▼ 02
2人で教室に戻り、早二十分。
昼休みが終わりに差し掛かったところでようやく戻って来た茂樹は、何も言わずに自分の席に座った。そして何か言いたそうにこちらを向く。
「……どうした?」
「ハル……」
「……やっぱり怒った? 置いて行っちゃったから」
「……」
なんか無言の茂樹が怖い。
そう思ったのも束の間、茂樹の手が俺のほうにのびて来た。
「悠の髪って触り心地良いよな……」
「は……?」
「そんでもって、何気に美形だよな」
言いながら茂樹は俺の顔にかかっていたフードをとり、髪を弄ぶ。
「え、ちょ……ほんとにどうした?」
「んー……ハル補充……?」
されるがままだが、様子のおかしい茂樹の好きなようにさせる。
「何故に疑問形? てか意味わかんないし……食堂で何かあった?」
「……米粒ほどには?」
「えっと、あったんだ?」
聞きながら茂樹の手を退かし、フードを被り直す。そのまま茂樹を見るとわずかに肯首した。
「でも、大したことないから」
「……そう? 茂樹が大丈夫ならいいんだけど」
「うん。気にしな、」
「あーっ! お前、先に戻るなよな!」
ガッと勢いよく戸が開いたかと思えば、転入生が後ろに何人か引き連れて教室に入って来た。
「か、海藤……」
「紗弥でいいって言っただろ! それに何で先に戻っちゃうんだよ! オレら友達だろ!!?」
転入生は茂樹の前に立ち、有無を言わせないかのように言葉を続ける。
「せっかく皆で喋ってたのに一人で帰るなよ! そういうのダメなんだぞ!? 今なら許してやるから謝れよ!」
「う、」
「……茂樹」
小声で言ったつもりだが、転入生の耳にはしっかり届いたらしく、こちらを向いた。
「ん? 誰だお前?!」
お前が誰だし。いや知ってるけど。
ていうかエクスクラメーションマーク付けないと喋れないの。うるさいなあ。
オレが黙ったままでいると、転入生の取り巻きに睨まれた。何故。
「なあなあ、お前、何でそんな格好してんだ!? 一人だけおかしいぞ!!」
「は?」
何だ、急に。
「……転校生くんのほうがおかしいから」
「ああ? おい、お前。何言ってやがる」
俺と転入生の会話に、会長が割って入ってきた。
「会長さんは黙ってよ。転校生くんさ、ずっと思ってたけど、うるさいんだよね。少し静かにしてくれる?」
「オレは紗弥だ! それに佳穂に失礼だろ!」
「は? 知らないし。それより、聞こえなかった? 俺、少し黙ってって言っ、」
「お前が黙れよ! ていうか誰だよ!」
……仮にもクラスメイトなんだけど。顔くらい覚えてよ。まあこんな格好していて何を言っているって話だけど。
「……酷いなあ。俺のこと知らないの? 俺は転校生くんのこと知っているのに」
「む……し、知っているなら名前で、」
「なあ、お前ら。何やら白熱しているところ悪いが、チャイム鳴ったぞ」
早く席に戻れ、と言わんばかりの顔で担任が口を挟んできた。
「それともあれか、俺の授業がそんなに嫌いか?」
「あはは、まさか。俺は好きですよ、数学」
さらりと答えたら先生が笑った。
「は、いつも寝ているくせにか? だったら、58ページの問10を黒板に書け。今日はそこからだ」
あー……墓穴掘った。お前らのせいだぞと言外に睨むと、会長は肩をすくめた。
俺は転校生くんを一瞥して黒板の前に立つ。その横で、先生は会長たちを追い出しにかかった。
渋る相手に苦戦しながらも、やっとのことで会長たちを追い出した先生が溜め息をついたのと、俺が問題を解き終えたのは同時だった。
「先生、書きました」
「……好きと言うだけあるな。正解だ」
「当たり前」
得意げに笑ってみせ、席に着く。
さて、何だか疲れたし、昼寝でもするか。
腕を枕替わりに顔を伏せるとすぐに眠気が襲って来た。
*
「……ふあ。んー、良く寝た」
伸びをしていると、後ろから頭を小突かれた。振り返ると担任の姿が。
「……お前な。ずっと寝ていただろ。俺、早瀬先生に嫌味言われたんだが」
「……は? 何で早瀬? まだ数学っしょ?」
「はあ……今は6限目、本日2回目の数学だ」
「え……俺、化学寝てた?」
カリカリと頭を掻いて時計を見ると、確かに2時間ほど経っていた。
「らしいな。怒鳴っても起きなかったんだと。呆れを通りこして尊敬するよ、お前」
「うわー、やらかした。どうしてくれるんだ、茂樹」
「え、俺!?」
突然会話を振られた茂樹が勢いよくこちらを向く。
「起こさなかった茂樹が悪い」
「いやいや、明らかに自業自得じゃんか!」
「だな」
終業のチャイムのあと、俺は早瀬に呼び出しをくらい、両面印刷されたプリント5枚の刑に処されましたまる。
担任兼数学教師
平方隆志(ひらかたたかし)
化学教師
早瀬和史(はやせかずふみ)
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