The Cocktail Wowld | ナノ
◎ ブラック ルシアン
店の閉店時間になったので最後のお客さんを送り出し、看板をしまおうとしていると遠くの方から人影がこちらへと向かってくるのが見えた。こんな時間の道に人なんてなんだかおかしいなと不信感を覚えていると、その人影が大きくなるにつれて香りが強くなってきた。嗅いだ事のあるそれは上等な葉巻であると気づいた。
そしてその人影はわたしのの前でピタっと止まった。
砂漠の王様の登場だった。
「よぉ、久しぶりだな。」
クハハハハという笑い声が聞こえそうな声でそう言った。
『クロコダイルさん!!』
「なんだ?店は終わっちまったのか?」
『終わるところだったんです。でもクロコダイルさんが来てくれたんだから、特別におもてなししますよ!』
「わりぃな、飲み足りなくてな。」
普段は強気なクロコダイルさんが今日はなんだか、素直である。
飲み足りないと言っていたのは嘘なのではないかと疑ってしまう。
むしろ飲みすぎたのでは、と。
中へと案内するとクロコダイルさんは店内をぐるりと見まわし、
「あの時と変わらねぇな。」
と、つぶやいた。
『今日はどうしてこちらまで?』
「ちょっとばかし大きなビジネスがあってな。そのついでにここへ寄ったんだよ。」
『そうなんですか。どんなビジネスですか?』
「クハハハ、お嬢ちゃんがそれを知るのはちょっとばかし、はえぇな。」
『もう!いい加減子供扱いしないでくださいよね?わたしだって少しは成長してるんですからね?』
わたしがいつものようにこう反撃すればさらにそれの1枚を返してくるのがクロコダイルさんだったハズだ。
どうだ?くるのか?よし、くるならこい!とファイティングポーズで心の中で構えていると、帰ってきたのは思わぬ反応だった。
「お嬢ちゃんが俺の野望を知ってても、なにも困りはしねぇか。なら、話しちまうかな?」
おかしい。どう考えてもおかしい。
クロコダイルさんはもう少しエゴイストで実力主義な人だったはずだ。それがどうした。今じゃ小娘一人の攻撃にも心を開く気でいるのだろうか…。
『あの、別に無理にとは言いませんよ、だってほら、大人の話しだし。わたし難しいことはよくわからないし。』
「あぁ。」
『ところで、レインベースにあるカジノの「レインディナーズ」はどうですか?儲かってますか?』
「あぁ。」
『カジノってやっぱり楽しいんですかね。わたしも一度はやってみたいものです。もしかしたら一発逆転大当たりで素敵億万長者ライフ送れちゃったりして。』
「あぁ。」
…もしかして、なにかあったのだろうか。
だとしたらそれはそれで心配だ。
いや、でも無理に干渉するのはもっと良くない。
うーん、どうしたものか。
「おい、」
『はい?』
「すまねぇが何か作ってくれ。お前のおすすめでいいから。」
彼は病気にでもかかったのだろうか。
いや、そうではない。ただの飲み過ぎだ。
しかし、こんなすごい人が簡単に酒におぼれるとも思えない。
なにかしら理由はあるだろうとは思うが、口に出さないのだから話したくないということなんであろう。それならば、わたしは無理には聞かない。それがわたしの理念でもあるからだ。
ただ、どこかつかれているようなクロコダイルさんのためにと思って、今回のカクテルを作ることにした。
角氷を2、3コいれたグラスへと、ウォッカとカルアを入れてステアする。意外にも簡単に出来てしまうのがこのカクテルだ。
『お待たせしました。ブラック ルシアンです。』
すっとできたものを差し出すとクロコダイルさんは香りも楽しみ一口口にした。
『ルシアンってチョコ風味ですよね。それに対してこちらは、コーヒー風味のカクテルなんです。そして色も濃厚ですごいですよね。お口に合いましたかね?』
そう尋ねるとクロコダイルさんはコクッと少しうなずいた。
どうしよう、可愛い。
っていやいや、可愛いっておかしいだろう。
クロコダイルさんだってもう、アラフォー?ぐらいだろうし。
そういばわたしクロコダイルさんの年齢知らなかったなぁ。
正面にいるのもなんなので、カウンターからクロコダイルさんの隣りへと席を移した。
すると、よっぽど酔いが回っていたのだろうか。
コツンと彼の頭をわたしの肩へと預けてきたのだ。
『ちょっと!クロコダイルさん、どうしたんですか?』
「なんでもねぇよ。」
『なんでもねぇあなたがこんなことをするなんて考えられませんが…。』
「チッ、別に大したことじゃねーよ。俺はただ………」
『………ただ?』
「ただ…………、許せなかったんだよ。」
『と、言いますと?』
「あぁー、お前泣くなよ?別にお前がわるいことじゃぁねぇんだから。」
『大丈夫ですよ!わたし強いですもん!』
「…………ここに来る前の島の酒場で酒をのんでたらよぉ、どっかの腑抜けの海賊たちが、この島の酒の悪口を言ってたんだ。どこのかは聞いちゃいねぇが、あの航路的にはおそらく…。」
クロコダイルさんの話を聞いて一つの海賊団がこの店へと来たのを思い出した。
来るや否や、民間人を無下に扱うのが許せず、怒り倒してしまい、挙句の果てに向こうを逆上させたのだった。
その海賊が他の島でこの島の悪口を言っていたということか。
怒りを通りこしてかなしいことだ。
どうしてこんなことになってしまったのだか。
「わりぃな、気分わるくさせてよぉ。」
『いいえ、大丈夫です。わたしはわたしですし。この島のみんなもそんなことくらいじゃ負けませんよ。』
「クハハハハ、やっぱりお前は強いなお嬢ちゃん。」
『わたし一人じゃ、こんなに強くはなれませんでしたよ?島のみんながいてくれて、そして、こうやってたまにクロコダイルさんが来てくれて、わたしの知らないような話をいっぱいしてくれて…。だから強くなれたんです。』
そういうと、クロコダイルさんの手がわたしの腕を勢いよく引き、わたしはすっぽりとクロコダイルさんの腕の中におさまっていた。
『クロコダイルさん…?』
「喋るな。」
そう言われてあわてて口を閉じる。
どうしてこうなったかはわからないが、クロコダイルさんのぬくもりはひしひしと伝わってくる。
「おれは、これからやることがある。いや、やらなくちゃならねぇことだ。
…なぁ、俺は強くなれると思うか?」
大丈夫と伝えたいが、先ほど喋るな言われたばかりだったので黙っていると、答えろと一言言われた。
『大丈夫です。クロコダイルさん、あなたは、強い人です。自分を信じてください。』
そう言って背中をぽんぽんとさすってやれば、ガキが、と一言呟いた。
そうだ、こうじゃなくっちゃクロコダイルさんではない。
『クロコダイルさん、また、いつでも戻ってきてくださいね。わたしはここにずっといますから。待ってますから。』
そういうとクロコダイルさんは低くあぁ、といった。
「本当はもう奪って言っちまおうかと思ったがやめておこう。また、必ず来るさ。」
『はい!』
そう言って笑えば、クロコダイルさんは目を閉じろと一言いった。
なにかと思ったが、言われるままに目を閉じれば、顎を掴まれ強引にキスをされた。
深夜はとてもしずかで、鉤爪の先がカウンターに当たる音だけが聞こえた。
そして、そのあと、ゆっくりと顔を離して、クロコダイルさんは正気に戻ったのか、いつもの口調でこう言った。
「次来る時はもっとキスが上手くなるといいな。」
怒ってはみたがなんら変わりないので早々に諦めた。
そして気がつけばわたしはカウンターで寝てしまっていた。
起きるとそこにはクロコダイルさんの姿はなかったが、彼のコートがわたしの背にかけられていた。
ちゃんと取りに来てくださいねと、思わず呟いていた。
そして、目の前には彼の愛用していた一番高いと自慢していた指輪が置かれていた。
『ずいぶんと高いお代だこと。』
店のそとに出てみれば、雨が降っていた。
あぁ、そうか。
そういうことだったんだ。
すべてを納得したかのように、わたしはしばらく雨に打たれていた。
ブラック ルシアン。
雨よ、今だけは彼を抱いてくれ
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