青くさい、だけど甘酸っぱい | ナノ

「何?今日は水泳部の先輩達と食べないの?」

昼休みに入って、私が自分の席で、弁当の包みを解き始めたところで、前の席と隣の席から椅子だけを運んできたクラスメイトが居た。

「今日はハルちゃんもマコちゃんも職員室」
「進路相談だそうです」
「さいですか」

椅子だけではなく机まで持ってきてくれれば良いのに。
狭くて仕方が無い。

「だからと言って、何でここ?」
「たまには一緒に食べようかなって」

この水泳部の2人とはクラスでも割と仲が良い。
しかしながら、彼等は基本、昼はその水泳部の先輩達と過ごしている。
私はと言うと、別に食事をする事自体、頓着しないので、1人で食べるか、そもそも昼御飯を食べないかのどちらかである。
他に友達がいない事はないけれど、気を使わせて自分のペースを崩されるのは不快なので、あまり共にはしない。

「だから、一緒に来れば良いのに」
「別に水泳部でも無いし、邪魔になるでしょ」
「そんなの、いーのに」
「渚君が気にしなくても、私が気になるの」

包みを解き、蓋を開け、箸を箸箱から出して、手を合わせる。

「いただきます」

右手で箸を取りに、左手で揃え、右手で掴み直す。
指はなるべく添えるようにして、長く伸ばすように使う。
今日のおかずには、厚焼きの出し巻き卵が入っている。
今日は、まあまあの出来。
若干空気でが入ってしまって中がスカスカになっている部分があるが、焦げ目は付いていないから、良しとする。
その一切れに箸を滑り込ませ摘み、口に運ぶ。
咀嚼。
……うん、やっぱり少ししょっぱかったか、もうちょっと薄味でも良い、そっちの方が私の好み。
今日のご飯は五穀米。
あまり好きな食べ物では無いが、身体に良いらしいから、たまに入れる。
一口分に分けてから、口に入れる。
……白米の方が好きかな。

「あのさ、」
「……」
「ねぇ、」
「…………」
「ねぇってばっ」

今日の弁当の自己評価をしていれば、その中身へ指が伸ばされ、100点満点中85点ぐらいの出し巻き卵が攫われ、その場で渚君の口の中へ匿われた。

「……何すんのよ」
「やっと喋った」
「何勝手に食べてんのって訊いてるの」
「うん、美味しいね。そんな事より、友達が一緒に居るのに黙々と食べるのって楽しい?」

何を急に言い出すのかと思いきや。

「怜君だって、ひたすら食べてるだけじゃん」
「何で急に僕なんですか?」
「怜ちゃんは良いの。普段から一緒だから」
「それ、差別でしょ?」
「だって、皆で食べるの、美味しいでしょ?」
「食べてる物は同じでしょうが。それは理論的ではありません!!」
「それは僕の真似のつもりですか?」
「理解出来ないっ!!」
「2人共、似てません!!」

食べられてしまった出し巻き卵は戻ってくる事は無い、私は素直に諦め次のおかずに箸を進める。

「ねぇ、怜ちゃんからも何か言ってあげて!」
「別に良いじゃないですか。渚君こそ、食べ進めないと、昼休み終わっちゃいますよ」
「えー?怜ちゃんは良いの?」
「そもそも、別に食事中に話さなくても良いじゃないですか」

そう言って、怜君も箸を進める。
横目で見やれば、彼の弁当はなかなか彩りに若干欠けるが、栄養バランスの良い弁当だった。
以前訊いたが、怜君の自作らしい。
その視線に気が付いたのか、怜君も私の弁当を伺ってきた。

「相変わらず、綺麗なお弁当を作りますね」
「嫉妬っすか」
「ち、違います!」
「何?怜君も卵焼き欲しいの?」
「それも違います!……美味しそうですけど」

私は確かに自分で弁当を作るし、バランスもそれなりに考えているけど、怜君ほど気にしている訳では無い。
私は、残っている出し巻き卵の見栄えのより美しい方を怜君の弁当箱の蓋に乗っけた。

「だから……」
「返品不可。食べなさいな」
「……」

怜君は箸でそれを摘まむと、口に持って行った。

「……そして相変わらず、嫌味なくらい美味しいですね」
「今度こそ嫉妬っすか。場数が違うのよ。父子家庭で男兄弟しかいない、おまけに大家族の家の家事をほとんど担ってるんだから」
「箸の持ち方も美しいですし」
「そう言う事だけは厳しい家だからね」

それ故か箸の持ち方が綺麗な人と食事するのは楽しい。
逆にテーブルマナーのなっていない人と食べるのは苦で仕方が無い。
渚君も怜君も、割と綺麗に箸を持つ。
だから、昼を誘われても断らない。

「良いお嫁さんになれるねー」
「貰い手が居ないって」
「だってさ、怜ちゃん。付き合ってるのに、全然デートらしいデートしてないの?」
「っ!?君がとやかく言う事では無いでしょう!!」
「えー?だって、入学式で一目惚れして、すんごく奥手の怜ちゃんが一世一代の大勝負かってくらい必死になってアプローチして、やっと実ったのに、何でまた更に奥手を発揮してるの?理解出来ないっ!!」
「理解出来ないっ!!」
「だから、似てません!!」

そう、一応、この竜ヶ崎怜とやらと交際している訳ではあるのだが、この男、なかなか奥手で、あまりの奥手さに、時たま腹が立つのである。
実に今、こうして昼を共にしているのは、水泳部の計らいである事に私は始めから気がついている。
何故なら、職員室は今、テスト前期間のため、生徒は入室不可になっているからである。
発案者は、渚君辺りではあるだろうけど。

「……君は君で忙しいじゃないですか」
「まぁね。家の事やりたいから部活には入らないし、無論放課後は遊ばないし、1番下の弟の迎えにも行かなきゃだし、来年も高額で給付の方の奨学金取りたいから勉強もしたいし、2番目の兄のバイトの給料日が近いから家計簿もつけたいし、今日も卵のタイムセールがあるから行きたいし」
「……本当、質が悪いですよね」

……それは、良く言われる。
何故ならそれら全てを、好き好んでやっているからである。
趣味、料理、洗濯、掃除である。

「んー、つまり、家の事を怜ちゃんのデートより優先って事だね?」
「だって、怜君は部活を私のデートより優先しないでしょ?そもそも、それでも良いって付き合ってくれてる訳だし。怜君は知らないけど、私はここまで自由にさせてもらって文句は無いけど。……怜君、別れる?」
「はぁっ!?冗談でも何でそんなに軽々しく言うんですか!?別れません!!」

そもそも、私は怜君からの交際申し込みを1度断っている。
今は彼氏より家族を支えて行きたい。
怜君への優先順位は低いかもしれない。
それは怜君へ失礼だ。
おまけに、それしか取り柄のない私だ。
何処に惚れたはれたが有ったのか、未だに理解出来ない。
怜君が嫌いと言う訳では無い。
時折変だが、自分なりのポリシーのある好青年だ。
それ故、私では勿体無い。
だから、私は時折、別れるなどと軽々しく口にする。
その程度でしかないのだ。
しかし、怜君は必ずと言ってもNoと答える。
そして、いつかその質問をさせないようにしてやると、良く言ってくる。

「そう言う事、言わないでください」
「うん、ごめん」
「……あまり反省していないでしょう?」
「うん、ごめん」

惚れさせるとか言っていたけど、まだその気配は無い。
でも、少しだけ言い過ぎたかなと思うようになったって事は進歩なのだろうか。

「怜ちゃん、あのさー、今週の土日、部活休みなんだよ。たまにはデートしておいでよ」
「だから、何で渚君が口出すんですか」
「心配なんだよ、僕は」
「……半分面白がってるでしょう?」
「いや、ちゃんと心配してるってば。お休みなんだから、怜ちゃん、泊まりに行けば?」
「……は?」

渚君は空気を読んでその話を持ち出しているのだろうか。
いや、待てよ……。

「だからさー、怜ちゃんが泊まれば、一緒にいられる時間が増えるじゃない?」
「何言ってるんですか!?女の子の家に……」
「何想像してるのさ、むっつりだなー怜ちゃん、やらしー」
「なぎさくん!!怒りますよ!!」
「もう怒ってるし」

でも、それって、

「意外と名案かもしれない」
「はい?今何て?」
「だって、怜君が家に来れば、家事の合間になっちゃうけど、ちゃんと居られるし。女の子の家とか言ってたけど、男所帯だよ?父子家庭の上、兄が2人、弟も3人。生憎、今夜は誰も居ないの的な展開はまず無いし、と言うより全員居ると思うし」

むしろ、1番上の兄が泣くほど喜ぶかもしれない。
年頃の妹に彼氏が出来ないと嘆いていたのは先日の話で。
実は居るのだよーと言ったら言ったで、俺の妹が……とか、娘を嫁に出す親のようになげかれた、どっちだ。
シスコンやめてくれ、そして自分こそ、彼女の1人や2人連れてこい。
下手に言うと、家の事なんぞ放っておいて出掛けて来いだの何だの言い出すのは目に見えている。
その点、父は仏間に連れて行って延々と今は亡き妻に自慢話をするかもしれない。
子離れはして欲しいけども。

「おいでよ、怜君。折角だから、金曜日から、3泊4日で」
「長くないですか?」
「だって土日、部活無いんでしょ?金曜日から泊まって、月曜日に登校すれば」
「お家の方に迷惑を……」
「何言ってるの。我が家の家事を取り仕切っているのは私よ?有無なんて言わせない。そもそも、これくらいの我が儘、たまには良いでしょう」

普段から、あまりにも我が儘を言わないものだから、むしろ甘えなさいと、家族は言ってくれている。
だから、ここぞと言う時に、使ってみよう。
なかなか楽しみかもしれない。
その時、気がついた。
……私から怜君を誘ったのは初めてだ。

「……そこまで言ってくれるなら、良いでしょう。お邪魔します」
「怜ちゃん、大人の階段上るんだね」
「何が言いたいんですか、渚君」

きっと、怜君もそれに気が付いたに違いない。
付き合い始めてしばらく経つが、本当に片手で数えられる程度しかデートなんてしていなかった。
そうか、お家デートなら良いのか、勉強になった。

「怜君、楽しみ……?」
「そりゃ、まぁ。君が誘ってくれる事もありませんでしたし、何より君の大切にしているご家族の皆さんに会えるのは、なかなか嬉しいです」
「なら良かった」

楽しみにしてくれるのは、素直に嬉しい。
思わず顔が綻ぶ。
その顔で怜君を見やれば、何故か顔を真っ赤にして俯かれてしまった。

「シャイなんだからー、怜ちゃんは」
「うるさいですよ、渚君。僕の彼女が可愛いのがいけないんです」
「それは、理論的ではありませんよ、怜君」
「全くー、アツアツだねーっ」

渚君が肘で突ついてくる。
でも、何か悪い気はしなかった。
それを考えると、私は怜君が嫌いではなく、むしろ好きなのかと、改めて思う。
こんな小さな日常がとても愛おしい。


『拝啓、僕の日常」

企画サイト [水泡]
2013/11/20 提出
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