白いものを3つ述べよ、と例えば問いを投げられるとする。空に浮かぶ雲とか、犬とか、綿菓子とか。オーソドックスに述べるとそんな感じになるけれど、ふと記憶の中にチラつく姿をどうしても無視できない。



「一種の中毒ってやつなのかな」
ポツリと唇から零す言葉に、隣で蕎麦を啜っていた古い友人が首を傾げる。
「なんだ、また銀時の話か」
「何だとは何よ」
「お前らは仲がいいのか悪いのか分からんな」
ずず、と表情も変えず蕎麦を啜る。蕎麦、好きだったの?と聞くと最近少し、なと蕎麦の入った器を見ながら呟く。
「俺から見れば、兄妹のようなんだかな」
「どっちが上なの」
「…どちらも同じだな」
かたりと箸を置き、合掌する。礼儀正しい。食事をするときは特に。ぱちりと目が合うと、私と桂の分の食事代が計算されている伝票をするりと抜き取り席を立つ。
「え、悪いよ。それくらい払う」
「構わん。奢られてろ。…またふらっと居なくなるんだろう?」
毎度!と元気な定食屋の主人の声を背中で受けながら、相変わらず人の多い道を歩く。すいすいと人と人との間をすり抜けるように歩く桂に私も続く。
「まぁ、この街にいてもつまらないし」
「……相変わらずだな」
「そう?」
くふ、と曖昧に笑うと、笠を目深に被りなおす桂。不機嫌そうだ。こうやって誤魔化すと、決まってこんな風にする。
「会って行かないのか」
「……何?お節介でも焼くために奢ったの?」
「それもあるな」
「まじでか」
「茶化すな。そういう風にしてるからいつまで経っても…」
「あー、もう。うるさいなぁ。アンタは私の母親かっての」
うざったくてひらひらと右手を振りながら、桂から離れる。小言がぐちぐち言われていたが、全部無視した。喧騒に紛れると、急に心が落ち着いてきて、溜め息を零した。



女だてら。あの戦争に参加して。参加したからと言って、何かが変わった訳もなかった。その代償は軽すぎた覚悟では到底背負えないものだった。
「時々さぁ、分からなくなってきてさ」
遠くで蛙が大合唱をしている。つい先ほどまで降っていた雨の影響で、地面はひんやりとした冷気を放っている。月明かりに照らされて、隣の銀髪は輝く。
「あ?何がだ?」
「こーやって、刀振り回してる意味。よく分からない」
柄にもなく、小さく零す。戦場では、お互いに背中を預けて走るだけ。コイツは、大丈夫。倒れない、絶対にという漠然とした確信があるからだと思う。日頃は、あんまり関わり合いにはなりたくないと思ってるけど。まぁ、それはお互い様なんだろう。
「ふーん」
「…何よ、その微妙な返事」
「いや。俺も分からねーなと」
寝転がって、空を見上げる。雲が千切れ千切れになり、広がる星空は今も昔も変わらない。
「いいんじゃねーの、それで」
「適当ね」
「自分のことじゃねぇからな」
「そのふざけた思考回路なんとかして来たら?」
「お前もいつもみたいにアホな顔してたらいいんじゃね」
「私がいつアホ面したんだこの天パ」
「今もしてるじゃねーかよ」
「これが普通の顔だ馬鹿やろう」
静かな2人だけの空間。憎まれ口を叩ける人間。居心地のいい隣。それが、どれだけ有り難かったのか。それを私は見ないふりして当たり前と決めつけた。戦争が終局に向かうにつれ、一緒に戦場に立つことがなくなった。戦力の補充に私が駆り出されることが増えた。背中を預けて戦うこともできなくなった。傷が増えた。命に関わるものも出来るようになった。たくさん仲間が死んだ。自分でも驚くくらい泣いた。泣いてもなにも変わらないのに、泣いた。戦争が終わって、1人になった。もう一度、私の生きたことを見つめなおすために始めた1人旅ももう日常となってきている。



「会って、どうするっての」
夕暮れ時。大きな橋の欄干に身体を預けてぼんやりと流れる水を見つめる。後ろを通るたくさんの人たちの足はせわしなく動いている。恐らく仕事を終えた人たちが家路に着こうとしているんだろう。この人たちにも、家に帰れば大切な愛おしい家族がいるんだろう。そう思うとなんだか心が温かくなる。周り道しても、何をしても多分、人は何かしら学びながら生きていく。
「………行くか、」
どれだけ時間が経ってしまったのか分からないが、あれだけ多かった人通りも今はまばらで、空は橙から紫へ変わり一つ白い星が輝く。ひとつ伸びをして、深呼吸して。振り返ると、目の前に立つ人物と目が合う。
昔と変わらない、その白。紫の空にすけるその白はさらさらと風を受けゆれている。…こんなこと、昔もあったな。ぼんやり思い出す。
戦争に負け続けて、自分の無力が嫌で。がむしゃらに剣を川原で振るって、野営に戻るそんな生活。いつのまにかできていた見物客。見世物じゃねーよ、と睨むとへらりと笑う。片意地張ってたら命いくつあっても足りねーぞ、と笑う。ぎくりとした心中とは裏腹にそいつのことが大嫌いになって。今も嫌いだけど。
「…見世物じゃ、ないわよ」
思えば、最初から心配かけてしまっているんだろう。あっちが母親だったら、こっちは父親か。そう思うと、なぜか可笑しくて笑みが零れる。
「知ってるよ」
「久しぶり」
「ああ、久しぶり」
面倒くさがりの癖に、お節介で。
その心配性なところが私は嫌いなんだって。
そう零すと、目の前の白は面倒くさそうに頭をぼりぼりと掻きながら私から少し目線を逸らしながら呟く。
「心配すんな。俺もお前のこと嫌いだから」


は、


嫌い。嫌い。…多分、同属嫌悪。
だからこそ、心配してしまう。気にかけてしまう。
トモダチなんて生温くてとても呼べやしない。
私も銀時も、ただの生きる人間どおしだ。ブラウザバックでお戻り下さい。

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