青くさい、だけど甘酸っぱい | ナノ


見上げた先、窓の向こうに広がる空には暗い灰色の雲が重く浮かんでいた。降水確率は10パーセント、地域によっては午後から俄雨が降るでしょう。朝からばっちり化粧をして営業スマイルならぬテレビ用スマイルを貼り付けたお天気キャスターのお姉さんは、確かそう言っていた。この様子だと、その俄雨が降る地域というのは此処なのかもしれない。


「あ、降ってきた」
帰りのホームルーム、隣に座っていたクラスメイトの男子が呟いた。つられて其方を向けば、灰色の雲は先程よりも益々その色を濃いものに変えて空を埋め尽くしていた。そこからぱらぱらと落ちていく雨粒が、教室の窓を軽く叩く。鞄の奥底へとしまい込まれた安物の折りたたみ傘を探し当てれば、雨がその勢いを増してザアザアと激しく音を立て始めた。降水確率10パーセント、地域によっては午後から俄雨が降るでしょう。お天気キャスターのお姉さんを思い浮かべて、とりあえず心の中で「嘘つき」と罵倒してしまったのは仕方のないことだと思った。


一歩廊下に足を踏み出すと、サッカー部員や野球部員だと思われるジャージ姿の男子がバタバタと走り去っていく姿を見かける。この雨だ、外で活動している部活は体育館の渡り廊下や階段の踊り場で体力作りに励むのだろう。ぶつからないように出来るだけ端を歩いていくと、私と同じように出来るだけ端を歩く人が居た。肩に背負ったリュックが妙に小さく見えるほどの長身。同学年でここまで大きい男子は限られている。しかも、彼はこの学校ではちょっとした有名人だったりするので、特定に至るまでそう時間はかからない。
彼が有名人になったきっかけは、彼が所属する部活が創設1年目、ひいては半年も経たないうちに大会で優秀な成績を修めたからだ。
橘真琴。隣のクラスで、水泳部の部長。直接的な接触は無く、私が一方的に名前と顔を知っているだけ。


橘くんは、その長身に似合わずゆったりとした足取りで廊下を進んでいく。その後ろを歩く私も必然的にゆったりとした足取りになってしまうわけで、追い越せばいいのにそうしないのは、何故なのだろう。
時折リュックを背負い直し、ふと窓の向こうを見るかのように橘くんの顔は右に向く。この雨だ、やはり橘くんも部活はお休みか簡単な筋力トレーニングのようなもので終わるのかもしれない。ああでも、水泳部なら濡れたところで変わらないから、どうなんだろう。
ぼんやりとしながら橘くんの背中を追うように歩く廊下が、なんだかいつもより長く感じた。クラスも違うし、いつもホームルームが終わればすぐに部活へ向かっているのか下校時の彼を見るのは新鮮だった。友達が、橘くんはカッコいいと騒いでいたことを思い出す。この長身、整った容姿、水泳部だからか分からないけど明らかに帰宅部の男子とは全く違う体躯。…うん、これはモテるよなあ。


いつの間にか、昇降口に着いていた。雨は依然として降り止む気配も見せず、ローファーがぐしょぐしょになる覚悟を決める。もはや傘なんて役に立つのだろうか。
橘くんはやはり部活自体がお休みのようで、靴を履き替えた状態でじぃっと空を見上げていた。もしかして、傘が無いのだろうかと私の方が不安になったが杞憂であったようで、橘くんも背負っていたリュックから折りたたみ傘を取り出してバサリと広げた。それに習い、私も傘を広げる。その音が思っていたより大きく、うわ、と思った時には橘くんが私を見ていた。
「雨、すごいね」
一切の面識が無い違うクラスの女子に対しても優しく微笑みかける橘くんは、やはりモテるのだろうと確信を抱く。突然のことに驚きながらも何とか「そ、そうだね」と返したが途轍もなくしどろもどろだった。恥ずかしい。
橘くんは傘をさし、またゆったりとした足取りで歩き始めた。ザアザア降り続く雨の中を、さっきまで廊下を歩いていたときと同じように。
降水確率は10パーセント、地域によっては午後から俄雨が降るでしょう。
お天気キャスターのお姉さんが、記憶の中でにっこりと笑みを深くした。
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