春の心はのどけからまし

!ATTENTION!
*にょたりあNL
*アル桜
*パラレル
*死ネタ注意

戦後まもなく恋に落ちたアメリカ兵のアルと良家の娘の桜のお話。




世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

─伊勢・渚の院─



しとしとと、雨だれの母屋の瓦を穿つ音が、絶え間なく静けさを打つ。樋を伝う雫がちょろちょろと縁側の下を濁らせるのを聴きながら、アルフレッドはわずかに身動ぎをした。
握りしめた布団の端が、ぎゅっと擦れる音がする。泣きわめくのもはばかられるほど、辺りはどうしようもなく静かだった。

「これでは数日中に散ってしまいますね」
先刻から黙りこくっていた彼女がふと声を上げた。肌寒い部屋に火を焚いて、布団の上に起き上がった彼女は庭の桜を眺めていた。

「…さくら、」
「はい、なんですか」
ぼんやりと視線をさ迷わせていた白い横顔がこちらを向く。そっと肩を抱き寄せると、恋人はいつものように顔を綻ばせた。
その肩の細さに、薄暗がりに青白く浮かび上がる首筋に、胸がつきりと痛む。
そっと頬を寄せると、ほのかに彼女の匂いがした。
「…逝ったら、ダメなんだぞ」
心安らぐそれに、駄々をこねるような声が漏れる。
「まだ咲き盛りじゃないか」
思わず悔しさがにじんだ声音に、ふふ、と柔らかく笑い声が重なった。
「いずれ散るものは仕方ありません」
幾分か細くなった腕に添えたアルフレッドの手に、ひんやりとした彼女のそれが添えられる。諭すような言葉に、もう怒る気力も湧かなかった。彼女にはいつだって勝てたためしがない。それがどうしようもなく悔しかった。
「…散ればこそ、いとど桜のめでたけれ」
「なんだい、それ」
聞き慣れない音の羅列に怪訝な顔をすると、彼女は小さく笑った。
「ご存じですか、日本では移り変わるものこそ美しいとされるのです。」
運命に身を委ね、儚く消えてゆくものに想いを寄せる。私たちはそこに価値を見出すのです。だから、
「どうか泣かないで」
とん、とん、と背を叩くその優しい手に力が籠る。
「花は、散るからこそ美しいのですから」
だから、どうか、どうか。
私をここに引き留めないで。
あなたの中に残る私が、いつまでも美しくいられるように。

「わからないんだぞ」
「わからなくて、いいですよ」
すん、と鳴らした鼻がつんとして、アルフレッドは堅く抱いた彼女の髪に顔を埋めた。
庭の桜はすでに大方散っている。

もう泣き顔を見せるわけにはいかなかった。









『春の心はのどけからまし』緋鞠(みぃな)



世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

この世に桜が一切なかったならば、散り逝く花弁に心掻き乱されることもなく、春を過ごす心はのどかであるだろうに。

返歌

散ればこそ いとど桜のめでたけれ  憂き世になにか久しかるべき

散るからこそ、桜はいっそう素晴らしいのです。この辛い世に、長く永く不変であるものなどないのですから。

─伊勢・渚の院─



素敵な背景は ゆーぺん/yu_pen (@yu_pen78)様より
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