忠犬ハチ公 |
ローさんの腕の中で目覚めてとんでもなくびっくりしながらの起床となった。 あたしはまるで抱き枕のように扱われていた。 ナチュラルにこんなことしてくるだなんて、この人は女慣れしてるんだろうな〜、とか考えてしまう。 まぁ、海賊というものをやっているわけだし、きっとそういうのは当たり前なんだろうなぁと思う。 しがみついてくるローさんを引き離して、ベッドから出る。 朝食は今日は和食にしよう。 鮭の塩焼きにおひたしといった簡素なものであるがちゃちゃっと作ってしまう。 といってもこれはローさんの分である。 これらにラップをかけて置いておく。 お茶碗たちは伏せて置いておけば分かるかな。 あ、ご飯のある場所は大丈夫かな…。 まぁ、じぶんで探してもらうしかないか。 食事の準備をし終えて、スーツに着替えてあっさりと化粧をする。 多少バタバタしてしまったものの、低血圧なローさんは布団のなかでスヤスヤと眠っている。 羨ましいなと思う反面、今日、自分を待っている仕事に立ち向かうためにバシっと頬をたたいて気持ちを引き締める。 「それじゃあ、いってきますね〜。」 寝ているローさんを起こしては悪いと思いながら、でも、失礼のないように小さく呟いて玄関を出ようとすると、寝ているハズのローさんがいつの間にかあたしの後ろに立っていた。 「…おい。お前飯は食わねぇのか?」 「え!?ローさん起きてたんですか。あー…、あたし朝ってあんまり食欲なくて…、それに時間もないし…。」 そう答えると、 はぁ、と大きくため息をつかれてしまった。 うわぁ、明らかに機嫌悪いよ…。 「明日からは食ってけ。」 「え、でも…。」 「いいから食え。俺も明日からは起きるから。」 「え……。」 「わかったか?」 「は…、はい。」 「早く行け。間に合わねぇんじゃないか?」 「うそ?!もうこんな時間?ローさん、行ってきますね!」 「おう。」 玄関を飛び出すと風がザーっと一瞬だけ強く吹いた。 思わず立ち止まってしまう。 外の空気は思ったよりも冷たくて吹いた風が頬に突き刺さるようなそんな感じがした。 信じられない。 あのいかにも低血圧で俺様主義みたいな人があんなことをいうなんて。 …もしかすると、なにかたくらんでいるのかな…。 いかいいかん。 こんなところで立ち止まってかんがえていては遅刻してしまう。 ヒールだというのにもかかわらずダッシュして会社へと向かう。 足取りは思ったよりも軽くて、思わずフッと笑みがこぼれてしまっていた。 …*…*…*… 「鈴原-、おはよー!!!」 出社後、デスクに座ったあたしに一番最初に大声で話しかけながら背中をどついてきたのが同期のミナミである。 「ミナミ!おはよう、そんで痛い。」 「このくらいアンタなら平気でしょーが。」 いやいや、ミナミさん、あなたのどつきはあなたが思っているよりも半端ないですよ。 「で、あんたどうしたの?」 「へ?」 「いやいや、わたしの目を誤魔化せるとでも思ってんのかしら?」 「ミ、ミナミさん、私、なんのことだか…。」 「お黙り。あんた、アイツと別れたらしいじゃない?」 ミナミが言いたかったのは元カレ話しらしい。 びっくりした。 正直私の頭の中にはローさんのことしかなくて、 このことを引き合いにだされると思っていたからだ。 「で、何で別れたのよ?あんたから?それとも向こうから?」 ミナミの声があまりにも大きくてフロアに広がった。 あーあ…。 ばれちゃったよ。 編集長こっち見てるよ。 みんな気まずそうだよ。 「ミナミさん、ここ、会社…。」 「別に良いでしょ。大体、鈴原が別れて嬉しがる奴がこの中にもいるんだから。」 「は?」 「まぁ、いいわよ。今日、仕事終わったら飲みに行きましょ。」 「え〜…。」 「何よ、もう新しい男でもできたの?」 …新しい男…ではないんですが家に一匹置いてきちゃってるんですよね。 「いや、そういうわけではないんだけど。」 「はーい。じゃあ、決まり。 編集長ー、今の聞いてましたよね?わたしと鈴原定時に上がりますからね〜。」 編集長は咳払いをして、それに答えた。 ミナミは行動力もあるし、見た目もキレイでモデル並みのルックスと言っても過言ではない。 彼女の存在にうちの編集部のみんなが一目をおいているといってもいいだろう。 オマケに編集長も彼女には弱い。 しかし、どうすればいいのかな。 飲みに誘われたが遅れて帰ったらローさんが心配だ。 ミナミのことだし、ちょっとやそっとじゃ帰してはくれないだろうし。 はぁ、とため息をついて自分のパソコンに向かう。 切り替え、切り替え。 仕事しよ。 …*…*…*… 定時になったのでミナミと一緒に会社を出ようとすると、 外はあいにくの天気だった。 「ちょっと〜、なによこの雨。聞いてないわよ。」 「ホントに。傘持ってないよ。ミナミ持ってる?」 「わたしが持ってるわけないでしょ。しょうがないから一階のオープンカフェに行きましょ。」 「そうだね。」 よかった。 お酒が入らない分ミナミは少しは扱いやすくなる。 それに早く帰れるだろう。 中にに入ってカフェモカを注文してテーブルに案内される。 「で、向こうからなんでしょ?」 「そ、そうですね。」 「あんた、何にも言わなかったの?」 「と、特には…。すんなり受け入れましたよ…。」 「で、あいつも了承したの?」 「う、うん…。何も言わなかったし。」 「でも、その話は嘘ね。」 「はい?」 「だって、アイツあんたにベタ惚れだったじゃない?」 「いやいや、そんなことないでしょ。」 「そんなことあるのよ!ホントに鈍いわね〜。」 「ミナミ、それ傷つく…。」 「嘘おっしゃい。大体アイツがそれで引き下がるわけないじゃない。あんたこれから気をつけなさいよ?あいつ、地味にストーカーまがいのことしそうだから。いや、してた思うわ。」 ひどい言い草だなぁ。 確かミナミが私に紹介してきた人だったんじゃ…。 「大体ね、どこで知ったのかは知らないけど、わたしにあんたに紹介するようしつこく言ってきたのよ〜。正確にはわたしの彼氏を通してだけどね。」 「え、初耳なんだけど。」 「言うなって言われてたし。大体、そういうことしてくるのって男のくせに卑怯だと思うのよ。彼氏の頼みだから断れなかったけど。」 ミナミの中では 彼氏>>>>>>>>私 だったらしい。 「そうだったんだ〜。」 ひきつってしまった顔で答える。 「だから、気をつけなさいよ。」 「はいはい、わかりました〜。」 のっぴきらない私の返事にため息をついてブラックコーヒーを啜るミナミ。 私もカフェモカに口をつけようとすると腕をぐいっと引っ張られた。 「待ちくたびれた、お前はいつまで俺を待たせる気だ。」 傘を持ってそこに立っていたのは黄色いパーカーにモフモフの帽子をかぶったローさんだった。 「ちょ、なんでここに?!」 「うるせぇ。帰るぞ。おい、そこの女、悪ぃがコイツ連れて帰るぜ。」 「あら、やっぱり新しい男がいたんじゃない。別にいいわよ。言いたいことはもう言ったし。」 「ミナミ!ちがうからね!」 「わりぃな。」 ローさんはふっと口角をあげて笑って私の腕を引っ張っていった。 会社のエントランスのような場所で足をとめたローさんに話しかけた。 「ローさん!なんでここに?」 「傘持っていかなかったじゃねーか。」 「なんで、会社の場所知ってるんですか?」 「お前が昨日見せた雑誌の裏に書いてあったじゃねぇか。」 「え…?」 「早く帰るぞ。飯だ。」 「お腹すいてたんですか?」 そういうとローさんは私の頬に手をかざした。 なにをするのかと思って少しばかりドキドキしてしまったが次の瞬間思いっきり目の下を引っ張られた。 「思った通りだ。お前昼飯も食ってねぇだろ。」 「ま、まさか…。」 「嘘つくな。俺は医者だ。それくらい分かる。」 昼ご飯を抜いたこともばれてしまった。 まったくすごい人だ。 入口の自動ドアが開いて外のひんやりした空気が伝わる。 「ほら、入れ。」 そう言ってローさんは私を傘に入れてくれた。 言葉はきついけど、どうやらローさんは私のことを心配してくれていたらしい。 それがなんだか嬉しくって私は子犬のように素直に彼が差し出してくれた傘の中に入った。 会社を出ていく二人をミナミは穏やかな笑顔で見守っていた。 あの人がいるなら大丈夫そうね。 そう、心のなかで思っていたことはもちろん、あの二人は知る由もない。 忠犬ハチ公 (あら、相合傘なんて羨ましい。) |
<< >> |