーフの余白に計算式を書き、求められた数字を解答冊子と照合する。
ふむ、いい感じに全問正解中だ。
「これ引っ掛けだねえ。質量求めろとか書いておきながら先に物質量求めなきゃいけない、やさしくないやつだ」
「おい、悠。俺らは今、数学やってんだよ。余計な数字混ぜるな」
紀輔は問題集を解きながら、ジト目でそう言った。
「……ハル、今日は化学やってんの? 最終日じゃん」
「うん。……今回の化学は計算問題中心だろうなあ。これ解けないと後に影響出そうだし」
教科書を開いてぱらぱらとめくって中盤あたりを見てみると、今よりも複雑そうな計算式が載っていた。
「それにしても、教科書読んだだけでよく覚えられるよなあ」
「……さすがに1回読んだだけで覚えるのは無理だって。最低でも2回は読まないと」
「えぇ、それでもすげえって」
言いながら俺の解いているプリントを覗いてきた茂樹は、これ分かんねえ、と今解いている次の問題を指した。
「……ああ。パーセントとか密度とか入ってくると面倒くさいよねえ」
「これって溶液の量足すよな?」
「あ、いや、『スクロース30グラムが溶けている水150グラム』だから溶液の量は出てるし、そのまま計算していいやつだよ」
フリーズした茂樹をよそに改めてプリントを確認すると、ややこしい表現の問題が多かった。
「早瀬って引っ掛け問題作るの好きだよねえ。3問に1問こういうのがあると、逆に簡単な問題を疑う」
「なん、だと……くそ、引っ掛けか!」
「おい、そろそろ数学……」
黙々と冊子を進めていた紀輔が茂樹に声をかけたとき、教室のドアが開いた。三人の生徒が教室に入って来る。
何やらにたにたしながらこちらを見ている彼らに視線を向けると、ひゅう、と口笛を吹かれた。
「はーるかチャン。なぁにマジメにお勉強してんだよ。俺とナニのオベンキョしようぜ」
「ぎゃははは、お前下品すぎんぞ」
「あー? どうせあいつ、授業サボって先生に媚び売りに行ってんだろ?」
厭味らしく言われた言葉に、俺よりも先に茂樹が反応した。
「おい、変な言い掛かりつけんなよ。少なくともハルは、お前らよりマジメに授業受けてる」
「……茂樹」
今にも掴みかかりそうな茂樹を制する。言い足りなさそうな茂樹は不満げな顔をするが、にこりと笑いかけて座らせた。
「はっ、どーだか? 顔は良いみたいだからな、物好きなセンコーに、」
話していた男子生徒の言葉が途中で途切れ、次いで物凄い物音がした。それに思わず額を押さえる。
……こっちを抑えるべきだったか。
何が起きたかわからなかった二人は、音のしたほうに顔を向け、そこで倒れている仲間とその襟元を掴んでいる紀輔を見て目を白黒させた。
「きーすーけ。お前も、やりすぎ」
殴り飛ばした上にさらに追い撃ちをかけようとしている紀輔へと声を掛けてみるが、反応がない。
「まったく……二人して言われた本人より先にキレんなよ。俺が怒るタイミング逃したじゃんか」
「……」
言いながら紀輔の下へ行き、男から手を離させる。
男の顔を見ると、殴られた場所が悪かったのか、鼻血が垂れていた。
ふむ。ナイス、紀輔。
「くっそ、何なんだてめえは!」
「……ごめんねえ? こいつら、俺のことが大好きだから、俺への悪口に耐えられなかったみたい」
鼻を押さえてこちらを見上げる男の顔を覗き込む。
俺の顔を見て目を見開いたので、にっと笑って見せればフリーズした。
「でもさあ、俺も男だから、守られているだけっていうのは……――面白くないよねえ」
笑みを深めると、何か悟ったのか相手はずり、と後退した。が、すぐに壁に阻まれる。
「……そんなに怯えるなら、最初から絡んで来なきゃいいのに」
にこりと笑いながら、がつ、と男の顔面、のすぐ横の壁を蹴り上げる。
「これで許してほしかったら、さっさと失せろ」
言い終わるが早いか、男は仲間そっちのけで走り去って行った。
股間を押さえていたのなんか見てないからな。
あはは……ほんっと、いい気味。
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