青くさい、だけど甘酸っぱい | ナノ

 誘惑に勝ってよかった。その日は雨でプールの中には入れない。体育館はもちろんバスケ部やバレー部、そして雨の場合はテニス部がバト部に混ざる。校内は吹奏楽部が色々な教室にパートごとに割り振られ、その合間の廊下だとかに野球部やサッカー部が筋トレなんかをしている。つまり最近発足したばかりの水泳部など雨の日の部活など満足にできるわけもなく。ミーティングだという名目でハルの家にみんなが集まった。橘真琴がそれを断ったのは、現国の課題が頭の片隅にあったからだった。元々好きな科目であって、本を読むのも苦痛じゃない出された課題は芥川龍之介の書いた小説を十以上読み、自分で好きな順にランキングをつけ、その理由を考察するというものだった。どこの出版社からも短編集だとかが発行されているのも知っている。だけどそれだけじゃ面白くない、もっと読んでそこから響いた十を選びたいと思っていた。雨のこの日が絶好だった。真琴は図書室の扉を開け、そして全集があるだろう場所へと足を運んだ。本棚が並ぶ狭い通路に足を踏み込み、その目的の本棚を覗き込んだところ、そこには絶景が見えた。

「へえ……」

 真琴にとっては紛れもなく絶景だ。真琴に背を向け、ピョンピョンと低い脚立の上から飛んで本を取り出そうとしている。そのスカート丈はそこまで短い訳ではなかったけれど、女子高生たるもの、ふとももは露わになっていて。飛び上れば飛び上るほど見えそうになるその光景に息を飲んだ。彼女のことは知っている。同じクラスの女子で、真琴がひそかに小動物みたいだと思っている女子だった。言葉には出したことはないが、顔のかわいい子、胸の大きな子だとか女の子を分類してたりする。その中でみょうじなまえは小動物に分類されていた。背が低くて、たまにしか話しすることがないが、真琴を一生懸命見上げるその姿がかわいいと思ったのは内緒だ。ア行だからか一番上の棚に並ぶ全集。そして全集はとても分厚くてその表紙は立派な上、本棚にはギチギチに詰まっている。みょうじがちょっと引っ張ったくらいではとれはしない。いつまでも見ていたい光景だったが、見つかればきっと人間性を疑われると思い、声を掛けることにした。

「これ?」
「え?あ……」

 何も言わずに後ろから手を伸ばす。それは真琴の計算づくだった。少しでもいい人だと思われたという下心とびっくりさせたいという悪戯心。なまえはまんまとその計算にはまった。

「橘君、ありがとう」
「俺も全集読もうと思って。課題だよな?」
「そう」
「じゃあ、あっちで一緒に読む?」
「えっと……」
「どうせ、それ直せないだろ」
「あぁ、うん」

 真琴がそういえばなまえは了承し、窓際の席に向かい合わせに座る。そのままなまえがペラペラと全集をめくり始めれば真琴も全集を開けた。中々に興味深い小説が次々に現れる。なまえの方が真琴よりも読むのが早かったらしい。最後の表紙を閉じたなまえに気づいて真琴は顔を上げた。

「あれ、もう読んだ?」
「うん、でももう疲れたから終わり」
「そ、じゃあ俺も……」
「いいよ、禁帯だしもうちょっとだよね、私は読んだのまとめとく」

 そう言ってなまえはシャーペンを持ち、ノートに読んだ小説の題だとかをまとめ始めた。字さえも小動物みたいな小さな整った字なんだなと真琴は思った。いつまでも見ていても飽きないくらいだったが、先にこれを読んでしまおうと、目の前のなまえの姿を消し去った。次に真琴が目を開けた時、なまえは机に突っ伏していた。疲れたのか飽きたのか、手にはシャーペンが握られてノートには不可解な線が一本。寝落ちた時に引いたのかと真琴はおかしくなって、その線を指でなぞった。そのままポンポンと頭を撫でるようにして叩く。ゆっくりと起き上ったなまえは本当に寝ていたのかいつもよりも少し幼い顔をしているように感じた。

「おはよ」
「ごめん、寝てた」
「読んでる時は起きてたのにね、普通は逆じゃない?」
「うーん、こういう作品読んだ後に自分の文章を書いたら陳腐で情けなくて」
「あー、ちょっと気持ちはわかるかも」

 図書室でひそひそと話すだけでそれはもう二人の内緒話のようで。どうでもいい内容でも、何だか真琴はそれが嬉しかった。二人は同時に立ち上がり、全集を持つ。真琴がなまえの全集を預かろうと手を伸ばせば、ありがとうとなまえはそれを素直に渡した。本当に小動物みたいだ。真琴の後ろについて歩いてくるなまえはさながら真琴になついてる猫のようで。腕を伸ばして全集を元あった場所に戻して振り返ればなまえはもう一度ありがとうと言った。図書室の奥のほとんどの生徒が来ないような場所に女の子と二人。その子はじっと真琴を見上げている。首は痛くないんだろうかと心配になるくらい首を上げて。何となくそれがよくある女の子がキスを強請る仕草に見えて、真琴はついなまえの肩に手をかけてキスをした。掴んだ肩は小さくて細くて。触れ合った唇は柔らかい意外に形容のしようもなかった。

「な……」

 腰が抜けたのか座り込んだなまえに真琴もしゃがむ。そのままなまえの頭を胸に押し付けた。なまえの口からもれたひゃぁ、なんていう小さな叫び声さえも可愛いと思えた。頭を離して頬を手で挟む。そのままもうもう一度顔を近づければ簡単に唇が触れ合った。この人には不思議な安心感がある。真琴に抱きしめられた時になまえはそう思った。嫌ではないのだ。キスだって、触れ合うのだって嫌ではなくて。それを伝える前に塞がれた唇に熱が宿る。ようやく伝えるべき言葉を見つけた時には真琴に先をこされた。

「た……」
「ほんとかわいいね」

 小動物のような、そんな可愛らしさ。それに真琴が惹かれたのはその危うさだった。真琴を一生懸命見上げる姿も好きだが、不意に屈んであげたくなる。高いところに手が届かなければ取ってあげたくなる。重いものを持っていれば代わりに持ってあげたくなる。そして何より無防備にスカートで脚立の上で飛び上るその太ももを守りたい。この気持ちを言葉で表すすべ何て知らないけれど。今は結論だけでいい。そう決めた真琴は真っ赤になって真琴の腕の中にいるなまえの耳元でもう一度囁いた。

「付き合おう?いい?」

 なまえは頷くことしかできなかったけれど、その意思は真琴には伝わったようで。逃げずに二度もキスを受けている時点で確信に変わっていたそれに真琴は満足した。

「ほら、立てる?」

 真琴がいつもハルにしていたように、伸ばした手はなまえに向けられる。ためらいがちに掴んだその手をギュッと握って。引き上げれば当たり前にハルよりも軽くて、その手は頼りなくて。相変わらず真っ赤ななまえはもう真琴にされるがままだった。イニシアティブを取ったもの勝ちなんてよく聞くけれど、なまえにはそんなことできそうにもなかった。この気持ちをどう言葉にしようか。お互いがお互いを想いながら、同じ方向に歩きはじめた。



end.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -