忍 series | ナノ
◎ 微熱3
掴まれた腕を振り払ってしまえばよかった。
聞こえなかったフリでもしてればよかった。
その場から走り去ってしまえばよかった。
でも、できなかった。
例えあたしは引っ越しをしたって、電話帳からシカマルの名前を消したって、
あなたを忘れることなんて
できなかったから。
「澪、俺が悪かった。だから…、」
「シカマルはわるくないよ?わるいのはぜんぶあたしだもん。」
あたしが引っ越してから、シカマルがあたしのことをさがしていると聞いたことがる。
でも、それは、風のうわさで、そんなことがあるわけないと否定する自分と、あたしにまだ繋がっているシカマルの愛情が嬉しくて喜んでいる自分が交錯していた。
でも、解放してあげなきゃいけないんだよ。シカマルはあたしなんかに縛られちゃいけないんだよ。
…*…*…*…
高校時代のシカマルは
成績優秀
スポーツ万能
将来有望
の、3拍子が揃った生徒で
先生たちも期待していた。
一流大学へ進学する彼と、
卒業後は、家庭の事情で働かなくてはいけないあたし。
どう考えても不釣り合いだった。
シカマルを好きな女はあたし以外にもいて、
あたしはしょっちゅうその女たちに絡まれていた。
”ブス!”
”あんたなんかシカマルに似合わない”
”シカマルの傍にいないで”
などと、誹謗中傷を受けたこともある。
最初はあたしも我慢していた。
シカマルの負担になりたくなくて、このことは誰にも言わないと決めた。
あたしが誰にも相談していないのをいいことに、その女たちは毎回放課後になると体育館裏にあたしを呼びだして、罵声を浴びせて、誹謗中傷の言葉をかける。
といった同じことを毎日繰り返していた。
そして、それはだんだんエスカレートしていった。
「まだ、別れないの?」
「あんたなんか消えちゃいなよ。」
「あんたに存在価値なんてないし。」
「シカマルの迷惑だと思わないの?」
相手はいつもの4人。
その女たちは、その日やけに機嫌が悪く、何をいっても反応しないあたしにしびれをきらしていた。
「あんたのね、そーゆーとこがむかつくのよ!!」
一人の女が大きく手を振り上げた時だった。
パシ。
あたしにめがけてとんできた大きな平手があたしにぶつかる直前で止まった。いや、ある人の手によって捕まれたことによって、それは阻止されたのだ。
「おめぇら、俺の女に何やってんだ?
場合によっちゃ、てめぇら全員許さねぇかんな?」
あたしを助けてくれたのは
シカマルだった。
「…な、奈良君…。」
「私たち、その…。」
「何もしてないわよ!」
「ただ、澪さんとお話してて…。」
「話してて、手をあげるかフツー?」
シカマルのドスのきいた低い声…。
初めて聞いた気がした。
このままでは、シカマルの怒りが鎮まらないと感じたあたしは、咄嗟に先程まで自分に罵声を浴びせていた女たちをかばった。
「シカマル、大丈夫だよ。本当に話してただけ。
ね、あなたたちも、もう行っていいよ。」
その女たちに促すように言った。
女たちが去ってから、あたしとシカマルは、重い空気の中にいた。
「お前はやさしすぎんだよ。」
シカマルが口を開いた。
優しい…?
あたしのこと?
「あたしは優しくなんかないよ。」
「…、俺はそんなに頼りねぇのか?
俺はお前がこんなことされてるって知らなかった。
今日、お前のダチから初めて聞いた。
何やってんだって怒られた。
お前は見た目以上に強くないんだから守れ。
って言われた。」
…誰にも言ってなかったけど、
気づかれてたんだ。
「澪…。俺悔しい。
俺のせいでお前が傷ついてたなんて気づけなくて、助けられなくて…。」
そういって抱きしめるシカマルの腕が震えていた。
シカマルが助けにきてくれて嬉しかった。ほっとした。涙が出そうになった。
シカマルが怒ることを恐れて言わなかったのはわたしのほうなのに、シカマルは自分自身を責めた。
あたしじゃなくて、一番優しいのはシカマルなんだよ。
…*…*…*…
「俺は、ずっとお前を忘れられなかったんだ。
でも、俺はまたあのときみたいに、お前を傷つけているのか?」
あぁ…。
シカマル。
あなたは変わらないね。
また、あたしに優しくしてくれるんだね。
「シカマル…、あたし、本当に優しいのは、あなただと思うよ。
そうやってまた、あたしに、やさしくしてくれるんだから…。」
あたしが答えると、
「…。澪、俺はお前がいたから優しくなれたんだ。
お前がいなきゃ俺はダメなんだ。
だから…
俺と、もう一度やり直してくれないか?」
シカマルが答えた。
これは
神様があたしに与えた、
最後のチャンスで、最後の痛みだと思った。
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