4月の後半はこれからくる大連休、GWのことで頭がいっぱいになる。どんな予定を入れようかーなんてサクラといのとヒナタとで話してるときは時間があっという間に過ぎてしまう。
そんな時に、忘れた頃に裏ですっかり始まっていたものの存在を思い出す。否、思い出さされる。
ピンポンパンポーン
「呼び出しをします。2年C組 井上 藍夏さん。はたけ先生が面談室でお待ちです。至急面談室まで行ってください。繰り返します…」
あらあら、放送部員さんの素敵な声で呼ばれちゃったよ。しかも放課後の校内放送。校庭とか体育館で部活している生徒にも聞こえちゃってるでしょこれ。しかもフルネームでご指名なんて。
「藍夏、あんた今日予定ないって言ってなかったっけ?」
「ごめん!サクラ!今、今思い出した予定あるの!」
「普通忘れる?しかも校内放送で呼び出しとか恥ずかしいわよ、やだー。」
「いの…、そんな目で見ないでよ…。」
「あ、カカシ先生も待ってるから急いだ方がいいよ……!」
「ありがとうヒナタ。今から行くわ…。」
教室を飛び出して面談室へと急ぐ。
「すっかり忘れてたよ……。二者面談。」
いや、二者面談があるということは分かっていた。ただ、今日が自分の番だなんて思ってもみなかったのだ。
面談室前で弾んだ息を整える。
コンコンとノックをすれば、どうぞ、と返ってきた。
「失礼します…。」
中に入れば、夕日の光を受けて特徴あるあの銀髪がオレンジ色に輝いていた。カカシ先生の方からは逆光になったのか、わたしが奥に入ってくるまでわたしだと確認できなかったらしく、わたしの顔を判別したときマスクの奥で彼が笑顔をそっと浮かべたのが分かった。
「お、藍夏ちゃん、残ってたのね。てっきりもう帰っちゃったんだと思ったよ。呼び出しても来ないんじゃいかって方に賭けてた。」
「来ないに賭けるんだったらわざわざ校内放送で呼ぶ必要はないんじゃないですか?すごく恥ずかしかったです。」
「まぁまぁいいじゃないの。はい、そこ座って。」
促されるままに席に着く。眩しいよねと言ってカカシ先生はその間に薄いカーテンを閉めた。
「来てくれてよかったよ。藍夏ちゃんの面談が最後だったし、誰か待たせることもないしね。」
「すっかり忘れてました。すいません。」
「謝ることないよ。それじゃはじめよっか。」
それから、新しいクラスはどうだの、慣れたかだの、心配事や困り事はないかなどとテンプレートにあるような会話をした。新学年になってやらなければならないことは増えたが、別に困るほどでもない。どの質問に対しても、特にないです、と答えた。
「じゃあ、こっからが本番ね。この前藍夏ちゃんが出したのがこの進路希望調査票。間違いないよね?」
「はい、そうです。間違いありませんね。」
「進学希望でいいのね?」
「そうですね。大学に進んで学びたいこと学びたいですね。」
「勉強が本腰になっていくのはこれからだと思うし、藍夏ちゃんの成績なら今のところは心配ないかな。あえて注意するなら気を抜かないようにってことだけかな。中だるみしないようにしっかりね。」
「はい。」
ひと通り話すとカカシ先生は、話すことなくなっちゃったなぁ、と言って大きく伸びをして髪をかきあげ、マスクを外した。
あ、空気が変わった。
カカシに戻った。
「ということはもう帰ってもいいってこと?」
「いやいや、流石に早いでしょ。面談時間、まだあと10分あるよ。」
「え、でも、もう終わったんじゃ…。」
「ふーん?藍夏はそんなに俺と一緒に居たくないんだ?」
「そんなこと言ってないよ。」
「言ってるようにしか聞こえないよ。」
そう言って彼は机に突っ伏してしまった。
拗ねている。
大の大人が拗ねている。
目の前で拗ねているオレンジな銀髪が少しだけ可愛らしく思えた。
「ねぇ、カカシ、ごめんね。そんなつもりで言ったんじゃなかったんだよ。」
わたしがそう言えば、チラッとこちらを見てまた突っ伏した姿勢に戻った。
さて、どうしたものか。
やはりここは素直に本人に聞くしかないかなぁ。
「どうしたら機嫌直るの?教えて?」
わたしが訊ねると、カカシはまたチラッとこちらを見て答えた。
「……でて。」
「え?」
「頭、撫でて。」
可愛らしいことを言うものだと思い、言われるがままにわたしは目の前のオレンジに手を伸ばした。触り心地は柔らかくて、するすると一本一本しっかりと指が通ることに驚いた。しばらくその指通りを確かめていると、彼がこう言った。
「…ねぇ、藍夏。俺の髪で遊んでない?」
「え、遊んでないよ。ただ、カカシの髪サラサラだなぁって思ってつい。」
「それを遊んでるって言うんだよ。ほら、早く撫でて。」
よしよし、と言いながら撫でれば、彼は心地よさそうな笑みを浮かべた。今日は遅れてごめんね、と最初の過ちも再度謝っておいた。
「いいよ。ちゃんと来てくれたんだし。俺、藍夏のことだったらいつまでも待ってられるから。」
"それはあの告白の返事も?"
「もちろん、あの告白の返事もね。」
カカシに心を読まれたんじゃないかと思った。
考えがシンクロしていてびっくりした。
「あれ?その顔、同じこと考えてた?」
「…うん。」
「あー、俺もどこかでこの台詞自分で言ったなぁって思って。思い出したのが、2人で星観に行った時だったなぁって。」
流れる沈黙。
先ほどとはまた違った空気になった。
「俺さ、前にも言ったけど、弱虫なんだよね。傷つくのが怖くて聞けないの。でもさ、こうして藍夏と2人で一緒に居られるなら、聞かなくてもいいんじゃないかなって思って。」
カカシは座ってた椅子から立ち上がった。
「今一緒に居られること、俺は今それを大切にしたい。」
私が座っている斜め前まで歩いてくると、片膝をついてわたしの左手をそっととった。
「それじゃあ、ダメかな?」
「…ダメじゃない。」
そう答えれば、カカシはそのとった手にキスをしてそのまま立ち上がり、座っているわたしをふわっと抱きしめた。
「カカシ……、これは……。」
「うーん、少しの間充電させて。」
「…ここ面談室じゃ。他に誰か来たら……。」
「あれ?知らなかった?ここって3階だし、窓にはカーテンついてるし、防音だし、鍵付きの部屋なんだよ?」
「は?」
「まぁ、今の俺にとっては好都合かな。安心して。何もしないし。充電終わったら帰すし、暗かったら送ってってあげるからさ。」
「…………何かあったらヤマトさんに言いつけてやる。」
「それは勘弁かな。」
わたしは充電とやらが終わるまでカカシの香りに包まれていた。
世界が止まった音がした。
(明るい!愛車で帰ります!それじゃ!)
(相変わらずの逃げ足だこと。)
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