340[m/s] | ナノ
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
明日に咲くのか椿花
集合時間の10分前。
動きやすい服装。
邪魔にならない髪型。
ヒールのない靴。

待ち合わせ場所に着いたわたしはショーウィンドウに映った自分の姿を確認して、待ち合わせにこの場所を指定した彼を待っていた。

約束の時間のちょうど5分前になって彼は現れた。

「わりぃ、待たせちまったか?」

「いやいや、そんなことないよ!集合時間の5分前だし。わたしもついさっき来たしね!」

私の前に現れたのはシカマルくんである。私服のシカマルくんに会うのは夏の花火大会と、この前の映画と今日で3回目だ。

「あ、バイト紹介してくれてありがとうね!すごく助かる!だけど、何するの?一切何も聞いてないんだけど……。」

「あー、それなら心配しなくてもいいぜ。とりあえず行くか。」

行くと言われましても、どこでなにするのかほんと何も聞いてないんですよね。聞いたのは日給と、この集合場所と時間のみ。ミナトさんの紹介ではあるらしいのだが、結局のところはそれら以外分かっていない。というか、わたし1人でするのだろうか?誰も知り合いがいない空間に放り出されて?無理無理。コミュ障にはつらすぎる!いや、まさかそんなはず。しかし、もしかすると……。

そんな風に思考を巡らせていると、

「んな、心配そうな顔すんなよ。藍夏だけをバイト先において帰ったりなんてしねーから。俺も欲しいものあるし、一緒にバイトすっから。」

と言って、頭をポンポンと撫でててきた。

どうやらわたしの考えはすっかり彼にお見通しであった。さすがIQ200。

「よかったぁー。シカマルくんがいるなら安心だな!」

「おう。まぁ、頼りにしてくれよ。」

「もちろん!」

そうこうしているうちに着いたのは、とある百貨店の裏口。さらに彼の後ろを着いていくと、なにかのバックヤードにたどりついた。一面真っ白の壁で包まれている。

「着いたぜ。ここがバイト先だ。」

「……ここは?」

「木の葉百貨店の7階。ここでよくイベントとかやってるだろ?簡単に言っちまえば、バイトの中身はその展示の手伝いだな。……っと、誰かいねーかな。お!中村さんだ。中村さん。」

「よ!シカマル!今日はわざわざありがとな。んで、そっちの子が例の子ね!」

「あ、こんにちは。井上 藍夏です。宜しくお願いします。」

「そんな畏まらなくていいよ。俺は中村ね。一応ここの責任者。なんかあったら俺かシカマルに聞いてくれな!とりあえず、2人とも荷物あっちに置いたら向こうのホールに来てくれるか?全員揃ったら内容とか話すから。」

そう促されて、わたしとシカマルくんは指示されたように動いた。

中村さんの見た目は30代後半から40代前半といったところだろうか。パッと見は細そうだがしっかりと鍛え上げられていて、世間で言うところの細マッチョというやつだろう。大人の男の感じがする。

「シカマルくんは、あの中村さんって人と知り合いなんだね?」

「まぁな。中村さんは俺の親父の知り合いなんだよな。ちっちぇー頃からよくうちに来てたからそれで俺も親しくなった感じだな。」

「なるほど。」

無駄話をしている暇もなく、ささっとホールへと移動するとわたしやシカマルくんや中村さんを含めて総勢30名ほどが集まっていた。

「はーい。では、説明しますね!みなさん知ってるとおり、わたしが責任者の中村です。えーっと、今日みなさんには書道家である『鹿鳴(ろくめい)』さんの作品の展示の会場作りをおねがいすることになります。男性の方は力仕事。女性は細やかな作業を頼みますね。ブロックごとに進めていきたいので簡単に班分けをしていきましょうか……。」

そんな感じで中村さんからあっさりと説明を受けて班ごとに持ち場につくことになった。もちろん、わたしの班にはシカマルくんと中村さんがいてくれている。

わたしが頼まれた作業は書道家さんの作品を透明なカバーに入れて、カバーの穴が空いているところに紐を通して一度だけ軽く縛るといったものだ。

わたしが加工したものをほかのバイトさんが今度は違う作品と連結させていくという流れ作業が行われる。

単純作業は波に乗ってくるとさくさくっと進むので、どんどんとこなしていった。

しかし、ろくめいさんろくめいさん。きいたことないなぁ。でも、すごいいい字を書くし、有名な書道家なんだろうなぁ。

一方シカマルくんや中村さんのほうは展示するパネルを天井から吊るすという作業だった。シカマルくんは脚立に登って驚くべき器用さをみせながら作業をしていた。

なるほど。先ほどわたしたちが加工した作品をパネルのあの穴に結びつけていくのか。1人合点していると、作業がとりあえず終わったシカマルくんが話しかけてきてくれた。

「どうだ?順調か?」

「うん。単純作業は得意だよ。シカマルくんも随分慣れた手つきだったね。しかもあんなに高いのに……。」

「シカマルはもうずっとやってるからな。」

2人で話してたところに楽しそうな様子で乱入してきたのは中村さんだ。

「え?!ずっと?!」

「ちょっ、中村さん、余計なことはいいっすよ。」

「まぁ、いいじゃん。ところで藍夏ちゃんは『鹿鳴』って人は知ってるのかな?」

「えっと、お恥ずかしながら全然知らないです、すいません。」

「藍夏、別に謝るところじゃねーからな!」

「そうかそうかー。じゃあちょうどいいな。今日その人来るみたいだから会ってみるといいよ。な、シカマル。」

そういってシカマルくんがバツの悪そうな顔をするのを面白がって中村さんは俺は一服してこよー!と言って、タバコを持ち出し喫煙所へと向かっていった。

「中村さんほんっと自由だよなー。まぁいい人なんだけど。」

「面白いしね!もうすぐ、完成でいいのかな?」

「あぁ。俺たちの仕事はとりあえずだな。あれ展示し終わったら今度は照明担当の人とか、管理の人が入って、最終的に、おや……じゃなくて、『鹿鳴』さんのチェック入ったら完成だな。」

「さすがシカマルくん。詳しいね。」

「まぁ、こういうのはむかしからやってるからな。」

「昔からってわたしたちまだ10代だよ?」

「まぁ、いろいろあんだよ。」

そう言ってまた、バツの悪そうな顔をしてシカマルくんは缶ジュースを開けて飲み出した。ほらよ、と言われて私に渡されたのは例によってあの体育館でシカマルくんに買ってもらったいちご牛乳。覚えててくれたことに、少しだけ胸がキュッとなる。ありがとうと言って受け取ってわたしも飲むことにした。あのバツの悪そうな顔は、さっきまでの話はNGってことだよね。話題変えないとまずいかな。

「それよりも……。ろくめい って 鹿鳴 って書くのか……。あれ、もしかして。」

そう。今までなぜ気づかなかったんだろう。集中していたとはいえ、作品には必ず雅号がふってあるはずなのだ。そして、勘のいいわたしは分かってしまうわけだ。彼の名前は"奈良シカマル"であるということに。

「おい、藍夏、その先は考えなくていいぞ。名前なんて知らなくてもいいしな。てか、そんなすごい人じゃ……」

そう言いはじめたシカマルくんの後ろにいきなり人が現れたかと思ったら、その人はシカマルくんの頭をスパーンと丸めた雑誌で殴ったではないか。

驚いたわたしが目をまんまるにして見ていると、とても痛そうにするシカマルくんに、笑いをこらえきれず吹き出しそうな中村さんとシカマルくんによく似た人が居た。

「随分言ってくれるなぁ?なぁ、倅よ?」

「……っ親父!!」

「親父って……。え、『鹿鳴』さんってシカマルくんのお父さん?!」

「ご名答。どうも、うちの"馬鹿"息子がお世話になってます。奈良 シカク。雅号は『鹿鳴』と名乗っております。」

「ほらなぁ、言わんこっちゃない。タイミングもバッチリだしさすがあんたら親子だよなぁ。」

「てか、中村さんこんなに早く来るなんて言ってなかったじゃねーっすか!」

「来たのは、俺の気分だ。残念だったなシカマル。」

鹿鳴さん、または、シカクさんはシカマルくんの肩に腕をすっかり回してゲンコツでグリグリとシカマルくんの頭をいじくっている。

「てか、藍夏、お前なにそんなびっくりした顔してんだよ。」

シカクさんの腕から未だにでれないままシカマルくんが尋ねてきた。

「いやー、久々に自分の勘が外れたなーって思って。」

「藍夏ちゃん、どういうこと?」

中村さんも興味深そうに聞いてくる。

「わたし、『鹿鳴』さんって実はシカマルくんのことだと思ってたんですよー。だって、シカマルって名前いかにもだし。そうしたら、さらにシカクさんが出てきて、しかもシカマルくんにそっくりで……。」

「ははーん。そういうことね。」

納得のいったシカクさんがなるほどと頷きながら答えた。シカマルくんはもやっと腕から解放されたみたいだ。

「まぁ、シカマルも、だいぶ上手くはなったが、俺の足元にも及ばねーからな。この鼻ったれが。精進しろよ。」

「っせーなー。俺は俺のペースでやってくよ。」

「こう言いながらも、こいつら親子ってほんと分かりあっててすごいんだよね。俺、もう2人の作品の大ファンなんだよな。今回はいろんな人に見てもらえるいい機会だし、楽しみだなぁ。」

中村さんが惚れ惚れと作品を観ながら言った。

「あれ、もしかして、シカマルくんの作品もあるの?」

「もちろん、ある「中村さん!!!!」」

必死になってシカマルくんが喋ろうとする中村さんを止めるから、ついついこちらも楽しくなってくる。この反応確実に作品があるってことじゃないですかね。本人は言いたくないんだろうなぁ。こうなったら勝手に探すしかないかな?

シカマルくんと中村さんが軽い取っ組み合いになってわちゃわちゃしている中、シカクさんがそっと耳打ちをして教えてくれた。

「うちの倅の雅号は、『鹿火(ろっか)』だぜ。」

しーっと人差し指を口の前に持ってきて笑ってる姿のシカクさんは、本当にシカマルくんによく似ていた。ありがとうございます、と答えると、シカマルくんがこちらに気づいたのか、

「親父っ!余計なこと言ってねーだろうな?!」

と言ってきた。

「さぁなー?な?藍夏ちゃん?」

まるでとぼけるかのように返事を求めるシカクさんに、ついついわたしも同乗してしまう。ごめんシカマルくん。

「はい。いいこと教えてもらっただけだよ。」

これで察したのか、シカマルくんは中村さんからターゲットをシカクさんに変えて、軽い鬼ごっこが始まったようだ。

どうやら、作業はもうすこしかかるみたいだ。


"火"の意志を継いだ君


(息子もまだまだ青いな。)
(しかし、あの子のイメージそのままの作品だな。"藍"って一文字は。) prev / next