▼ 02
「……え」
質問の内容を聞いた途端、転入生の顔が強張った。会長はなんでそんな質問を、とでも言いそうな顔だ。
「どうして、そのような質問を?」
……ありゃ、副会長が聞いてきたや。
「どうしてって……転校生くんってあの『ウルフ』なんでしょう? 『hound』の総長である会長……『ノース』とどっちが強いか気になるじゃないですか」
純粋な疑問ですよ、と笑顔で返せば納得したのか、副会長はそうですか、と呟いたあと黙ってしまった。
別に不思議なことは何もない。生徒会役員が『hound』、風紀委員が『rivalry』だというのは、この学園のほぼ全生徒が知っているのだから。
「……転入生くん?」
しばらく待っても返答が返って来ないことに痺れを切らした俺は転入生くんを見、口を開いた。
「ぁ……え、えっと……」
俺と目が合うと転入生くんの肩が震えた。それを見て、俺はまた口角が上がりそうになる。
一般に、ウルフとノースは互角だと噂されているが、実際は紙一重でウルフのほうが上。しかもこれは当事者である俺と会長しか知らない事実。だから第三者が知っているわけないのだ。
さて、どう答える?
俺は不自然にならないように気をつけながら笑顔を浮かべた。
「……『ウルフ』の方が強い」
その言葉に転入生が顔を上げた。
俺の質問に答えたのは、今までだんまりだった会長。
なんだ、会長が答えちゃったか。
「へえ、そうなんだ?」
俺の顔から笑顔が消えたのを、俺は気づかない。
「……。まともにやり合ったことは一回しかねぇが、あの時は俺の完敗だ。ウルフの動きには無駄も隙もなかった」
「なるほど。それで会長はウルフに惚れたんですね」
ああ、そうか。あのあと異様にしつこかったのはそのせいか。厄介なの相手しちゃったなあ。
「で、今はどっちが強いの?」
「さあな。一年くらい前のことだし……今やったら俺が勝つかもな?」
そう言いながら会長は不敵に微笑んで転入生の肩を抱き寄せた。皆の視線が会長に集まる。
あ、嫉妬か? 男の嫉妬は見苦しいよ?
ふと会長を見ると、会長が笑顔で俺を見ていた。
「は……悠!」
「……なぁに」
「一緒に食堂行こうぜ!」
何でそうなる。
ていうか今まで気まずそうな顔をしていたのに、いきなり声を上げるなよ。驚くから。
「ごめんねー。友達待たせているから。またね」
「あ、おい悠!」
転入生くんが何か言っているが無視して部屋に戻った。
ちらりと見た会長が何か言いたそうだったけど、まあいいか。
「んー……なんかうまくいかないんだよなあ」
転入生くんは素でやっているのか、図っているのか……どちらにしろタチが悪い。
そんなことを考えながらリビングまで戻る俺は、廊下に残した会長の意味深な発言を聞くことができなかった。
*
あれから3日、廊下を歩けば必ずと言っていいほど、転入生とその取り巻きの話が耳に入るというのに。
食堂はもちろん、教室ですら転入生を見かけないのは何故だ。
「おはよー」
教室に入ると学級委員長がいた。
「はよ。委員長、今日早いな」
「ああ、日直なんだ」
「え、日直? 俺したことないよ?」
高等部に上がって早二ヶ月。名簿番号順だとしてもそろそろ一回は回ってくるはずだが。
「それは皆が代わってやってくれているからね」
「……へえ、それは初耳。ありがたいね」
そういえば以前、紀輔が日誌書くの面倒臭いって言ってたな。
ぶつぶつと独り言を言っていると、委員長が微笑んだ。
「……ほんと、みんなお前が大好きだよ」
「ん、何か言った?」
「いいや。それより、六合はいつもこの時間に?」
「ああ、大体この時間帯かな。食堂混むのが嫌だから早めに食べて、そのまま来る」
そう言いながら席に座ると、委員長が後ろから近づいて来た。
「……? どうし――」
「えい」
気の抜けた掛け声とともにフードを取られた。自然と委員長を見る顔が訝しむ。
「おお、いつ見ても美形」
「……」
「いやいや、嫌がらせのつもりじゃなかったんだけど」
怒んないで、と焦る委員長。
別に怒ってないけど……。
「なに?」
「ん? 偽物に登場された『本物のウルフさま』の心境を聞こうかと」
おおう直球……て、あれ?
「委員長って、俺が本物なの知ってたっけ?」
「ふふは! 君が本物だってことは僕の独自調査で、海藤くんが来る前から知っていたのさ!」
ぎゃっ、ぞわってきた! 何だよ独自調査って! ていうか委員長変態だったの?! ストーカー!?
脳内パニックを起こしつつ委員長を見て後退る。そんな俺の様子に委員長は苦笑を浮かべた。
「六合が気になったからじゃなくて、ウルフに一目惚れしたからだよ」
…………結局俺じゃん!
「え、てかなんで委員長はウルフを知ってんの? 会ったことあるっけ?」
「会った、ていうか、偶然、僕が君を見かけたんだよ。中3の、友達と遊び回ってたときに」
「委員長って意外とやんちゃっ子?」
「あはは、六合に言われたくないなあ」
……あは。
聞くところによると、委員長は族とかそういうのには入ってないんだって。ただ友達と遊んでたら帰るのが遅くなって、その帰り道に偶然ウルフを見かけたらしい。
ん? 何で俺だってわかったんだ? あれ、遊んでたってことは地元近い?
「あ、おはよう。珍しいな、委員長がこんなに早く来るなんて……何してたんだ?」
「紀輔……委員長にバレてた」
「あー……やっぱり?」
「え」
やっぱりとは、どういうことですか紀輔さん!
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