▼ 02
言い終わると同時に俺は走り出し、紅蛾に殴りかかる。
「――ッ!」
俺の拳が紅蛾の頬を掠めた。紅蛾はその俺の腕を掴み、反撃とばかりに足を振り上げてくる。
逆の足を払うがうまくかわされ、体勢が崩れた。
「――ぃ、危ねっ!」
軽く手首を捻ったが、なんとか腕を振り払い避けることができた。
「……うーん、やっぱり鈍ってるなあ」
「今ので鈍ってるって言うのか」
「いつも暴れてる紅蛾とは違うんだよ」
「てめっ……!」
俺の言葉にいちいちイラついてたらキリがないのにね。
あは。自分で言うかって? だってわざとだし。てかね、紅蛾はからかうと面白いんだよ。
「……おっと!」
「避けんな!」
「えー、当たったら痛いじゃん。てか不意打ち卑怯!」
「当てようとしてんだよ! それにてめぇが勝手に考え事してたんだろ、知るか!」
頬すれすれ、紅蛾の拳を避けたのはいいが機嫌を損ねてしまった。
こうなると面倒臭いんだよなあ。本気でやらないとあとでぐちぐちうるさい。姑みたい。
うん。でも、まあ、体も温まったし。だいたいの感覚も戻ってきたし……そろそろ本気で。
「――いくよ?」
目を細めながら俺がそう言うと、紅蛾が息をのんだ。
俺は再び地面を蹴り、一気に紅蛾との距離を縮める。そしてその勢いと低姿勢のまま鳩尾を殴りつけた。紅蛾がよろけたところに、さらに追い撃ちをかけるように回し蹴りを入れる。
「ぐ……っ!」
蹴り飛ばされた紅蛾はそのまま瓦礫の山に突っ込んだ。その紅蛾に襲い掛かるように、がらがらと音を立てながら瓦礫が崩れる。
「……あーらら。ごめんね?」
口元を歪めて笑って見せる。そこに、ずさ、と音を立てて俺の足元に何かが倒れてきた。
「……何してんだ、ホーク」
「足とられただけ。大丈夫」
言いながらホークが立ち上がった。
「ふふ、そうこなくちゃ」
再びがらがらと音がしたかと思えば、瓦礫の中から紅蛾が這い出て来た。反対側からは紫猿が近づいてくる。
ゆっくりと周りを見回すと大方勝負がついたようで、残ってるのは一部のみ。
――ああ、楽しい。
「さあ、ショーも終盤だ。そろそろ決着つけようか、紅蛾」
*
「あー、くそ、負けた!」
どさ、と地面に倒れ込む紅蛾。
「はあ、やっぱり牙には敵わないな」
「紫猿、それ嫌味? 最後まで残ってたじゃないですか」
「そう言う黒猫だって、いいとこまで残っていたのに……途中でどこに行ってたの?」
言いながら紫猿も座り込んだ。
「怪我したくなかったんです」
「お前な……だったら最初から、」
「はいはい、仲間同士で喧嘩しない! 紅蛾まで入って何してんの。馬鹿?」
そう言うと三人は言葉を詰まらせた。まだ何か言いたげだけどとりあえずは無視。
「倒れてる奴ら大丈夫か? カフェ戻って手当するぞー」
「……とりあえず周りの奴ら起こして。立てる奴は自力で戻れよー」
「ん。ホーク、あとよろしく。先に戻ってる」
そう告げるとホークはわかった、と返事をし、みんなのところへと走って行った。それを見送って『rivalry』に向き合う。
「さて、行きますか」
「は……? どこに?」
きょとんとしている紅蛾の頭を軽く叩き、立つように促す。
「話聞いてた? カフェだよカフェ。怪我の手当と……あと、話したいことがある」
「……わかった」
「んじゃ、ちゃんとついて来てよ、紅ちゃん」
「おい!」
「あはは」
逃げるように少し小走りでカフェに戻る道を進む。
振り返ると、走る気力がないのか紅蛾たちはゆっくりと歩いていた。
「早くー」
「ちっ……少しはこっちの身にもなれってんだ」
「何か言った?」
「いや」
「ふは、俺は負けないからね」
「……」
えぇ、と言いたそうな顔をしている紅蛾を見て、今日何度目になるか、俺は口元を歪めた。
――ふはは。愉快犯ですが何か?
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