青くさい、だけど甘酸っぱい | ナノ


七瀬くんは不思議な人だ。自分の意見があるのにそれを人に話そうとしない。時々橘くんが代弁することで彼の心を覗いてみるけど、それも時々怪しいと思う。だって七瀬くんと橘くんはいくら幼馴染みといってもあんなに性格が違うのだから。
それにしても、彼が自分の意見を発言しないのは優しさなのだろか。それともただ面倒事が嫌なのだろうか。私は彼の眉間に皺が寄る度にわからなくなる。


そんな彼のことを、一番詳しいであろう橘くんに訊ねたことがある。
「多分ハルは誰かを傷つけたくないんだよ」
橘くんは優しく微笑んだ。
「何かで人を傷つけたり蹴落としたりするのが嫌いなんだ」
「そうなんだ。……でも、」
橘くんの言葉から察するに過去に誰かを傷つけたことがあるのかもしれない。それも随分大切に思っていた人を。それならば仕方がないのかもしれないと思う一方で、私は疑問に思った。
「どうしたの?」
「それって誰かのために一喜一憂したり傷ついたりしたくないっていう、ただ面倒なだけなんじゃないのかな?」
何者にも囚われたくない。まさにフリー。感情も関係性も何もかも無くしてしまう。邪魔になるものは全て外していきたいのではないだろうか?
「……私たちも七瀬くんにとっては足枷でしかないのかな?」
そう訊ねると、橘くんが苦笑いをした。こういうことは本人に言わなければならないことで、彼は関係なかった。ただ優しいから私の相談相手に付き合ってもらっただけなのに申し訳ない。
「ごめん、こんなこと橘くんに聞くべきじゃないよね」
「ううん。でもそれは俺じゃわからないかな。……それより1つ聞いてもいいかな?」
「何?」
「ハルのことが嫌いなの?」
真剣に訊ねられて困る。よく考えれば嫌いな人間についてこれほど悩むことはないとわかるのに。敢えて聞く橘くんは意外と天然なのかもしれない。
「嫌いなわけないよ。寧ろ仲良くしたいと思ってる」
「そっかぁ、よかった」
まるで自分のことのように喜ぶ彼に¨保護者くん¨とあだ名を付けたのは秘密だ。


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「あっ、七瀬くんお疲れ様ー」
「……別に疲れてない」
部活の途中と思われる七瀬くんがプールサイドに居たので声を掛けると、素っ気ない返事が返ってきた。
「そっかぁ。ごめんごめん。……あまちゃん先生は?」
気まずいと思いながらも、他の部員はいない様なので七瀬くんに訊ねる。
「さっき出ていった」
「じゃあすれ違っちゃったかなぁ…。ありがと」
「あれっ、どうしたの?」
声のする方を見るとちょうど橘くんが部室から出てきていた。どうやら休憩中だったようで、先程までの気まずい雰囲気から解放され、ほっとする。
「あまちゃん先生に提出物をね。今日のやつ出すの忘れてて」
「そうなんだ。多分もうすぐ帰って来ると思うし、暫くここで待ってたら?」
「練習の邪魔にならない?」
「全然大丈夫だよ。ほら、ここなら日影だし」
「あ、ありがとう」
橘くんの優しさに甘えてプールサイドに足を踏み入れる。
「プール、すっごく綺麗になったんだね」
「うん、草を抜いたりプールを直したり大変だったんだけどね」
春に見た光景を思い出して苦笑する。そういえば制服を汚して頑張っていた。
「今度の大会出るんだよね?頑張ってね」
「うん、ありがと」
微笑んだ橘くんの隣でじっとこちらを見つめている七瀬くんに気づく。
(……なんかマズイこと言ったかな?)
「七瀬くんも頑張ってね」
「別に頑張ってやるようなことじゃない」
「ちょっ、ハル!」
素っ気ない返事にまた心の中でヘコむ。もしかしたら七瀬くんとは根本から合わないのかもしれない。
「そんな風に言っちゃダメだよ」
「いいよ、橘くん。こっちこそごめんね、七瀬くん。…やっぱり職員室に行ってみるよ」
「えっ、ちょっと!?」
やはりここで待つのは無理だと思い(精神的に)、橘くんの声に聞こえないふりをして踵を反す。もしかしたら職員室に行くまでにあまちゃん先生に会えるかもしれない。


「おい…」
プールを出たところで呼び止められ、振り返ると七瀬くんがこちらに歩いてくる。まさかの人物に私は目を丸くする。
「どうしたの?」
彼が追いかけてくる理由はない。身構えていると、彼の口から溢れた言葉は素っ気なくも優しかった。
「待ってればいい」
「……いいの?」
「邪魔だなんて言ってない」
そうして背を向ける七瀬くんに驚く。
「あと……」
「どうしたの?」
驚きながらももう一度プールサイドまで歩く。途中でぽつりぽつりと彼が言葉を紡いでいく。
「ただ苦手なだけだ」
唐突な言葉に一瞬何を言われたのかわからなかったが、もしかしたらと聞き返す。
「……自分の気持ちを言うのが?」
こくりと頷く彼を見て、何故か自然に受け入れることができた。
「そっか。私の深読みかぁ」
「俺は優しいわけじゃない。誰かのことを考えてるわけじゃない」
そんな面倒なことはしないと言っている様な気がした。
「うん、なんか今しゃべってみて少しだけわかった気がする」
私が応えると彼が頷く。
「あと、枷なんかじゃない」
「えっ、」
「真琴と話してた。声が大きくて聞こえた」
聞き逃してしまう程の音量で七瀬くんが言うから、私は耳を疑った。けれど、もう一度こちらを見た彼の目は確かに私を捕らえていて、今度ははっきりと聞こえたのだ。
「…嫌いじゃない」
彼は一瞬だけ口許を緩めると、またプールへ飛び込んでいった。しなやかな動きに目を奪われながら、心は先程の彼の言葉で埋め尽くされていた。

「……十分だよ」
彼の返答に口許が緩む。
「ハルは思ってることを口に出さないから分かりにくいけど、案外周りのことはわかってると思うよ」
隣に並んだ橘くんが微笑む。
「そうみたい。なんかごめん」
「どうして?俺はハルが他の人とも仲良くなれるのは嬉しいけど」
「……やっぱり橘くんは七瀬くんの保護者だ」
「えっ!?」
あの瞳に私の心の中が見透かされているのかもしれないと思うといつもより早く心臓が跳ねた。


いつの間にか動けずにいたのは私の様だ。気づかないほど軽い鎖に捕らえられていたのは私の方だった。
きっと私は彼が気になって、近づいてみたくて仕方がなかったのだ。

明日、彼に「おはよう」って言ってみよう。そしたら彼はどんな顔をするだろう。

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