spring blossoms

!ATTENTION!
*腐向け(朝菊/島国同盟/英×日)
*パラレル
*雰囲気小説につき中身はありません。

英国パブリックスクールもの。一年生で同室のお友達な朝菊ちゃんがきゃっきゃしているだけ。



かしゃり、人気のない室内にそれは予想外に大きく響いた。ファインダーの枠の中で俯けられていた顔がはじかれたようにこちらを向いて、アーサーは思わず笑う。いたずら成功だ。
「もう、勝手に撮るなんてひどいですよ、アーサーさん。」
切れ長の瞳が不満げに細められて、切り揃えられた黒髪がさらりと揺れた。春の花々、ゆれるこずえに、埃をかぶった本の山。
まっしろなカーテンに陽光がその影を柔らかく落として、さながらそれは一枚絵のようだった。
満足げにもう一枚とシャッターを押したアーサーに、彼はぷりぷりと頬をふくらませ、頭をふり立てて立ち上がろうとした……とその拍子に整った黒い髪の上から大きな花冠がすべり落ちる。
まん丸に見開かれた瞳が今にもこぼれ落ちそうなのを見て、アーサーはとうとうはじけるように笑いだした。
「アーサーさんっ」
「ごめん、キク。だって似合うと思ったから…」
小きざみに肩をふるわせながら弁解すると、菊はぽこぽこ湯気をたてながら、何やら彼の母国語でいかんのい、とつぶやいた。
「どうしてここが?」
「たまたまだ」
「午後はクリケットのはずじゃ…」
「ぐうぜん窓の外を通りがかったんだ。
そしたら、こんな晴れの日に窓枠に持たれて本を読んでるまじめなやつが居たもんだから」
「いいんですか、お約束は」
「べつに。キクと過ごすほうがいい」
俺のためだからな、とすました顔でカメラをしまい込む友人に、菊はええ、そうでしょうとも、とひとりごちる。無意識に拾い上げた花冠に指をすべらせると、思いのほか一輪ずつしっかりと編み込まれていて脱力した。なんという才能と労力の無駄遣いだ。

「で、何読んでたんだ?」
「クリスティーナ・ロセッティですよ。明日までの課題で」
そう答えて菊は膝の上の本を軽く振ってみせる。タイトルは『王子の行進』
留学生の菊にとって、異国語で受ける授業は少しばかり難しい。やはり慣れ親しんだ母国語より噛み砕くのに時間がかかるのか、クラスに遅れをとるまいと、皆が寝静まったあとも遅くまでこっそり勉強していることは、同室のアーサーがいちばんよく知っていた。


What are heavy? sea-sand and sorrow:
重いものは何かしら?
――それは海の砂と悲しみ。
What are brief? today and tomorrow:
短いものは何かしら?
――それは今日の日と明日のこと。


「それ、なんですか」
「ロセッティだ。」
悪戯っぽく笑ってアーサーは窓枠に腰掛けた。
「今日なんてすぐ過ぎ去るし、明日の予定だってしかり。だったらやりたいことをやるまでだ」
思い立ったが吉日とも言うしな、などと抜かしながらすました顔で菊の本を取り上げてぱらぱらとめくる。続けて、そっちのクラスじゃこんなのをやっているのかとやけに楽しそうな声を上げる友人の気ままさには、一生敵いそうにないと菊はため息をついた。
「気の毒なフランシスさん。」
今ごろ、かの気のいい友人は、人数が足りずにふたり分のバットを抱えて校内を駆け回っているにちがいない。
「お友だちは大事にしたほうがいいですよ。」
「今、してる。」
あと、あいつは友達じゃねぇ、と途端に顔をひんまげてそっぽを向いたアーサーが可笑しくて、菊は思わず吹きだした。
「またそんなこと言って、」
「本当だ。俺のと、と、友だちはキクだけだからな。なんてったって、」
「はいはい、なんてったって相棒、ですもんね」
まったく仕方のない人、そう言いたげに苦笑いして、菊はそっと本に手を伸ばす。
「でも私以外の皆さんも大切にしてくださいよ」
じゃないと、なんだか悲しいです。
妙に大人びた口調で諭す菊に、アーサーはきまり悪げにたじろいだ。
「キクがそう言うんなら、そうしてやらないこともない……けど、うん」
「それでこそアーサーさんです」
今度は一転、にっこり笑った菊は、ぱたりと本を閉じるとさりげない動作でアーサーの膝に花冠を差し出した。
「あとこれ、お返ししますね。」
「いらないのか?」
戸惑い眉を下げたアーサーに、今度は菊が困ったような顔をする。
「ええ、だってそうでしょう。女の子ならまだしも…」
「いいだろ、もらっておけば。べべ別にお前に似合うと思って作ったわけじゃないんだからな!」
だいぶ露骨な態度におかしさがこみ上げた。
涙目でまくし立てるアーサーの赤く染まった白い横顔にやわらかな風がかかり、癖のついた金髪が流れる。それを見て、菊はそっと言い添えた。
「…それにきっとアーサーさんのほうが、ずっとずっと似合います。」

「…は?」
「だってこんなに綺麗な髪ですよ」
美しい金糸に白く整った顔、まさしく絵本の中の王子様だと瞳を輝かせて菊は熱弁を振るう。予想外の切り返しに、アーサーは思いきり怪訝な顔をした。
ガラが悪いだの眉が厳ついだの言われることはあっても、同年代の友人にここまで手放しで、しかもよく分からない方向に褒められたのは初めてである。むず痒い気持ちが背を這い登って身体中を包み込んだ。
「き、キクのほうがずっと綺麗にきまってる!」
きらきらした瞳が直視できず、アーサーはどもった。
「なに言ってるんですか」
「信じられないのかよ、ばかぁ!」
「い、いえ、そういうわけでは」
自分は菊だからこそ、これを捧げたのであって、もともと適当にそこら辺のやつに花冠をくれてやるような趣味はない。ましてや男に。ただ、きっと菊に似合うだろうとその一心で花を編み、おまけに写真に収めようと寮へ走ってカメラまで取ってきた自分の行動が上手く説明できず、アーサーはぷいと顔を逸らした。
「それに、黒のほうがこういうのは映えるだろ」
「そういうものですかねぇ…」

不服そうな菊がよいしょと立ち上がる。
軽く制服の裾を払う彼のつややかな黒髪がそよ風にゆれた。白いカーテンがおどり、バター色の首筋にかかる。

その刹那、アーサーは菊から目が離せなかった。

「ところでアーサーさん」
くらりと目眩がするような心持ちに襲われて息ができない。
なぜ、どうして。
自分でも何をおぼえたのかわからなかった。
起こされた顔、真っ黒な髪にふちどられた輪郭。ぱちりと黒目がちな瞳がこちらを向く。色づいた唇がそっと開き、そして緩慢に動いた。
……菊がまっすぐこちらを見ている。
その一瞬、ここ一年ほどで見慣れたはずのルームメイトがなぜだかまったく別人に思えて、アーサーは、ひゅっとふいごのような音を立てて息を呑んだ。

「どうかしましたか?」
かちり、と世界があるべき場所におさまる音がした。
「…っ!わ、わるい」
慌てて飛び退いたアーサーの目には、もういつも通りの菊が映っていた。
「いえ、ぼうっとしておられたので…ごめんなさい」
「いや、謝る必要はないんだが…」
自分は今、なにを考えた?アーサーは困惑した。
こんなのは、知らない。

春の風のせいだ。アーサーはそう自分を納得させた。むせ返るほど甘く、眠気を誘うほどあたたかなこの風の。
「それより、何か言いかけてただろ」
ああそうでした、と菊は嘆息する。
「どうして写真なんか撮ったんですか。」
菊が少しばかり拗ねたような声で言った。
風が吹き、窓枠に落ちた花びらが高く高く舞い上がる。
「あ、綺麗…」
菊が小さく声をあげたその時、ふと巧い答え思いついて、アーサーは素直に喜んだ。

「美しいものは一瞬だから」
菊が怪訝そうな顔をする。アーサーは続けた。
「だから思い出を形に残しておきたかったとか、まあそんなところじゃないか?」
「そりゃまたずいぶんと投げやりな。」
「まあ聞けよ」
思い描いたとおりの呆れたような反応にアーサーはくつくつと笑う。
「重いのは悲しみ、短いのは今日と明日。なら儚いのはなんだと思う?」

寸分の狂いもなく丁寧に編まれた花冠を掲げる。即席のフレームの奥をのぞけば、お気に入りの少年が困惑したように眉根を寄せていた。
彼の関心を引いたことが嬉しくて、アーサーはにっと口角をあげた。

「あのな、ロセッティはこう言ったんだ。」

What are fail? Spring blossoms and youth:
儚いものは何かしら?
――それは、春の花々と若き日々。



「spring blossoms」緋鞠(みぃな)
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