◎ 私を呼ぶ声
「ルッチさん!急がないと遅刻ですよ!!」
時刻を見ると、いつもの出勤時間はとうに過ぎていた。
ルッチさんと私が食べた食事の皿はとりあえず、水につけておくことだけにした。
洗っていては絶対間に合わない。
「おい、澪、準備は出来てるのか?」
「それは、もちろんです!」
ルッチさんがシャワーを浴びている間にシャツやらスカートなどは着ていたので、後はジャケットを羽織るくらいである。
「よし、なら行くぞ。」
…?
そう言うルッチさんは窓のほうを指さした。
「ルッチさん、そっちは窓ですよ?玄関はこっちじゃ?」
「ばーか。それじゃ間に合わねぇだろ。」
「はいーーーーー?!」
そう言ってルッチさんはジャケットを着て、準備が出来た私の体をヒョイと担いですたっと窓の枠ぶちに乗った。
「ちょっ!いいです!いいです!私重いですってばー!」
「確かに重いな。」
……。
ひどい。
仮にも女に対する態度か。
ちきしょう。泣いてやろうか。
それでも、くいっとシルクハットをあげる彼の姿に見惚れてしまう。
あぁ。
神様、私は重症なんでしょうか。
ダメダメ。
ルッチさんのペースに巻き込まれてしまう。
でも、巻き込まれてもいいと思ってしまったりもしている自分がここにいる。
「行くぞ、ハットリ。」
「クルッポー!」
ルッチさんの声に反応して、止まり木にとまっていたハットリが勢いよく外に飛び出す。
ハットリが羨ましい。
私もあんな風に空を飛べたのならば今こんなに身を震わせていることはないだろうに。
「よし、いくぞ。喋るなよ。舌噛むぞ。」
「むん(はい)。」
ルッチさんに抱えられたまま勢いよく飛び出し建物から建物へと飛び移る。
この人ほんとにすごいんだなぁ。
いや、関心している場合ではないか。
一歩間違えば私はこの人に落とされてしまうかもしれないんだ。
この高いたかーい建物から。
「おい、澪、…。なかったことにするんじゃねーぞ。」
「むむ?(はい?)」
喋るなといったくせにこの人はまたこんな質問をしてくる。
「なんでもねぇよ。」
「むーむーむ!(ずーるーい!)」
「…分かった。後で言う。この話しはもういいから、しっかりつかまっとけ。スピードあげるぞ。」
がしっとルッチさんにつかまる。
見かけよりもガッチリしたその体に惚れ惚れしそうになる。
そして、
更にスピードをあげたルッチさんのおかげで遅刻せずに出勤することが出来た。
しかし、その結果。
酔った!!!!!
秘書室でグッタリするハメになってしまったのだ。
大きな仕事が入ったこの大事な時に…。
あぁ。
まったくなんて人だ。
いや、悪いのは私なんだけど。
「澪、水でも飲む?」
わたしの姿を見かねて優しくカリファが尋ねてくる。
こんな忙しい時に私にまで気を配ってくれるんだからホントにカリファは良い女だ!!!
「かりふぁ〜、ありがとう。もらいま〜す。」
頭がぐらぐらしてなんか変な感じだ。
なんかボ〜っとしてしまう。
というかだるい。
前いた世界でも乗り物酔いなんてめったにしたことなかったし、絶叫マシーンだって平気なハズなのに。
あれや、これやと考えてみても答えなんて出てこない。
そればかりか、ますます頭が痛くなるだけだ。
「ホントに大丈夫?こんなにつらそうな澪初めてみたわよ。」
「私もこんな風になるの初めてでさ。」
カリファからもらったお水を飲みながら答える。
冷たいこの液体が喉を通る感覚が心地良い。
「ちょっと、あなた顔も赤いわよ?」
「…日焼けでもしたのかな…?」
「…確かに昨日は天気が良くて紫外線強かったけど…。」
「それだけだよ〜。カリファ心配ありがと〜。仕事あるよね?私は大丈夫だから続けてていいよ〜。」
そう言って手を振るとカリファは一瞬眉間に皺を寄せてホントに?と念を入れて聞いたが、無理に笑顔を見せて納得させた。
だいぶ酔いが収まって仕事も出来るようになり、
私はたまっていた仕事に取り掛かる。
秘書の仕事だって大変なんだよね。こう見えて。
目の前にある書類に目を配らせていくとルッチさんの捺印が必要な書類を見つけた。しかも期限は今日までだ!
マズイと思って秘書室を飛び出した。
あぁ〜、なんでこの前気づかなかったんだろう。
恨むぞ自分。
走ってルッチさんがいるであろう現場に向かう。
はぁはぁ…。
おかしい。
少し走っただけなのに息が切れる。
というか動悸が止まらない。
壁にもたれかかって歩くしか出来ない。
あ…れ?
なんか私の体が言うこと聞かないよ…?
ドサッ
そのまま記憶は途絶えてしまった。
けれど
隅に残った記憶の中で
私を呼ぶあなたの声とぬくもりを感じた。
私を呼ぶ声(目を覚ませバカヤロー)
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