3月になり一気に周りが春めく季節へと変わった。
空気だけでもこんなにも変わるんだなんて改めて思うようになった。
そしてそんな中で真剣な顔をして求人雑誌と向き合っている者がいる。
他でもなくわたしである。
鬼の様な形相で雑誌と見つめあっているわたしを、恐いとか面白いとか言いながらサクラやいのがパシャパシャと携帯で写真を撮っていた。トゥウィッターにアップするのだけはダメだよって言っておいたから多分問題はない。
そして、買い物があるらしく2人は撮るだけ撮ったらサクっと帰ってしまい、教室に残されたのは私だけになる。求人雑誌と向き合っている人間がお金を持ってるなんてありえないわけだから、誘われても断るだけだったから2人が空気をよんでくれたことにとても感謝している。
それから5分くらいしてからであろうか。放課後の時間の流れというものはまったく自分の意識にそぐわなくてたまにびっくりする。長いと思っても時間が経っていなかったり、逆に短いと思っても時間が経っていたり。本当に不思議だ。
そんなときに聞き覚えのある声がわたしにかけられた。
「お、藍夏じゃねーか。」
「あれ、シカマルくんだ。どうしたの?」
そう。
声をかけてくれたのはシカマルくんだった。確か軽音楽同好会だったっけ。彼もとい、イケテナイーずも所属していたはずだ。
扉に寄っかかって話し掛けてくる姿に夕日が反射してやけに眩しく見えた。
「どうしたのはこっちのセリフだよ。俺はアスマの雑用手伝ってたんだよ。」
「そうなのか!シカマルくんもたいへんそうですなぁ。」
「まぁな。」
そう言って歩きだし、彼は私の前の席に座った。肩がけスクールバッグをリュックみたいに背負った彼がわたしの見ていた雑誌をペラペラとめくる。
「お前仕事探してんの?就職でもする気かよ。」
「いやいや、進学希望ですからそんなことはないよ。」
「ん?じゃあアレか。バイトか?」
「そうなんだよね。春休みに短期のバイトやろうかなぁって思って。」
「へぇー。なるほどねぇ〜。でも、うちってバイト禁止じゃねーか。」
「うっ!そこを突かれるとなぁ。」
「まぁ、わりとみんなやってるしバレなきゃいいんじゃね?っては思うぜ。」
「だよね!やってる人もいるよね!」
「にしても、めんどくせーことするな。バイトなんて。ははーん。お前欲しいものでもあるんだろ?」
「さすがIQ200。勘が鋭い。」
「で、何が欲しいんだよ?」
「うーん、シカマルくんになら言ってもいいかな。あのね、望遠用のカメラのレンズが欲しいなぁって思ってるの。」
「あぁ、藍夏、カメラが趣味だって言ってたよな。望遠レンズって高いんじゃねぇの?素人だからなんも言えねぇけど。」
「そのとおりだよ。半端なものは買いたくないし。とりあえず、カメラ屋の知人に相談中。」
「なるほどな。自分のモノを真剣に選びたいって気持ちはわかるぜ。俺も今でも初めて自分で買ったギターは大事にしてるしな。」
「シカマルくん!分かってくれますか!」
「当たり前だよ。で、どんなバイトするんだよ?」
「悩み中。無難にコンビニとか。」
「それじゃ、春休み中に金貯まんねぇだろ。」
「それもそうなんだよなぁ。」
音楽であれ写真であれ真剣にやっていることに情熱を持つのはとても大事なことだと思っている。シカマルくんもそうであったのが嬉しい。
シカマルくんはわたしの見ていた雑誌をすっかり読み終えたようで、今度は雑誌をくるくると丸めてしまっていた。
バイトが決まらずうーんうーんと唸っていれば、短期のバイトも悪くねぇなぁとシカマルくんがこぼした。
「さっきまで働くのめんどくせーとか言ってたじゃん。」
笑って反発してみれば彼も笑って気が変わったと答えた。
「ミナトさん、いいバイト知ってねーかな。」
「ミナトさんってものすごい人脈あるよね。」
「俺もそう思う。どうせ、この後スタジオ行くから聞いてみっかな。」
「まじか!いいなー。」
「藍夏も来るか?」
「行きたいのは山々なんだけど、これからスーパーのタイムセール行かないとなんだよなぁ。」
「そっか…!じゃあ、俺聞いといてやるよ!んで、後でメールするわ!」
「あ、そうだね!そうしてくれると助かる!アドレスは……って、前に交換してたね!」
「おう!春に藍夏が聞いてくれたじゃねーか。」
「そうそう!そんなこともあったね!」
「今までメールとかする機会なかったもんな。」
「クラスも違うから余計にね。」
「あー…っと、あれだ。」
やけに饒舌だった彼が急に言いよどむからはてなマークを浮かべて次の言葉を待つ。その間にも夕日はさらに傾きかけて、先程まではドアの辺りを照らしていたのに、教室の中全体を照らすようになった。
「…その、深い意味とかはねーけど、用事なくてもメールしたりしてもいいか?」
「え…。」
「いや、嫌だったら構わねぇ。メール返さなくてもいいし、その、なんてゆーかかさ…。」
「ちがっ!全然嫌じゃないよ。むしろ嬉しい。っていうかわたしの勝手なイメージでメールとか苦手かなぁって思ってた。」
「どんなイメージだよ。苦手とかではねーよ?まぁ、ナルトとかキバからくるのはめんどくせーけど。 」
さっきのちょっと緊張したような空気を壊すように彼は笑いながら言った。
「めんどくせーけど、藍夏からのは別。そんな気ぃするわ。」
シカマルくんの言葉にドキンと胸が高まった。特別扱い…。いや、シカマルくんにとってはそんなことはないんだろうけども、そんな言い方をされては誤解してしまう。きっとあくまでナルトくんとキバと私とを比較しただけであって、そんなことはないはずだ。
あぁ、期待しちゃうな。
ずるいな。そんな言葉。
そんな甘酸っぱさが溢れる教室に鳴り響いたのは、こんな雰囲気とは場違いなメール着信音である。もちろんそれはよく聴くAKGの曲だった。
「ここで、携帯鳴らすのかよ。」
堪えきれずに吹き出したのはシカマルくんだった。
「うっ、この音はお母さんだ。あ、やっぱりタイムセールのやつだ。」
「あーもう、遅くなってきたしな。そろそろ帰るか。」
まだ笑いが止まらないのか、ひぃひぃ言いながら言ってくる。
「帰ろっか。」
「ま、タイミングはあれだったけど、俺もあの曲好きだぜ。」
さっき鳴ったあの曲を2人で歌いながら教室を出てなにとなく昇降口へ向かった。
並んだ2つの影がほのかに近くなる。
(絵文字は苦手だったけど、)
(本当にあの歌の通りだ。)
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