テストも終わり、だいぶ落ち着いてきた7月。
わたしには実は残されていたものがまだあった。
そこまで気にも留めていなかったし、意外とそのへんのいいものがあったりして、すぐにできると思っていた。
しかし、現実は甘かった。
ヤマトさんに言われてたコンクールに出す写真が締め切りまであと1日もないのに、わたしは何もしてないのである。
いや、頑張ってはみた。
頑張って頑張って、散策したりして。
駄菓子菓子BUTネタがない。
あいうぉんちゅうネタ。
あいにーどぅーネタ。
ぷりーずぎぶみーネタ。
とりあえず今日の放課後も散策に使おう。
そう考えてフラフラと校内を彷徨っていると目の前からカカシ先生があるいてきていた。
「あら、藍夏ちゃんじゃないの?どしたノ?」
「あー、カカシ先生かー…。」
「それ、質問の答えになってないよ。カメラをもってるってことは…。
はーん、なるほど。締め切り間近なんだネ。」
「わかってるならそれ以上言わないでくださいよ。こっちだって切羽詰まってるんだし。」
「まぁまぁ、そんな眉間に皺寄せてちゃいいもんも撮れないヨ?そうだ、うちの部活来てみない?」
「え、カカシ先生が部活って??!!え、何部なんですか?!」
「落ち着きなさいナ。ん〜行くまで内緒☆どうする?」
「行きます行きます!ぜひ行きたいです!」
「よろしい。着いてきナ〜。」
あのカカシ先生が顧問を持っているだなんて初めて聞いた。
いや、ただ単に興味がなかっただけだろうか。
それにしても、一体何部の顧問を努めているのだろうか…。
カカシ先生の後を着いていってたどり着いたそこは、地学室だった。
「あ、たしかカカシ先生って地学専門でしたっけ?」
「うん。一応ネ。ささ、どうぞ。」
変にエスコートされて入ると、地学室はプラネタリウムのようになっていた。
「え!?え!?なにこれものすごくすごいんですけど!!カカシ先生これどうしたの??」
「ン〜、俺の趣味。」
興奮しているわたしをよそにカカシ先生は地学室の床にごろりと寝そべった。
「趣味って言っても、これ本当にすごいよ!!!」
「ソ?そう言ってくれてありがとう。」
藍夏ちゃんも見たら?
と言って、カカシ先生は自分の横をトントンと叩いた。
どうやらわたしも彼の横で寝そべろということだろうか。
スカートの中身がどうだろうと締め切りがどうなろうと今の私には関係ない。
そう。完全にプラネタリウム鑑賞モードになってしまったからだ。
「藍夏ちゃん、星好き?」
「好きですよ〜!なんかすごくないですか星って!」
「たとえば?」
「たとえば…?うーん、たとえばですよ、夜空で星を眺めるじゃないですか。」
「うんうん。」
「その星と地球ってすごく離れてるでしょう?」
「何億光年って離れてたりもするよね。」
「そう!つまり、自分が見ているその星の光っていうのは何億年も前のものになるってことでしょう?じゃあ、今見ているあの星は今あるのかって絶対にわかりえないじゃないですか。それってすごいことですよね。目に見えてるものは何億年も前のもので、今はないものかもしれないって。」
「二度と戻れない、時間みたいだよね。」
「そんな感じですかね。」
「藍夏ちゃん、俺一言、言っていい?」
「いいですけど?」
「実はね、俺も藍夏ちゃんと同じくらいの時、おんなじこと考えてた。」
「え?」
「いや、だからねおんなじこと考えてたって言ってんの。」
「はぁ…。」
「感動しないわけ?」
「しないってわけじゃないですけど…。」
「じゃあいいや。」
「いいのかよ!」
「いいね、ノリツッコミ。冴えてるじゃん。それよりもさ、星好きなら見に行かない?」
「え、今から?」
「いや、藍夏ちゃんが暇なときで。」
「夏は空気がもやーっとしてて嫌なんで、冬なら。」
「なにそれ、そこまでお預け?」
「まぁ、そこまで頑張れってことですかね。」
「待ってやろうじゃないの。」
「頑張ってくださいー。」
お互いに上を向いているから顔なんて見てないし、見えてないはずだ。
そう思って横を見れば、カカシ先生はなんとわたしの方を向いて寝そべっていた。
「…どこ見てるんですか?」
「ん?藍夏ちゃん。」
「ぱーどぅん?」
「だーかーらー、藍夏ちゃんだって。」
「星見ましょうよ。」
「それよりさ、なんで前みたいに呼ばないの?」
「前って?」
カカシ先生はお得意のマスクを外していった。
これ毎回思うけど反則だよね。
他の生徒に頼まれたってはずしてやらないのに。
「とぼけんなよ。ヤマトの店で会ってたときとか、お前がこの学校に来る前まではカカシって呼んでただろ?」
先生モードはおしまいってことか。
「ここ、学校じゃん。」
「ここには俺等しかいねぇじゃん。」
「いや、だからさ、そういう問題じゃないでしょ?」
「なにいい子ぶってんだよ。いい加減気づけよな。色々と。」
「世の中知らなければ幸せなことの方が多いらしいよね。」
「まぁ、何と言おうがいいけどな。藍夏には藍夏のペースがあるんだし。」
そう言ってカカシ先生はマスクをつけておもむろに立ち上がった。わたしもつられて立つと、地学室のドアがガラっと開いた。
「来てたんですか?カカシ先生。」
「うん、来ちゃってた。サスケ、お前あと好きにしていいよ。」
そう言って、カカシ先生はいつものようにだるそーに去っていった。
なんなんだ一体。
なにが藍夏には藍夏のペースがあるんだし。だ。
「大体、自分だってそうじゃん。人のこと言えないじゃんか。」
そう、小さくつぶやくと、わたしも逃げるようにそこから去っていった。
去り際にすれ違ったサスケくんには悪いけど、今は話したくない気分だ。
「お前、井上じゃねーか。なんでここに・・・」
そう言っていたサスケくんの声は左から右へと抜けていった。
そうだ。
カカシ先生だってそうだ。
わたしがこの高校に通うことになって、急に他人行儀になったのは。
「だから、わたしだって…。」
そうつぶやいたが、言葉は闇に吸い込まれた。
行くあてもなく中庭を歩いていると、中庭の外れの隅の方からギターの音が聞こえた。
なんとなくその方向に向かってあるいていくと、見慣れたポニテの姿が見えた。
「シカマルくんだ…。」
階段に座ってギター引いているのが分かるその構図が一瞬で気にいって、思わずカメラを構えていた。
気づかれないように何枚かとって、彼の様子を見ていると、どうも集中しているようで、こちらには気づいてはいないみたいだ。
それよりも、音を探しているのだろうか。聞いたことがない音が耳を掠める。
なんだろう。
とても不思議な気持ちだ。
懐かしいようで新しい。
冷たいようでどこか暖かい。
彼の指先から紡がれる音を聞くと、わたしはそそくさと立ち去った。
あぁ、もう。誰かさんのせいだ。
今回のコンテストは諦めよう。
入選できなくてもいいや。
そう思って、あらかじめ用意していた写真をヤマトさんに渡した。
それをみたヤマトさんは、悪くはないけど…とにごしていた。
そんなヤマトさんには気づかないふりをして言った。
「カメラの現像もお願いしていいですか?」
「あ、うんいいよ。じゃあ、すぐにやっちゃうね。待ってて。」
先ほどの写真の出来栄えが気になったのだ。
そのため他にもいろいろ撮ってわざわざ現像しに来た。
写真を出すついでと言えばついでなのだけど。
適当に座って雑誌を読んでいると、ヤマトさんがハッとしたように言った。
「藍夏ちゃん、そういえばさっきカカシ先輩がくる…」
ヤマトさんがそう言いかけた時にはわたしはすでに席を立ち、荷物をまとめて、店のドアの戸に手をかけていた。
「ヤマトさん、写真は後で取りに来ます!!それじゃ!!!」
勢いよく飛び出して、自転車に乗って急いで家に帰る。
ついさっき、あんなことがあって会いたいなんて思わない。
むしろ会いたくない。
きっとそれは向こうだって同じだろう。
やるせない気持ちを抱えて、わたしは自転車をこぐペダルをはやくした。
ヤマトは1人店に残されて、なんとなくだが、短時間で色々把握した。
藍夏ちゃんの撮った写真…
藍夏ちゃんの様子…
そして、カカシ先輩…
「ははーん。カカシ先輩焦れたのか。」
1人納得して、現像を終えて並べた写真を見る。
そのなかで特にいい構図の物があったのを見つけた。
「これは、もしかすると…。」
しばらく考えてみてヤマトは1人呟いた。
「余計なお節介かもしれないが僕はやらせてもらおうかな。」
その写真をさらに複製して、店の引き出しを開けて、そこにしまった。
すると、タイミングよく、この話の原因であるカカシ先輩が現れた。
「よぉー、ヤマト。」
「いらっしゃい、カカシ先輩。」
いつものように見えるが、どこか煮えきらない表情を隠している。
ソファに座るのを促して、面と向かって座る。
「どうしたんだよ、そんな顔して。」
「どうしたはこっちのセリフですよ。さぁ、何があったんですかね、彼女と。」
「はは、分かっちゃった?」
「カカシ先輩も藍夏ちゃんも変なところで素直ですからね。単純っていうか。」
「まぁ、今回は完全に俺が悪い。
タガが………外れた?みたいな。」
「先輩…、クールなのにこれまた変なところで奥手だったりでめんどくさいですね、ほんとに。」
「うるせー。しょうがないだろ。俺だってこんな感情初めてなんだ。」
きっと、彼の教え子たちがこのことを聞いたらたいそう驚くんだろうな。
「ま、でも気長にやるとするよ。」
そういってカカシは目の前に出されたコーヒーを啜った。
自分が帰ったあとで、こんな会話がなされてることは彼女は知らない。
天の川に流されるそれぞれの思い。
(カカシ先輩、この写真の少年知ってます?)
(シカマルじゃない。アスマの教え子だよ。)
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